028_ヤンデレ砲術師
「教官、私も直哉の力を見せてあげるわね。射撃レーン借りるわよ」ジルが全員を一回見回してからレーンへ移動する。教官は何か言いかけたが諦めてて、他の皆はもう彼女に何か意見をするなんて選択肢が最初から無いようだった。これが試験だってもう完全に忘れて別の目的でレーンに向かってないかな。ジルが上着の中に手を入れたかと思うと、懐には絶対に収まら無いサイズの腰ぐらいまで有る真っ直ぐな円柱状の細い樽が出てきた。
「何だありゃ、おい何で懐からあんな物が出てくるんだ」教官のゴーグスが僕の肩をガクガク揺らしながら聞いてくるが、何と答えれば良いんだろう。普通に答えて良いのかな。「服の中に転送用魔法陣が有って」
「転送用魔法陣??」
「そこから彼女の大砲を転送したのかと」
「大砲?転送???」
「あの標的に向かって弾を打ち出します」
「あれ打ち出せるの?????」
よし、説明責任をはたしたぞ。後は知らん!!
ジルがまた懐に手を入れたかと思うと、小さい革袋を細長い樽に入れ、その次に小樽を取り出し同じように入れる。「セシリアが標的1個なら、私は全部吹き飛ばしますね」ジルが僕の後ろに戻っていたセシリアに指をさして挑発してる。後ろから「は?」と少し……本当に少しだけ怒気混じりの声が聞こえたけど今は無視しよう。
「さあ、直哉の凄さに皆ひれ伏しなさい!!」
ジルが樽についてるスリングを右肩に掛け、レーンの奥に有る5個の標的(元は6個だけど、セシリアが1個引っこ抜いたので今は5個)に樽を向ける。
「吹き飛べ!!」ジルがそう言った瞬間樽から凄まじい音がして、レーンの奥の標的はすべて吹き飛び、その後ろの流れ弾防止用の土山も水煙と一緒に吹き飛んだ、そして僕のここでの安泰な生活も綺麗サッパリ吹っ飛んだ。
「どうかしら、直哉の力。彼に仇なす方は何時でもこのケラー醸造所特性エールをご馳走するから遠慮しないでね」おう、お前がまず色々と遠慮してくれ。教官は何を見たか理解できないと言う顔をしてるし、他の冒険者はセシリアの時の反応をより一層ひどくした状況となり、どう収拾すれば良いんだろう。
「あー、その、なんだ、直哉くん三人は試験の後にちょっと話が有るので残るように。それ以外の皆さんは入り口側の掲示板に結果を張り出すので」ゴークスが冒険者の先輩だけ有り、想定外の事が起きた所ですぐに立て直す。この強さは本当に見習いたい。
「あ、あのすみません」さっきセシリアさんの暴走のせいで泣いていた新人魔術師の女の子を慰めてる二人の戦士装備の男の子がおずおずと手を上げる。「その、今三人で話し合ったんですが、冒険者辞退して宜しいでしょうか」
「ど、どうした急に。なにか不都合でもあったかい」ゴークスが何故か僕の方を一瞬見たけど、僕は手加減しろって言い含めたからね!!
「その、僕たち正直さっきのような戦闘力も無いし、今後もこんな方たちと比べられて冒険者を出来る自信が無いので村に戻って畑耕したりします」三人が何か諦めたような表情でゴークスに説明する。
「その、あの、なんだ。この三人は規格外なので正直あれを基準にされると俺も困るから、出来ればこのまま冒険者続けないかな」
「それはわかっているんですが……すみませんやっぱり僕ら三人には冒険者は無理そうです」男の子がとても残念そうに下を向きながら声を絞り出す。
「そうか無理強いは私も出来ないし、三人で決めたらしょうが無いな」
「有難うございます。皆さん頑張って下さい。何か依頼する際は宜しくお願い致します」三人がトボトボと門の方に歩いていく。真新しい装備がこうなると凄く痛ましい。そして、ここに居る参加者全員の目線が突き刺さる。だから俺はこの場合被害者なんだって、信じて下さい、お願いします。
■
「で、あれは一体何なのかな?」ここは、ゴークスに連れてこられた養成所の一室。木製の長机に椅子6個と窓1箇所だけの殺風景な部屋で、とりあえずお話の流れとなった。
「何なんのかとは何ですか。彼らが直哉さんを馬鹿にしたから、直哉さんの素晴らしさを見せつけただけですよ」セシリアが僕の右側に座って何が問題だと言わんばかりにどや顔をしている。
「そうね、直哉を馬鹿にされて黙ってるなんて有り得ないわね」ジルが左側に座って僕の腕に抱きついてる。
