017_ジルのヤンデレ昔話
「おお、来たか待ってたぞ」
そんなわけで、初めての依頼?を遂行するべくケラー醸造所についた。
1階建て石造りの平屋で、冒険者ギルドを横に4軒並べたぐらいの大きさだろうか、醸造所の名前は伊達じゃない大きさだ。
「ドルキーさん、よろしくお願いします」
「おう、よろしく頼むぞ!簡単に中を紹介してやるからついてこい」
「直哉さん、タンクがたくさん並んでますよ」
「おお、これは凄いな」
入り口から受付兼事務所を通って、奥の扉を開くと、そこからは工場スペースとなっており、2メートル程のフラスコを逆さにした形の醸造用タンクがズラッと並んでいた。ジルが愛しむようにタンクを撫でている。
「ここがケラー醸造所の自慢の醸造タンク達です。ここで仕込みをして、発酵タンクに入れて、最後に貯蔵タンクで熟成させると、皆さんが飲んでるエールが出来上がります」
「あら、そう聞くと簡単に作れるんですね」
「今の説明だけならそうね。実際は温度管理や混ぜる物の比率を季節や天候によって変えたり職人技の塊なのよ」
「おう、それは俺たち職人の腕の見せ所だな」
「ふふ、昔は失敗ばっかりだったドジっ子ドルキーが今じゃマイスターだなんて、不思議な話ね」
ジルが手を腰の下辺りに持ってきてクスクスと笑ってる。
「おいおい、お客さんの前で勘弁してくれ。ったく、先代の頃から居るから口を開くと何言うかわかったもんじゃねえ」
「ドルキーさん、ジルさんって昔から此処に居るんですか?」
「あら、私の事が知りたいの直哉さんは、お姉さん嬉しいわー」
ジルがいつの間にか俺の横に立っていたかと思うと、尻尾が俺の体全体をモッフモフに包んでる。こ、これはヤバイ、極上の布団に包み込まれてるみたいな気持ちよさが有るな。
「狐娘、私が横にいる時に良い度胸ですね、酔ってるようなら全身丸洗いしてあげましょうか」
「ジルさん、セシリアも一緒に包み込んじゃえ」
「はいはいー」
「あ、こら、直哉さん……あふ、これ凄い」
ジルの尻尾がセシリアの顔をサンドしたかと思うと、左右の尻尾が頬ずりをするかのように、上下に動いてセシリアの思考回路を奪っていく。何か珍しいものを見たような顔でドルキーが楽しそうに驚いてる。
「ジルは先代のマートンさんの時から此処に居ついてる狐族の娘さんだ。昔マートンさんの作ったビールを飲んで気に入ってからずーっと此処に居着いてるだが、お前さん本当に何時まで此処にいるんだ?」
ジルが僕達から尻尾をするするっと外して、自分の尻尾を撫でながら懐かしそうにしてる。
「ふふ、マートンみたいな面白い男が出てくれば考えてもいいですけどね。あの人は本当にビール馬鹿で、私が彼の作業時間確保してあげたり、ご飯用意してあげたり、色々と世話妬いてあげないと何にも出来ない駄目な子だったわ」
「あらあら、マートンさんの事が本当に好きだったんですね。そこまで甲斐甲斐しくお世話をするなんて、愛ですねー」
「愛なんてもんじゃないわよ、ただあの馬鹿が危なっかしかったから、美味しいビールのお礼に面倒見てあげただけよ」
うーん、あれはガールズトーク扱いで良いのかな。セシリアさんも女の子同士で話すのが久しぶりなのか凄く楽しそうだ。
「おう、冒険者の兄ちゃんあの女だけには捕まるなよ」
ドルキーが、彼女達が楽しそうにガールズトークに花を咲かせてるのを横目に見ながら、俺の隣にこっそりと近づいてくる。
「どう言う事ですか?話を聞いてる限りはジルさんがマートンさんのお世話してたって言う事ですよね」
ドルキーが職人の歴史が刻み込まれた手を俺の耳の側にゆっくり持ってきて、こっそりと教えてくれる。
「あれは、お世話なんてもんじゃねーよ。マートンさんはお前さんに似て可愛い顔で街でも結構人気あったんだよ。でもな、近づく女は全部ジルがあの手この手で脅して手を引かせて、ご飯の用意だってアイツが用意したご飯以外を食べると、私のご飯嫌いになった?何が悪かったのかしらって詰め寄り、マートンさんは寝る時に部屋に入られないよう何時も鍵を2個かけて寝てたんだぞ」
