026_出発、移動酒場
ん、頬がくすぐったい。ふわふわで柔らかくていい匂いが、って鼻の穴に入れるなー。ガバッと起きるとジルが僕の顔を尻尾で包んでいたのを外してクスクスと笑っている。
「おはよう直哉。いい夢見れた?」
「あれ、何でジルが……ってやめーい」僕が疑問を言うないなや、頭を両手で掴まれたかと思うと、顔面に胸の紋章を押し付けてくる。
「何でとは何ですか。どっかの誰かさんが私に紋章を刻印したからでしょう、ほれほれこの紋章が見えないかー」
「無理、見えない、胸に顔埋まってるから見えない」ジルの胸で窒息しかけてると急に後ろに引き寄せられて、今度は頭の左右が柔らかい物で挟まれる。
「ジル何してるんですか、直哉さんが困ってるでしょ」セシリアが救出するついでに僕を胸にしまい、頭頂部に頬ずりしながら思いっきり深呼吸して「むふー」となんか嬉しそうにしてる。いや、本人が良いなら良いんですけどね。とりあえず、昨日はあれから旅に必要な物や、移動酒場に必要そうな物などなど色々と買い込んだ。途中面白そうな物も買えて有意義な時間だった。その後はザジ食堂のチニリに最後の挨拶がてら晩御飯を食べに行き、宿に戻ってこの村最後の夜を少し寂しいなと思いつつ、結局2人に襲われて何時も通りに朝を迎えた。多分こいつらと旅してる限り一生静かな夜は迎えられない気がする、多分。
「直哉さん、着替えたらこのままケラー醸造所向かいます?」胸の中に埋まってる僕の頭を撫でながらセシリアが今日の予定を確認してくる。気持ちよすぎてこのまま二度寝してしまいたいがその欲望を断ち切るべく、セシリアさんの胸から脱出する。後ろから「あー、もう少しだけ撫でさせて」と聞こえるが、今は名残惜しいが無視。
「そうだね、着替えて朝ごはん食べたら行くって昨日トリーに伝えといたし、そのぐらいで大丈夫でしょ」
「ふふ、今日から直哉と本当に旅するのかと思うと昨日は眠れなかったわよ」遠足前の小学生かお前わ。
「僕も一緒に旅するとはこの街に来た時は思ってなかったよ」
「あら、じゃあ私と一緒に旅するのはは不本意って事かしら」ジルが四つん這いで僕の方に不敵な笑みを浮かべながらにじり寄ってくる。
「いや、こんな綺麗で可愛い子と旅できるなんて僕は幸せ者って、やめーいさっきと変わらないよこれ」四つん這いの九尾の狐がガバっと襲いかかられそのまま覆いかぶさられる。その後はジルにもみくちゃにされたり、それを引き剥がすセシリアと騒々しい朝が続き、一段落したら皆で洗面所で顔洗って、服に着替えて荷物をまとめる。
宿を出る時におばさんに数日間有難うございましたとお礼を言うと、「コチラこそ、まさか来た時と出る時で人数が変わるとは思わなかったよ。それに毎晩仲いい声が聞こえてきてこっちまで若くなった気分だったわい」と夜のアレが全部筒抜けな事を暴露されて3人共顔面真っ赤になって宿の叔母さんに楽しそうに笑われた。
余談だが、宿を出る時にジルが初めて宿に来て、セシリアと話し合いをしてる時に僕が廊下で待ってる時に、小声でいい気味だと言っていた冒険者グループがセシリアとジルに挟まれてる僕を見て、凄く恨めしい顔で見てたのを見て少しだけスッとしてしまった。
「おーい、遅いぞお前ら」ケラー醸造所に着くと、ドルキー達だけではなくバルツァーまで一緒に手を降ってる。
「何してるんですかギルマス。仕事わ?」
「いやー、我がギルド始まって以来の大型新人の出立だ、俺が見送らずに誰が見送るんだ!!」腕を組みどやーっと宣言されるが、まあ、きっとあとでトリーさんにぶっ飛ばされるんだろうなこれ。と、ジルが道の向こうを指さしたかと思うと。
「トリーがハルバード持ってダッシュでこっち向かってきてる」
「うぉおおおおおおおい、トリーすまんこれには深いわけがーーーー」バルツァーが咄嗟に直角90度に腰を折り弁解を始めるが、指を指した方向には誰もいない。
