018_ぶちぎれセシリアママ
昼の喧騒も鳴りを潜め、動物の鳴き声と風の音だけがする暗い夜。セシリアさんにお願いしてサーチで回りの状況を逐次見てもらいつつ、さっきの晩御飯から結構時間がたった。あれから皆で3人で工場内の巡回をしつつ時間だけが過ぎていく。初日だし、正直このまま何もなければ良いんだけど。ジルが竈のやかんから何杯目かわからないお茶を入れてくれる。
「こう、毎晩来るわけではないのではないので、今晩は何もないかもしれませんね」
机の上に置かれたお茶を受とり、砂糖壺から3杯砂糖を入れてゆっくりとかき混ぜる。夜に甘いものは本当に美味い。
「まあ、来ない分には平和でいいんですが、正直来てくれないと対応出来ないし困りましたね」
そんな事言ってると、セシリアが急に立ち上がる。
「マスター、ジルさん、お話中すみません動きが有りました。多分この位置だと前回と同じ屋根方向に来ます」
なんだかんだ言って、こういざ来られると嬉しいものじゃないな。セシリアさんが杖を片手に持ち、俺も一応盾とショートソードを持って準備をする。
「さて、可愛いタンクに傷をつけた馬鹿野郎を退治しに行きますか」
「へ、来るんですか?」
何処から出したのか、ストック付きのボウガンを持って、腰には皮の矢筒とロープを装備しているジルが今にも駆け出しそうにしている。
「あら、当然でしょ。貴方達にお願いはしてるけど少しでも手が有ったほうが良いでしょ」
どうしたものか、正直僕が行くよりは戦闘力は有りそうだけど。
「マスター、もう来ますどうしますか」
「わかりました、ジルさん来るのは構わないので絶対僕から離れないで下さい」
ジルが嬉しそうにボウガンを地面に起き、前に付いてる金具に足を入れて弦を一気に引き上げる。
「わかりましたわ、絶対直哉さんから離れないように致しますね」
うーん、色々と含みが有る言い方だけど、今は気にしてる暇は無いか。
「セシリア、とりあえず不審者は何人?」
「1人ですね。そろそろ屋根の上につく頃かと」
「了解、裏口から出て、見つからないように移動できそう?」
「では、裏口から行きますのでついてきて下さい」
セシリアの顔が何時もの優しい顔と違い、少し引き締まった顔になってる。彼女もこう言う顔できるんだな。そんな事思ってると、彼女が小走りで裏口の方に走っていき、俺達も音がしなように走ってついていく。
「そう言えば、貴方は接近戦闘が専門なの?」
「あ、言ってなかったっけ?俺は紋章師って言って、紋章を刻印した人の力を強くするのに特化した能力で、この装備は護身用です」
「紋章師?初めて聞く職業ねそれ。もしかして、セシリアのお腹に有るあれがそれ?」
「ですです。まだ、彼女にしか刻印できないんですけど、そのかわりセシリアさんすごく強いんですよ」
耳が大きいからか、褒められてる事が聞こえたの心なしか、前のセシリアさんが嬉しそうだ。
「あら、じゃあ私も直哉さんの紋章刻印してもらったら強くなれるのかしら?」
あ、セシリアさんの雰囲気が一気に怖い感じになってる。
「ごめんなさい、さっきも言った通り今は1人だけしか刻印できなくて、それ以上にこれ一度刻印すると、僕が死ぬまで一生消えないし、刻印後強くなる為には基本俺と一緒に行動しないといけなくなるので色々と難しいと思いますよ」
説明を聞くやいなや、ジルの頬がニッと上に上がり凄く良い笑顔になる。
「良いですね、とても良い、素晴らしいですねそれ。相手に消えない紋章を刻印して、しかも行動まで一緒にだなんて、ええ、とても良いですねそれ。直哉さん貴方素質ありますよ、私が保証します。ふふ、今度刻印できる時が有ったら是非私もお願いしたいものですねそれ」
何の素質だよ何の。凄く嬉しくない内容で認められてしまった。
「マスター楽しそうな所大変申し訳ございませんが、もう外に出ますよ」
ひぃいい怖い、ジト目で睨まれるとぞっとしない。俺が誘ったわけじゃないから許して欲しいな。
「ふふ、ごめんなさいね。あまりにも素敵な能力だったので少し興奮しちゃったわ。直哉さんは彼に似てる所も有るけど、まあ、ね、うん大丈夫よ大丈夫。セシリアさんの邪魔はしないわ」
「あら、そう。ごめんなさいね私ったらつい早合点しちゃったみたいで」
セシリアさんの顔がふっと優しい雰囲気に戻る。怖い、女怖い。セシリアさんに裏口のハンターサークルを解除してもらいつつ、そっと外に出ていく。街は昼の賑やかな空気とは一変して静かな夜、建物と僕達だけが月明かりに照らされてる。セシリアさんの方を見ると、反応の有った路地から見えないよう、工場の裏口を出て直ぐの壁際を左側にゆっくりと進んでいく。