「いや、正直君たちの攻撃力はプラチナ、いやダイヤクラスだと言われても俺は信じるかもしれない。良いか、ダイヤの上はもうマスターしか無いんだからな。君たちは一体何なんだ本当に」
「その、紋章師と大家庭魔法使いと砲術師になります」
「だから、それが何なんだーーーー」立ち上がって天井に向かってゴークスの声が木霊する。「そもそもバルツァーからは生きのいい新人3人送るからとしか言われてないんだ。君達は向こうの街で一体何をしたんだ」前の街で、セシリアさんがバルツァーを模擬戦で倒した事やバーニーズ団の事を説明しだすと、ゴークスがわなわなと震えだした。「あいつは昔っからこれだ。全部自分基準で考えやがる」話を聞くと、ゴークスとバルツァーは同期の冒険者でも頭一つ飛び抜けてたらしく、彼には昔から苦労させられてるらしい。自身を基準にするのは良いのだが、いかんせんバルツァー自身が強すぎるため、彼の言う基準はあまり当てにならない。
「良いかい、現役当時彼は猛撃の名で呼ばれていて、自身より数倍でかいドラゴンだろうが、相性不利な魔術師だろうが、片っ端から正面突破で薙ぎ倒していったんだ。それがいくら現役外れてるからって新人の魔術師系に負けるなんてあり得ないんだ、と言うか聞いた事が無いぞ新人から彼が負けるなんて」少し興奮しながらゴークスがセシリアさんを見つめている。「いや、本当に君は凄いよ。遠距離も近距離もあれだけこなして、魔法剣士だと言われても正直驚かないよ。ダークエルフは魔力が高いとは聞くけど、君もその口なのかい?」
「いいえ、私はもともと普通の家庭魔法ぐらいしか使えなかったのですが、直哉さんから紋章を刻印されて今のように」そう言いながら、お腹の紋章を愛おしそうに撫でなている。
「それに加えて事実上彼女一人でバーニーズ団を殲滅って言うんだから正直もう何がなんだか。バーニーズも現役当時は結構名の知れた冒険者でな。君たちも体験したろうが彼はあの旋風斬で名を馳せていて、正直実力は有ったんだが、あの正確と言うか犯罪に手を染めるのをいとわなくてな。結局ゴールドランク止まりだったが、彼も真面目にやっていればプラチナは行ったと思うよ。普通の冒険者ならゴールドクラスを2チームは最低でも派遣したい事案だが……本当にあいつは何を考えてるんだ。いや、それ以上にそれに答えてしまう君たちも正直異常だけどな」さっきから僕たちの証言を書き留めていたゴークスが、羽ペンを机に戻しながら呆れてる。
「で、ジルさんだっけ。あれは何?」手を頭の後ろで組み、背もたれに体を預けながら、世間話モードのゴークス。
「あれも直哉の紋章の力よ。どう、私の直哉凄いでしょ」ジルも気持ちよさそうにどや顔してる。
「なるほど。直哉くん説明してもらっていいかな」元から僕に説明を求める前提らしい。
「詳細は省きますが、彼女の力で圧力がパンパンになった小樽を、脇に抱えた細い円柱状の樽から打ち出してます」この間の買い出しで、ジルの力を見てからずーっと考えてた利用方法。それが今回見せた樽大砲。ドルキーに聞いて御用達の樽屋に特注の彼女の砲撃にも耐えられるのが作れるかと聞いたら、職人魂を擽られたのか目をキラッキラさせて作ってくれた。
まず、革袋の中に少量のエールの材料を入れて、小樽にはエールを入れておく。大砲に革袋を入れる際に紋章の力でエールにして、高圧力の小樽もセット。発射したい時に革袋のエールの圧力を上げて破裂させて小樽を発射。バーニーズを倒した時と違い、高速で発射された樽の運動エネルギーと相まって凄まじい威力になった。いや、まさかレーンをぶっ壊すとは思わなかったけど。
「まあ、うんよく分からないと言う事が良くわかったよ。そうだな、矢を魔法の力で飛ばそうとか色んな試みが有ったのは知ってるが、何処かで実用化されたという話はまだ聞いた事無いな」
「なんで実用化されてないんですか?」
「そんなの簡単だよ。魔法の方が便利だからね。火、水、風、雷、土、氷、植物、その他色んな魔法が有って、高ランクの魔術師ならその威力は計り知れない。頑張って用意して弾を装填してって効率が悪すぎるからね」なんと言うか、前世でも魔法が使える世界だったらこんな感じで銃器は進化しなかったのかな。
