天気予定 上
2014/10/30 投稿
「ねぇ、ケチケチしないで教えてよ」
身を乗り出すように、ミキが絡んでくる。お酒が入ったせいで、かなりしつこくなっている。
「本当に知らないのよ。だから、忙しいの」
「えー、本当に知らないのー、気象管理員なのに?」
ミキだけじゃなく、エリーも口を尖らせる。だからこの時期に友人との飲み会は嫌だったのだ。私の名前は雪野亜美。コロニーの気象管理員をしている。そして、〈サプライズ・ウェザー〉まで、あと一週間。宝くじの締め切りが近づくとこの手の質問ばかりされる。正直言って、うんざりするのだ。
「たとえわかっていても、答えられないことくらいわかっているでしょ。亜美をいじめるのはやめなさいよ」
親友の理沙が助け舟を出してくれた。
「残念だなあ。今回こそ、大金当てようと思ったのに」
ミキは不満げに呟く。確かに完全に正解すれば、数年は遊んで暮らせるだけの賞金が手に入るのだ。迷惑であるが、彼女の気持ちもわからなくは無い。
「そもそも私は、〈サプライズ・ウェザー〉って制度に反対なの」
このコロニーが建設されて、四半世紀がたつ。通称、「ヤマタイ」というこのコロニーは、地球の日本からの移民が多いため、コロニーは日本を模した人工的な四季があり、地球にいた頃となんら変わりの無い生活環境が維持されている。コロニーの中には常春の気象をつくっているところもあり、それに比べて寒暖の差があり生活しにくいという者もいるが、植えられた街路樹が四季にあわせて変化する様子は、宇宙移民というどこか頼りなげな不安な要素から、人々を和ませてくれるのは確かだ。
私たち気象管理員は、コロニー内の四季や天候を管理している。天気の予定表を公布し、太陽光の量、雨、雪、温度、湿度の管理。細かくは、大気の成分量の管理まで行なうのが主な仕事である。それだけでも、かなりたいへんな仕事なのだ。
「〈サプライズ・ウェザー〉の日は、忙しくて神経が磨り減るの。しかも、苦情も多いし……。宝くじの収益がバカにならないから、やめないだろうけれど」
サプライズ・ウェザーとは、十年前、気象管理局が「変化のある宇宙生活」を提唱し、作った制度である。ひとつの季節に一日だけ、天気の予定を発表しない、というものだ。それがいつの間にかコロニー運営の資金を支援するという名目で、お天気宝くじなるものを売り出してから、サプライズ・ウェザーは異様な盛り上がりを見せるようになった。
コロニーの環境保持はかなり資金が必要で、「ヤマタイ」の自治政府はその資金のやりくりに頭を悩ませていたのだが、宝くじの収益は思ったより大きいらしい。賞金の値段は底上げされ、いまやコロニー住人の一番の関心ごとである。
そして当初は、天気の予定を発表しないだけの日であったのに、公正を規するという理由で、当日の天気は完全にコンピュータが過去の気象データから無作為に選ぶことになり、管理する職員にすら伏せられるようになってしまった。
「たいへんよね。でも、亜美には悪いけれど、私は〈サプライズ・ウェザー〉って嫌いじゃないわ」
理沙は遠慮がちにそう言った。
「こうやって、何日も前からお天気を気にするのって、地球にいたころを思い出すわ」
理沙は、幼少期を地球ですごしたらしい。
「楽しみにしていたお休みが大嵐だったりしてがっかりしたりするのも、今思えば懐かしいの」
「わかるわー。私、地球に旅行に行った時、天気ってこんなに不確定なものなんだーって、すごく思ったもの」
エリーが、調子よく頷いた。
「それに、『あの雨の日に』みたいな出会いがあるかもしれないじゃない? 亜美の仕事は大変かもしれないけど、ドキドキする日よね。」
「そういうものかしら……」
私は首を傾げた。『あの雨の日に』というのは、〈サプライズ・ウェザー〉の日の突然の雨がきっかけで知り合った男女のメロドラマだ。ある日の偶然から愛が生まれるというモノローグから始まるありきたりな内容は、古い地球のドラマの焼き直しのようなものだが、人気俳優が出演していることもあって、絶大な人気がある。正直、自分は<サプライズ・ウェザー>は会社にいる確率が圧倒的に高く、そんなロマンスに出会える確率はほぼない。そう思うと、少し寂しい。