「マスター、賊は屋根の上を少し行ったり来たりしてます。多分どこから狙うか考えてるのかと思いますが、どうしましょうか」
さて、実際どうしたものか。ふっ飛ばして下に落ちたら困るし、足撃ち抜くぐらいなら……大丈夫かな。
「賊の足を細いショートシャワーで撃ち抜いてもらっていいですか。下に落ちて最悪死んでしまうと厄介なので」
「わかりました。その場に崩れ落ちる感じですね」
「ジルさん、長い梯子って有ります?」
「勿論ありますよ。倒したら上から引きずり下ろすんですね」
二人共細かく言わなくてもちゃんと意図が伝わるから本当に助かる。彼女がもし良ければ刻印ちょっとだけ考えてしまうなこれ。
「直哉さん賊の動きが止まりました、そろそろです」
「了解、こっそり見れますか様子?」
「少々お待ちください」
セシリアが工場の曲がりかどから少しだけ顔を出し路地の様子をうかがう。
「マスター見えました。黒いフード付きマントで顔まで隠すしてますが間違いなく彼ですね。今ボウガンを背中から降ろして準備してます」
「う、思ったより時間無いなそれ。セシリアさんすぐに足撃ち抜いて下さい」
その支持を聞くやいなやセシリアが路地にさっと体を出し、それと同時に自分とジルも少し後ろに離れて路地に体を出す。工場の隣の屋根には、いかにもって感じのフード付きの黒いマントの男がボウガンの弦を引きながら準備をしている、あれは疑いようないな。
「行きます。ショートシャワー!!」
セシリアの構えた杖から、細枝ほどの太さをした水の槍が勢い良く夜の闇を駆けていく。が、流石に威力は有るけどまだ経験が浅いのが露呈してしまう。水の槍は賊の左膝の少し前をかすっただけで外れ、外れただけならまだしも相手にこっちの存在がバレる。いきなり左膝のズボンが破れ血が流れでて驚いてるのもつかの間、既に弦を引ききったボウガンに矢をつがえてコチラに向けてくる。
「マスター危ない!!」
「え?え、何?」
盾で防ぐ?訓練されてる人間ならいざ知らず、素人がいきなりそんな事出来るわけがない。左耳に風をきる音がした。左頬が少し熱いなと思って、触ってみると触った手のひらが真っ赤になる。
「直哉さん大丈夫!!頬、頬から血が出てます」
ジルに言われて気づいたが、頬が少し切れている。後ろには、俺の頬を切った矢が突き刺さり、あれがもう少し右だったら、今の頃俺がどうなってたかと考えるとぞっとしない。いや、それより賊だ、こっちをもう見ずに反対方向に走り去ろうとしてる。
「と、とりあえず俺は大丈夫だから賊を……セシリア?」
「こ、このぉおおおおおどぐされがああああああ、私の直哉さんに傷をつけるって何を考えてるんですかーーーー!!!下手したら死ぬじゃないですか!!!!それだけやって何逃げられると思ってるんですかぁああああ!!!!!!!」
セシリアがぶちぎれた。憤怒の形相で賊の方に向き直った瞬間杖を上段に構えて大声で呪文を唱える。
「逃げられると思わないで!エアハンド!!!!!」
セシリアがエアハンドを唱えながら、思いっきり杖を上段から振り下ろす。その杖の先から見えない手が伸びてるのか凄まじい空気を切り裂く音が鳴り響き、見えない手が逃げる賊を握って捕まえたかと思うと、杖の動きと連動するように握られた賊が地面に凄まじいスピードで地面に吸い込まれるよに振り下ろされる。駄目、あれ死ぬ。
「セシリアさん殺しちゃう、止めて!!」
そう叫んだ瞬間、セシリアの体ががビクッとして動きが減速、地面にぶつかる直前で手が止まる。あ、漏らしてる。賊は死ぬかと思ったのか、気絶しながら腰のズボンを濡らしてる。まあ、手間が省けてちょうどいいか。
「縛っちゃうわね」
ジルが腰につけてた縄で気絶してる賊を手際よく縛っていく。
「直哉さん大丈夫ですか、ああこんなに血が出て」
セシリアが杖からショートシャワーで頬を洗ってくれる。セシリアいわく、2センチほどまっすぐ浅く頬が切れてるそうなので、命に別状は無さそうなのが唯一の救いか。
「さて、俺の傷はとりあえず置いておいてそいつどしよう。ふむ、事務所でちょっとお話聞きましょうか」
ジルが握ってる縄の先には、胴体が綺麗に縄でぐるぐと縛られた族がまだ気絶している。初対人の次は初尋問か。この依頼絶対最初にやるやつじゃないな。
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次回少しだけグロいです。申し訳ない。