003_初めての家庭魔法
トントントントン
キッチンからこぎみ良い音が聞こえてくる。
「ふふ、美味しい、今日のお肉も良い感じ。直哉さんは苦手な物やアレルギー御座いますか?」
「特に無いよー」
「はーい、ではもう少し待っていて下さいね」
キッチンを少しのぞくと、黒いエプロンをつけたセシリアが料理している。慣れた手つきで、竈に薪をくべて手を近付けると、腰に刺してた白い杖を竈に近づけ「ショートファイア」と唱えると、杖の先から小さい火が付け木を燃やし始める
「おおおお、魔法だ!!」
「あら、家庭魔法を見るの初めてですか?生活する上でとても便利な魔法がたくさんあるんですよ」
そう言うと、今度は鍋に杖をかざすと空中から水道より少しだけ勢いの小さい水が出てくる。女性が一人で40年生活出来た理由が分かった気がする。でも、いくら魔法が使えたって、大きなお尻で戸棚の扉をえいって閉めてるあたり、ズボラなんだか手慣れてるんだか。
「はーい、出来ました」
さっきのダイニングに木で出来た正方形の机に木の椅子が2脚、机の上には白いすりガラスで円筒のランプの様な物が部屋を照らし、そこに木の器に盛られた料理が続々と並んでくる。今日の晩御飯は赤いトマトのスープの様な物に、焦げ目が綺麗に付いたステーキ、黄色い葉っぱのサラダにでっかいパンケーキの様な物。どれも出来たてで良い香りがする。
「さあ、冷めないうちに召し上がれ」
彼女から木のナイフとフォークを受け取る。
「頂きます!!」
まずはスープだけど、これ見たまんまミネストローネだ。ちょっとトロミが付いていて強めの胡椒とタップリかかった生パセリっぽい何かが美味い!!パンケーキっぽいのは、何もかかって無くて、自分で適当に切り分ける。味はついてないけど、パンの代わりだと思えば十分美味しく、サラダは不思議な味だ。葉っぱがちょっと甘くて、シャクシャクする。かぼちゃを葉っぱにしたみたいな感じか。甘くて酸っぱい、バルサミコ酢のような物がかかってるだけだが箸やすめに丁度いいなこれ。
「ふふ、ケレルを食べるのは初めて?そのお野菜は裏の畑で私が育ててるんですよ」
そう言うと、自慢の野菜なのか彼女が以下に丹念に育ててるか教えてくれる。毎日の水やりはもちろん、虫にも弱い品種らしく、手のかかる野菜だが、彼女も大好きなので苦ではないらしい。
「ささ、メインディッシュのホワイトラビットも食べてくださいね」
目の前で最初から良い香りを俺の鼻とお腹に直撃させてる張本人のステーキ。1週間に2匹獲れれば良い方らしいが、今日はせっかくなので1匹丸々焼いてもらったらしい。一口食べれば、噛む度に口の中に肉のスープがあふれ、それと一緒に香草の風味が肉の嫌な部分を打ち消し、肉のスープと一緒になってただただ幸せな味が口の中にあふれてる。彼女も一口食べる度に嬉しそうにしながら片手を頬に当てて幸せをかみしめてる。
「はぁあああ、なんであんなに可愛いのにこんなに美味しいのかしら」
「最初は可愛くてかわいそうだって思ってたけど、これだけ美味いと今度から見る目が変わっちゃうな」
「まぁ!貴方も?私も最初そうだったんですけど……ねえ、この子とっても美味しいんですもん」
うーん、美味しい物は全てを制定してしまうな。楽しい時間はあっという間に過ぎてしまう、彼女が食後のお茶を入れてくれる。
「では、お腹もお互い膨れましたし、改めて直哉さんのお話を聞かせて下さい」
彼女は椅子から少し腰を上げて深く座りなおし、こちらを直視してくる。
「そうだね、改めてだけど、名前は新谷直哉、女神様にこの世界に放り出された人間です」
「改めて聞くと本当に凄い話ねそれ。じゃあ、貴方自身は神様とかでは無いのかしら?」
それなら、どれだけ楽だったか。俺自身は本当にタダの人間なんだから。
「ええ、残念な事に俺は人間です。人並みにお腹もすくし怪我もします」
「では、どんな目的でこの世界にいらしたんですか?」
まったくもって、それな!と言う質問だ……どうしよう、ちゃんと答えるにも何もマルケッタからは楽しんできてーぐらいににしか言われてないし。
「実は特に有りません。一応俺が強くなると嬉しいらしいんですが、女神様からは基本遊んできなさいーぐらいにしか言われてなくて」
彼女は目を丸くしてる、俺だって逆の立場なら同じ態度をとるさ。だって意味が分からいからなこれ。
「はあ、では普通の人間の直哉さんを女神様が特に理由も無くこの世界に召喚されたと」
「ですね」
「なるほど」
気まずい沈黙が流れる2分位たっただろうか、彼女が2人の間にあった沈黙を破る。
「あの、直哉さんのお力で周りのモンスターを倒せたりは……出来ませんか?」
やっぱり、それも聞かれるかー。どうした物か、これは困る、非常に困る。紋章師なんて名乗っても困るだろうし、そもそも彼女が協力してくれるかもわからない。……取り合えず適当に誤魔化して様子をみるか。
「申し訳ない、俺自身は特に戦闘が出来ないから、多分森を抜けるのも俺の力では」
彼女の顔から少し力が抜けて行く。そりゃそうだ、40年出られなかった所に女神の使いだ、少しぐらい期待するって、いや俺なら絶対するね!!こんな優しくて良い人を騙すみたいで本当に辛い、もう少し様子見たらこれも話さないとな……。
「御免なさいね、貴方は何も悪くないのに勝手に期待して、落ち込んでしまって」
あああああ、フォローまでされちゃってるーーー、めっちゃ良い人過ぎて本当に心が痛い、おおん。
「では、今日の所はこんな所でしょうか。直哉さんも色々とお疲れでしょうし、今日はもうお休みしましょう。これからの事とか、積もる話は明日にでもゆっくりここの事を説明しながらにでもしましょうね」
言われて気付いたが、たしかに凄く眠い。疲れてると言うより、なんか色々と考える事が多すぎて頭が限界だ。彼女は食器を片すと、隅の窓の側にあるダブルサイズ程のベットのシーツを直している。
「直哉さんは窓側と部屋側どっちがいいですか?」
……は?
