星降りの夜に〜ウィリアムの場合〜
──それは星が綺麗な夜だった。
その日は、同じ騎士団の仲間達と宴を開いていたんだ。最高に楽しかったのを覚えている。
宴の後、皆が酔い潰れて寝静まった頃に、私は姫様に呼ばれた。
「ウィリアム、起きているかしら?」
言い忘れていたが、私の名はウィリアムという。性はない。
「姫様……。城の中とはいえこんな夜遅くに出歩かれると危険ですよ、自重してください」
「余計なお世話よ。ちょっと貴方と2人で話したかったの」
なかなか破天荒でお転婆な姫様だろう?
いつも私はふり回されてばかりで……
でも、そんな姫様が大好きだったんだ。主としても、異性としても。
だから、姫様の「2人で話したい」という言葉が嬉しくて、叶わぬものと知りながらも、姫様との幸せな未来を少し夢想してしまったのを覚えている。
クク……自分で言うのもなんだが、なかなか恥ずかしい思い出だな
「それでは、ベランダの方へ行きましょうか。今夜は星が綺麗なのです」
私はニヤけそうになる顔を必死に押し隠し、姫様をベランダへと誘ったんだ。
でも、頬が赤くなっているのは誤魔化せなかったようで、姫様に笑われてしまったよ。氷の騎士王とまで呼ばれた私がなんというザマだ。その時の私はさぞ滑稽だっただろうな。
「わぁ〜!本当に星が綺麗ね!」
「ええ、本当に綺麗だ」
その時の私の視線は星空か、笑顔の姫様か、どちらに向いていたのだろう。
「それで、話とは?」
私がそう切り出した途端、姫様の顔がみるみると曇っていった。まるで泣いているような、悲しみに染まった表情だった。
「わたしね、婚約が決まったの」
その言葉は、あまりにも突然すぎた。
私は頭が真っ白になり、しばらくの間、反応を返せないでいた。
ただ、婚約の話をしている姫様が、嬉しそうな顔をしていない事が私にとって唯一の救いだった。
私は姫様の騎士だ。姫様との関係など作れるはずもない。こんな日が来ることは分かっていたんだ。
だから、私は選ばざるを得なかった。1人の騎士として生きるか、1人の男として生きるか。
そして、答えは出た。
「姫様、ご婚約おめでとうございます!」
精一杯声を張り、裏返りそうになる声を必死に抑え、祝福の言葉を叫んだ。
私はこの時、確かに騎士として姫様の側に付き添うことを決めたんだ。
「ウィリアム、貴方は……本当にそれでいいの?」
でもそんな決意は姫様のこの一言の前に脆くも崩れ去った。
「一介の騎士である私が、姫様に口出しなど……っ!」
そう言った私の声は震えていた。
「貴方は、物語の主人公のように、私を連れ出してはくれないの……?」
私は答えることが出来なかった。
「わたしは貴方のことが好きなのよ!他の誰かじゃ嫌なの!!だから!私を連れ出して…お願い……」
どんどん小さく掠れていく姫様の声に、私の理性など軽く消し飛んだ。
「私も、姫様のことが好きです。ずっと前から、好きでした。こんな私でよければ、付いてきて頂けますか?」
「っ……ありがとう……!ありがとう……」
どちらからだったのだろうか、気付いたら私たちの距離は限りなく近付いていた。
そして、そっと唇を重ねた。
その時の私は、幸せだった。これまでの人生で最も幸せだった。これから先どんな苦難が待ち受けていようと全て跳ね返せると信じていた。
空には星が降り注ぎ、神までもが私たちの未来を祝福しているようだった。
ここで私の記憶は途切れる。
今あるのは、禍々しい赤に染まった空と、氷の中に囚われた姫様のみ。
この日は人生で最も幸せで、最も不幸な1日へと変わったのだ。