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僕の在り処

作者: 足戸篤

 どれだけ頑張っても、どれだけ見てもらおうと頑張っても誰も見てくれなかった。振り返ると昔からそうだった。ずっと誰かに認められたかった。しかし誰も僕を見てくれない。

 小さい頃は明るく、みんなと一緒に笑いあえていた。何も考えずに楽しい日々を送っていた。しかし、中学生になったころから、自分の意見を頑固に曲げず、周りとぶつかることが多かった。そんなことをしていると、いつの間にか僕に近づいてくる人はいなくなっていた。誰にとっても、一緒にいて意味のないやつになっていたのだ。

 それでも諦めずに高校生活を送った。部活に入って、ほかの部員とはすごく楽しく過ごせた。グラウンドで過ごす時間、部室で過ごす時間はとても楽しかった。この時間がずっと続けばよいのにと感じたぐらいだ。けどそれはきっと、部活という一つの共有できるものがあったからだ。一つでも共有できるものがあると、人は親しみを感じ、コミュニケーションが取れるものだ。

 部活での楽しい時間とは反対に、教室で過ごす時間はぼくにとってひどくつまらないものになっていった。周りにクラスメイトが楽しそうにトランプをしたり、ゲームに興じている中に、最初こそ必死に入ろうとしていた。しかし次第に、それがしんどくなった。これは本当に自分がしたいことなのだろうか。必死に周りに合わせようとしている自分は本当に自分なのだろうか。そんな悩みが、日に日に大きくなった。

 そんな葛藤の中で、ふと僕は、自分が無理をして合わせるのではなく、無理に合わせる僕ではなく自然な僕に面白みを感じてくれる人もいるのではないかと思った。そこで試しにクラスメイトに自分から話しかけるのをやめた。するとどうか、誰も僕に話しかけてこなかった。その時、僕の中で一つの糸が切れた。きっと誰か話しかけてくれる、等身大の僕を見てくれる、そんなわずかな望みを見事に断ち切られた。

 そうか、そんなにも僕はつまらない人間だったのか。

この時初めて、今まで感じていた、もやもやとしていた気持ちがはっきりと分かった。いや、それまでも分かっていた。分かっていたが、認めようとしてこなかったのだ。

 今まで、自分を誰かの中に位置づけようと必死になっていたのだ。だが、誰かの中にある僕は本当に僕なのだろうか。そんな僕は誰かのために簡単に変容するだろう。また、ふとしたきっかけで消えてしまうかもしれない。自分自身の届かないところに自分を置いてよいのだろうか。僕は他でもない僕の中にあるものだ。僕自身が僕を定義し、評価し、発達させる主体なのだ。

 そう思うと少し肩が軽くなった。

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