「この前の夏、にわか雨が降ったでしょ。思わず化粧直ししちゃったもの」
エリーは苦笑しながらも、目をきらきらさせている。学生時代から、エリーはかなりのロマンティストで、今もそれは変わっていないらしい。
「そう思ってくれるひとだけならいいけど、洗濯物が濡れちゃったって、苦情がずいぶん寄せられたのよ」
「どんな天気だって、気に入らないひとはいるわよ。私は宝くじ、外れただけでテンションさがっちゃう」
ミキはそういって、カクテルに手を伸ばした。もう絡んでくる気はないらしいが、目がすわっている。
「そうそう、今度の旅行のことだけど」
私はあわてて話を変えた。これ以上、この会話をすると人間関係がもつれそうだった。
私たち気象管理員は五班の三交代制で、いつもなら、天気プログラム運営のプログラムの監視と、それに伴う気象用の機器の管理運用を行うのが仕事である。<サプライズ・ウェザー>の日は、本来は休日にあたる一班が、この日ならではの雑務やトラブルなどを処理するサポートメンバーに入る。
現在、<サプライズ・ウェザー>の前日の、二十二時。今回の私は、サポート側だ。
「本日の予定は、雪。二時から、明日の零時まで、断続的な降雪。日中も気温は上がらず、終日、雪。」
コンピュータがはじき出した〈天気予定〉をメイン班の青野班長が読み上げた。〈サプライズ・ウェザー〉の日の天気は、前日の二十二時。つまり、三時間前に発表される。お天気宝くじの締め切りは、三日前に終わっているのであるから、そこまで秘密にする理由はないはずなのだが、上層部は徹底して秘密にこだわっている。迷惑な話だ。
「雪ね……。亜美ちゃん」
サポート班の小林班長が、私を呼ぶ。小林班長は、名字に天気用語の入っている職員を必ず名前で呼ぶ。本人曰く、紛らわしいから嫌なのだそうだ。入社した当時は戸惑ったが、私だけではないし、次第に慣れてくるとなんとなく親しみを持ってもらっているように感じる。小林班長の影響力はとても強いのか、今では、社内のほとんどのひとが、私を名前で呼んでいる。
「はい」
「零時まわったら、鉄道局と、交通局に連絡しといて。」
返事をした私に、渋い顔で小林班長が首を振った。内部に対してさえ、秘密主義である。したがって、気象の影響を受けやすい外部機関への連絡も、当日にならないと許されない。
「わかりました」
私は、各局への連絡の準備を整える。
「外気温設定、狂ってない?今、何度?」
メイン班が<サプライズ・ウェザー>の天気運用に必要な資源や機材チェックを行っている。毎回のことながら、ピリピリした空気が張りつめている。
「矢野君、降雪システム、チェック頼む。小林班長、ひとりつけてくれる?」
青野班長の鋭い声。
「了解、亜美ちゃん、いける?」
「は、はい」
ドキリ、とした。狭いコンソールの脇を走りぬける矢野和彦先輩の後を、私は慌てて追いかける。矢野先輩は、同じ大学の出身だ。すらりとした背の高く派手さはないけど、とても整った顔をしている人で、とても優しい。真面目だけど、つまらないひとではないし、仕事もできるから、社内女子の人気は高い。入社以来、気になっている存在ではあるものの、私はC班で、矢野先輩はA班に所属しているから、めったに顔を合わせることがない。
それに。残念ながら、矢野先輩は私を名字で呼ぶ社内でも数少ないひとだ。この前、同期の美女である、風間ゆかりを、「ゆかりちゃん」と呼んでいるのを聞いて、私の想いはただの一方通行だと自覚させられたという苦い経験をしたばかりである。
それでも、一緒に仕事ができるのは、嬉しい。もっとも、私語をする暇はないのだけど、心が浮き立つのは否定できない。
「しかし、朝までにどれだけ雪が積もるのやら」
小林班長が心配げに呟くのが聞こえた。