「あははは、やっぱりトリーには黙って来たんじゃない。おおかた、お腹が下したとか適当な事言って後で行くつもりだったんでしょうけど」
「ジルーーー、お前本当に肝が冷えたぞ。まあ、トリーは優しいから俺が体調崩したから遅れたと言えば心配してくれた上に、今日のお仕事は私が変わりにやっておきますからっ、痛ってええええ」ゴスっと痛そうな音がバルツァーの頭からしたと思ったら、ハルバードのハンマー部分が彼の頭にクリーンヒットしてる。
「ドラゴンに踏み潰されたって死ななそうな人を誰が心配するんですか」ギルド受付嬢のトリーが本当にハルバード持ってそこに立ってる。あれ?確かにジルの指さした方向には誰もいなかったのに。
「ふふ、指さした方向に居るって言いました?」狐に化かされるのは何処の世界でも同じらしい。
「直哉さんすみませんね、うちのギルマスが朝からご迷惑をおかけしたみたいで」彼女も深々とお辞儀しながら謝ってくれる。
「いえいえ、此方こそわざわざご挨拶に来て頂いてしまったみたいで、迷惑だなんて」
「そうだぞトリー、直哉もこう言ってくれてる事だし俺は悪くないん、痛ってーだからハルバードで殴るなって」
「たとえ直哉さんが困っていないとしても私を騙そうとしたのは変わらないので、帰ったら仕事たっぷりしてもらいますからね」
「がっはっは、相変わらずお前さんはトリーの尻にしかれとるのう」横で見てたドルキがー楽しそうに笑ってる。「さて、直哉お前さんも準備は大丈夫か?」
「ええ、お陰様で昨日はゆっくり買物出来たのでバッチリです」
「そうか、それはよかった。あと、何度でも言うがジルの事よろしく頼むな。悪い奴じゃないし、良いやつだから……ちょっと気に入った相手に対して情熱的なだけで……な」ドルキがー少し申し訳なさそうに言うが、こっちはそれ込みで彼女を連れてくと決めたんだ。
「いえいえ、彼女のそんな部分も込みで仲間にしたいなと思ったんでご安心下さい。それに、彼女本当に強いんで僕がお世話になりっぱなしになりそうで」
「そうよ、直哉は私がちゃーんと守ってあげるんだから安心して頂戴」ジルがそう言いながら抱きついてくる。
「あらあら、雌狐は妄想がお得意なんですね。直哉さんは私がお守りするので、貴方の出る幕は有りませんよ」セシリアも反対側から抱き結局何時もの状態に。それを見て、皆がニヤニヤ笑ってるし、ドルキーからは「本当によかったな」と言ったのが聞こえた。
「さて、名残惜しいですがそろそろ出発します」そんなこんなで、このままだとずーっと喋ってそうなので馬車に乗り込んで準備を始める。ジルが手綱を取るため真ん中に、その左側に僕が座り、その左にセシリアが座る……バランス悪いなこれ。
「ふふ、この馬車普通のより大きいから直哉さんの横にちゃんと座れてとても良いですね」なるほどな?
「おう、頑張ってこいよ。向こうの教官にはよろしく言っといてくれ。あと、地図はちゃんと読んだか?」
「はい、頂いた地図はしっかりと読みました。多分2日ぐらいですよねこっから」
「そうだな、迷わず行けばそれぐらいのはずだから道草するなよ」
「子供じゃないんだから大丈夫ですよ」そんな事を言った瞬間おませさんを見る感じの優しい皆の目線が突き刺さる。そうか、まだ前世の29歳だった頃の感覚でいたけど、今は見た目が19歳ぐらいなんだっけ自分。
「ドルキー、じゃあ行ってくるわね」手綱を握ったジルがドルキーに手を降る。
「おう、しっかりケラーのエールを宣伝してこいよ」
「任せなさい、世界中の人たちを虜にしてくるから」そう言うとジルが手綱で馬の背中を気持ちよく叩いたかと思うと、ゆっくりと馬車が動き出す。
「直哉ー、頑張ってこいよー」バルツァーとトリーさんが手を降ってくれる。
「はい、頑張ってきます!!」そんな訳で、新しいメンバーを加えて、僕たちの新しい旅が始まった。
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夜行バスの中で書いてたら少し酔った……おおん。