完全に駄目なヤンデレじゃねーかそれ。
「まあ、マートンさんは本当にビール馬鹿だったから、最低限の自分の生活とビール作りの邪魔さえされなければ文句は無かったらしいからいいちゃいいんだが、まあ変な関係だったよあれは」
「はあ、どうりで食堂のチニリさんとかもジルさんには気に入られないようにって言うわけだ」
「ああ、アイツも付き合い長いからなー」
そんな事言いつつ工場を見回ってると、天井に有る窓が1箇所割れていて、その直下にあるタンクの周りにロープが巻かれて看板が付いてる。
「これが、ゴロツキどもに狙われたタンクだ。あの窓が割られて、弓矢のような物で、ほら此処見てみろ凹んでるだろ」
言われた所には、勢い良く鋭利な物がぶつかったのか、銅色のタンクに拳ほどの凹みと、その中央に小指ほどの穴が開いている。
「酷い、ビールの職人の命とも言うべきタンクに穴を空けるなんて、ただじゃおきません」
「これ本当に酷いな、確かに冒険者に依頼したくなるよ」
正直相手が思った以上にヤル気で、本当に最初にやる依頼がこれでよかったんだろうか。事務所に戻ってくると2名ほどのスタッフが待っていた。
「おう、お前ら今日から工場を守ってくれる冒険者様にご挨拶しとけ」
「初めまして、冒険者様。ケラー醸造所事務のアンナと申します」
アンナは、黒髪セミロングで眼鏡をかけてるエルフ族の女性だ。服は赤チェックのスカートに、白いシャツ。無駄のない服装は如何にも事務って感じだ。
「こんにちは、僕はルーチス。ここの職人やってます。」
ルーチスは好青年を地で行く感じ。金髪でショートカット、マートンと同じ青い作業着。やっと冒険者が見つかって嬉しいのか嬉しそうに握手してくる。
「こいつら以外にも職人は居るが、とりあえず俺やジルが居ない時はこの2人を訪ねてくれ」
「わかりました。さて、どうやって守るかなこれ。とりあえず、割られた窓の外見てみますか」
外の窓の割られた所まで来ると、どう考えても人間の身長では届かない高さに窓がある。
「反対側の家ですかね」
セシリアが言うとおり、工場の両隣は平屋の倉庫で、その屋根に乗れば簡単に窓を狙うことが出来る。屋根の縁にハンターサークルを置いてもいいが、正直それ踏んで屋根の下に落ちて死んでも困るし、どうするか。
「セシリアさん、屋根に居る人に魔法で狙い撃ち出来ますか?」
「あの高さでしたら、一通り届くので大丈夫かと」
となると、建物の各種入り口にハンターサークル置いて、後はサーチで各個撃破か。複数人来ない事を祈るか。
「とりあえず戻りましょうか」
「はい、では直哉さんの凄さを皆様に分かって頂きましょう」
セシリアがぐっとガッツポーズをしてるが、なんかちょっと恥ずかしいな。そんなわけで、皆に夜は2人で見張りをすると言ったらジルが残ると言ってきた。僕達が信用ないのかと思ったらそうではなく、是非捕まえた奴に一発かましてやりたいとの事。うーん、いざとなったら止めればいいか。
皆が帰った後、出入り口にハンターサークルを設置。事務所に戻ると、既にジルが椅子に座って晩御飯を用意してくれてた。
「設置ご苦労様。ささ、簡単ですけど晩御飯用意しましたよ。猪肉のエール煮込みとパンでサクッと済ませちゃいましょう。見張りの前だからエールは流石に用意できないけど、お茶も入れといたわ」
「おお、美味そうだ頂きます」
「んー、このエール煮込み絶品ですね。猪肉もホロホロで普通のシチューよりもコクが段違い」
「ふふ、ケラーのエールをたっぷり使って、最後にバルサミコ酢と蜂蜜を入れるのが味の決め手なのよ」
スープにパンを浸して食べると、旨味をパンが吸い込んで美味いなこれ。
「見張りの前だからビールは明日までおあずけですね」
セシリアがちょっと寂しそうに、お茶を飲みながらちゃんと我慢してくれてる。酒気帯び業務は酒気を帯びてなければセーフとか言い出さなくてよかった。食べるもの食べたら、セシリアがハンターサークルとサーチで周囲の監視をしてくれてるので、正直暇だ。となると、小声でお喋りするぐらいしかやる事が無いわけで。