「ちなみに転送魔法も教えてもらえれば嬉しいね。正直あの破壊力もそうだけど、あれと同じぐらいびっくりしたよあれ」ゴークスが転送魔法の説明を求めると、ジルの耳が待ってましたと言わんばかりにピンと立つ。
「それは私から説明しましょうか。私達狐族でも九尾の狐に変異した物だけが得られる力が有るのだけど、これはそれの一つね。服の内側に魔法陣を描いたスクロールが縫い付けてあって、何時でも転送出来るわ。ほら、こんな感じに」ジルが懐から例の小樽をひょいと取り出し机の上に置く。
「とりあえず、九尾の狐や転送魔法なんて眉唾だと思ってたが本当に居るんだな。基本的に狐族は魔術師系だとは聞いてたけど、君は何なんだろうね」
「さっきも言ったでしょ、砲術師って。直哉がつけてくれた素敵な名前なんだから絶対間違えないでね」胸の紋章を嬉しそうに撫でるジル。
「で、その直哉くんだっけ。君がこの二人の元凶って事で良いんだよね」酷い言われようだ。
「ええ、二人に紋章を刻印したのが自分です。紋章師と言って、僕自身は正直強くないんですが、こんな感じで刻印した人を強くする事が出来ます」
「なんだかね、初めて聞く職業ばかりだ今日わ」その後は紋章の刻印できる数とか色々聞かれたけど、正直自分もよくわかってないので、今はこの二人だけと答えておいた。
「よし、バルツァーの野郎を今度ぶん殴るって事だけはわかった。とりあえず、君たち3人を当養成所は歓迎するよ」ゴークスが椅子に座り直したかと思うと、いきなりの合格宣言。いや、話が早くて助かるんだけどね。
「有難うございます。と、言いますか僕は見ての通り剣の腕はあの通りですが良いんですか?」
「君は紋章師で、武器はその二人なんだろ。あれだけ見せられたら後に君を不合格なんかにしてみろ、俺は大陸中から笑いものにされてしまう。もちろんセシリアさんとジルさんも冒険者として合格だ」
「流石直哉さん、おめでとうございます」セシリアが嬉しそうに笑ってる。
「ふふ、私の直哉ならこのぐらい当然ね」ジルも嬉しそうだ。
「さて、部屋だが四人で1部屋なので仲良くやってくれ。ほら、これがここの規則とか書いてある書類だ。今日はこれで終わりで、明日は朝食堂の後最初の講義だから宜しくな」
片手で持てるぐらいの書類やら教科書の束を各自が受け取り、指定された部屋に向かう。
「さて、ここが僕たちの部屋か。さて、二人共部屋の人に迷惑かけないでね」後ろの二人に向かって先に釘を差しておく。二人に限って言えば釘はいくら刺さいておいても足りないと言う事は無い。それはさっきの試験で十二分にわかって頂けるかと思う。
「ご安心下さい、直哉さんを軽んじた瞬間に簀巻きにして森の養分にしてみせます」その長い耳は飾りかな?
「ふふ、同居の方が男だと良いわね。女だったら私何するかわからないわよ」ジルが懐に手を入れて、大変物騒な事を言ってる気がする。
「とりあえず、頼むから問題ごと起こさないでね」そして、ドアを叩くと中から声が聞こえてくる。
「は、はい。開いてるのでどうぞ」中から自身が無さそうな女性の声が聞こえてくる。すぐさま、ジルの方を見ると……笑顔だ、凄くいい笑顔で懐にってだめー。
「ジル駄目、落ち着いて、手を出したら絶対駄目だからね」
「じゃあ、足なら良いわよね」
「全部駄目に決まってるでしょ」ゴークスなんて部屋をあてがってくれたんだ。とりあえず、部屋に入ってから後は考えよう。「失礼しまーす」木製の扉を恐る恐る開けると、部屋の奥に窓が有り、その左右にベッドが2個づつ壁際に設置されてる。左奥にはさっきの声の主である…あ、試験に居たローブを着た魔法使いの女の子だ。
「あ、あ、あああああ、なんであなた達が相部屋何ですかーーーー」僕たちを見るや否や彼女はベッドの後ろに隠れてしまった。養成所生活が今からすごく不安だこれ。
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ついにジルが砲術師としての生活が始まります!!
彼女の大砲は今後どんどん進化していくし、弾も色々と考えてます。
あー、ジルの活躍を書くのが今から楽しみで仕方がないです!!
セシリアママ?大丈夫放っといても彼女も活躍するから!!