「その、ベッドの窓側と部屋側どちらが良いかなと」
聞き間違いではない、、、なるほどな?
「ごめん、俺は毛布とか貸してもらえれば床で寝るから大丈夫ですよ」
初対面の女性といきなりベッドは前世の俺だったとしても無理だ……絶対無理、死ぬ、主に心臓が破裂して死ぬ。彼女がこっちに来て、椅子に座ってる俺の目線に顔を持ってくる。凄く良い匂いがするなと思ってたら、細くて綺麗な指が俺のおでこにツンとつつく。
「こら、駄目でしょ遠慮しちゃ。貴方は気づいてないかもしれないけど、すっごく疲れているんですよ。休める時にちゃんと休んで働く時にしっかり働く。じゃないと長生きできませんよ」
彼女に長生きって言われるとぐうの音も出ない、と言うかずるいだろそれ。
「わかりました、お言葉に甘えてベッドお借りします。場所は部屋側でお願いします」
「はい、宜しい♪」
嬉しそうに笑うと、くるりとベッドの方へ振り向く時、彼女の銀髪がしなやかに流れていく。綺麗だな、120歳と言う年上の余裕に加えて整っていて綺麗で優しい顔。俺の身長だとどうしても並んだ時に目線が彼女の大きな胸ぐらいに有ってしまって、目のやり場に困ると言うか……凄いよなあれ。正直あそこまでのは生まれてこのかた一度も見た事が無い。実はペッタンコでスイカを二つ胸に入れてると言われても信じる自信が有る。でも、さっきご飯食べてる時机にその、乗ってたよなあれ。具体的に言うと、サラダを取りわけてくれた後、彼女が椅子に座りなおすとき思いっきり机の上に乗って形が変わってた……異世界って凄い。
そんなアホな事考えてると、準備が出来たのか彼女が手招きしてる。いつの間にか、着ていた少し堅そうな布のワンピースを脱いでいて、柔らかそうな白い布で出来たワンピース型の肌着になっていた。
「直哉さんはそのまま寝ますか?」
どうしよう、取り合えず上着脱いでネクタイ取って、Yシャツ脱いでTシャツになって。まあ、それぐらいが限度か。自分の家なら、パンイチでTシャツ一枚だけど……流石にな。ベッドは木製のフレームで上の部分が少し箱状になって、藁か何かを敷き詰め、上に分厚い布を掛けている。羽毛とかスプリングは流石に無理か。でも、横になった瞬間何時ものベッドに負けず劣らずの柔らかさと牧草の良い香りがする。これは悪くないな。
「ふふ、良い香りでしょ。丁度、干したての牧草と交換したばっかなんですよ」
そう言うと、彼女が毛布を俺かけてくれる。
「じゃあ、明かり消しちゃいますね」
そう言うと、彼女が杖をかざすとランプの光が消える。
「凄いな、これも家庭魔法なんですか?」
「うふふ、こんな魔法で驚いてもらえると、私なんだか大魔法使いにでもなった気分ですね」
彼女がいたずらっぽく笑う。部屋は窓から差し込む月明かりだけが照らしていて、彼女の銀髪もそれを受け輝いてる。
「じゃあ、明日は家庭魔法の事とかも是非教えてください、大家庭魔法使いのセシリアさん」
「ええ、私の修行は大変厳しいですから、くじけずに付いて来て下さいね」
えっへんと胸を張って彼女が頑張って偉そうにして応えてくれる。マルケッタよ、君もこれぐらい有れば様になったのに。
「ではお休みなさい直哉さん」
「お休みなさいセシリアさん。本当に今日は有難うございました」
その後は、色んな疲れがどっと来たのか直ぐに意識が落ちて行く。俺の異世界生活一日目はこうして幕を閉じて行った。
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