「そう言えば、ジルさんは先代のマートンさんの何処らへんが良かったんですか?」
「あら、直哉さん妬いちゃいました?」
「直哉さん、その雌狐が良いんですか私と言う物がありながら!!」
「だー、話をややこしくしないで下さいセシリアさん。普通に気になっただけですよ」
ジルが少し遠い目をしながら、少しづつ話し出す。
「この町の食堂でエールを飲んだらとても美味しくて、何処で作ってるか聞いたら此処だったのよ。でもね、まだこの醸造所もずーっと小さくて彼が1人で作ってて。合うなり彼はずーっと如何にこのエールが素晴らしいかを永遠と語ってて、その馬鹿さ加減が面白かったのかしらね、そのまま此処で配送の手伝いとかしつつ住み着いたのよ」
「な、なるほど」
さっきのヤンデレ話を聞いちゃうといい話なのに、そう聞こえない不思議。
「さっきドルキーに何吹き込まれたか知らないけど、私は彼が行為を向けてくれなかったから色々と我慢してたのよ」
ばれてーら。
「あら、我慢してなかったら一体どうしたのかしら?」
ジルが尻尾が嬉しそうにユッサユッサ揺らしながら、手に持ってたパンをお皿に戻して自分の体を抱きかかえる。
「ふふふふふ、それはもう凄いわよ、まず工場の外は危険がたくさんだから、工場に彼の部屋を作って工場から出れないようにして、苦悩があれば私だけが貴方を理解してあげられると何度も何度も囁いてあげるの。もちろん彼に私の事を愛してるって毎日沢山言ってもらうわ。私も何度も何度も耳元で脳が溶けるような甘ーい声で愛してるって囁いてあげて、彼に求められたらどんな事でも全て叶えてあげて骨の髄までた~ぷり甘やかして、この暖かくて柔らかい体とモフモフの尻尾で彼を包み込んで、ここから出たいと思わないように優しく包み込んであげるのよ」
喋りながらクネクネしてる。自分のやりたい事が脳内で暴走してるのか、喋りながらトリップしてるぞあれ。
「そ、それは凄く我慢してたんだね。偉いなー凄いなー」
「でも私が気にいって、相手から行為を寄せられなければそんな事しないわよ」
さっき聞いた限りだと、それでも色々やらかしてるから、話半分に聞いておかないと。
「まあ、それ以降は私が気になる男は出てこず、そのまま此処の手伝いしてるのよ」
はて、そう言えば、なんかすごーく大切な事忘れてる気がする。
「ジルって何歳なの?話を聞いてると先代の頃からって事は結構な年なんだよね?」
「あら、女性に年齢を聞くなんて失礼な人間ね」
「直哉さん駄目ですよ、不躾に聞いちゃ」
う、セシリアさんにまで怒られた。
「とは言え隠すような話でもないわね。92歳よ」
「なんだろう、この世界の人って皆長寿なんですかね」
「あら、と言う事はそっちのダークエルフも結構な年なの?」
2人がセシリアの方を向くと、美味しそうにビール煮を食べてたセシリアが、スプーンを器に戻してながら横を向く。言いたく無いんかい。
「べ、別に私の年齢なんて良いじゃないですか」
「あら、私は言ったんですから貴方も教えてくれても良いじゃないかしら」
「そ、それはそうですが。う……うう。120歳…です」
年齢が聞こえた瞬間、ジルの耳がピンと立つ。
「エルフ族って見た目と年齢が分から無いと言うけど、貴方も大概ね」
「貴方には言われたくないです!!なんですか、その92歳でその見た目はどう考えてもおかしいでしょ」
セシリアがビシっとジルに指を指して、異議あり!!っと反撃を開始。
「べ、別に私はしょうが無いのよ。普通の狐族は尻尾も1本で年齢も普通の人族と変わらないけど、私は尻尾が9本の突然変異枠だから好きでこうなったわけじゃ無いから問題ないんです」
うーん、子供の喧嘩だこれ。とりあえず、さっさと飯食べて仕事初めたいなー。
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今までで一番難産なお話でした。何度も掲載が長引いてしまい申し訳ございません。何時も蕎麦屋の出前を気長に待って頂けて、お読みいただき本当に有難うございます。これからもお付き合いいただければ幸いです。