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夜行

2017/10/12 投稿

 いつのまにか、寝てしまったらしい。

 夜間には駅員がいなくなる小さな駅だ。

 静まり返ったホームのベンチに座って眠っていた私は、列車がホームへと入ってくる音で目を覚ました。

 酒を飲んだせいだろうか。視界がやけにぼやけて見える。

 見慣れているはずのホームが、いつもと違って見えた。

 列車のライトは、青みを帯びており、音はいつもより静かに感じられた。

 鈍行列車独特の四角いフォルムではあるが、ホームの弱い照明に照らし出されたその車体は、見たことがないものであった。

 ずいぶんとレトロな雰囲気なのである。観光列車のような、デザイン列車だ。

 屋根部分に豪華な装飾がほどこされ、扉は、木製のようである。

窓には御簾がかけられていて、車内の様子は全く見えない。

そもそも、ホームの明かりは、これほどまでに薄暗いものであったのであろうか。

 するすると列車が目の前に停車をすると、突然、ホームに『気配』があふれかえった。

「何だ?」

 なんというか、『気配』としか表現できないモノが、次々と列車に吸い込まれていく。

 私は、まるで大都会の通勤列車の人波に流されるかのように車内へと押し込まれた。

 ガラガラという、まるで引き戸を閉めるような音がして、扉が閉じる。

 車内は、青白い弱い光に照らされていた。

 列車が動き始め、ガクンと揺れる。

 その時になって、濃密な気配が『かたち』を取り始めた。

やはり酔っていたせいなのだろうか。

 ごくごく普通の光景である。押し込まれた狭い車内には、スーツを身にまとったサラリーマンやOLたちが疲れた顔で立っていた。

 この路線で、こんなに混むことはまずないとはいえ、何の変哲もない車内である。

 だが、違和感がある。

 どこだろう?

 どこか鈍い頭で、私はあたりを見回した。

「おお、イバラキどのではありませぬか」

 私の前に立っていた小柄な男が、大柄な男に小さく声をかけた。

「やあ、マタさん、お元気そうですね」

 大柄な男は、芸能人のような秀麗な顔をしている。

「どうですか、景気のほうは」

「おかげさまで、ぼちぼち仕事はさせてもらっていますよ」

 にこりとイバラキという男が笑う。

「うらやましい。イバラキどのは、時代を選ばないお仕事ですからねえ」

「マタさんは、昨今の猫ブームに乗っているという話を聞きますが」

「いやあ、ブームというのは、一過性のバブルですからなあ」

 ふたりは、ごく普通に世間話をしているようだ。

 ほかの乗客たちは、それこそ日常の車内でみるような光景と同じく、本を読んだりしていた。

 あえていうなら、昨今には珍しく、携帯を触っているモノがいないくらいか。

 車内には、吊り広告もあった。見たこともない雑誌だ。

『明かされた女性遍歴……地獄の沙汰もイロしだい』

『週末は、針山登山を!』

『官能の雪女! つめたい柔肌』

 比喩、なのだろうか。

 わかるような、わからないようなキャッチコピーである。

 それにしても、と、私は思う。

 この乗客たちはどこへ行くのだろう。この路線のこの時間にこれほど乗客が乗っていることはいつもならあり得ない。 

 その時。

 私は、車内の明かりが電灯でなく、ちろちろと燃える炎であることに気が付いた。

 ゾクリと背筋が冷える。

「おひさしぶりですね」

 突然の声に振り返ると、どこか懐かしい顔をした年配の男が、私を見ていた。

 知っている顔だ。

 しかし、誰なのかまったく思い出せない。

 口を開きかけた私の口を、そっと制し、男は私の耳元に口を寄せた。

「話しては駄目。これは闇の世界とつなぐもの。生きたヒトの行く場所ではありません」

 男は、かすれた声でそう言った。

「だから、助けてさしあげます。あなたのこと、大好きでしたから」

 にっこりと、男が笑った。優しい笑みだ。

「列車から降りたら、『私は酒に酔っている』と、大声で叫びなさい」

 男は言いながら、するりとネクタイを外した。

「時々は、思い出してくださいね」

 そう言って、外したネクタイを私の手に握らせる。

 やがて、ガクンと車内が揺れて。

 列車は駅についたらしい。

 私は乗った時と同様に、押し流されるように車外へと出た。

 そこは、見たことのない世界だった。天に輝くのは、真っ赤な月。聞いたこともない奇妙な音色の不思議なメロディを歌う異形たち。

 列車から降りた乗客たちは次々と姿を変えていく。

 角の生えた鬼、頭の後ろに口のある女、しっぽの割れた猫。

 それら異形たちは、メロディにあわせて、舞いながら歩いていく。

 まさしく、昔話の百鬼夜行のように。

「人がいるぞ!」

 誰かが叫んだ。

 音楽が止まり、ざわつきが起こった。

「ひとだ。生きた人間のにおいだ!」

 突然、視線に囲まれた。

 体中が拘束され、足や、肩に、激痛が走る。

 喰われる――そう思った。

「私は、酒に酔っている! 泥酔中だ!」

 痛みをこらえ、教えられたとおり、私は叫んだ。

 すると、身体がふわりと浮き、固い地面に叩きつけられて……私は意識を失った。


 ホームに列車が入ってくる音で、私は目を覚ました。

 寝ていたベンチから落ちたのであろうか。

 私は、ホームの上に寝そべっていた。体中に痛みが走る。

 不意に、手に何かを持っていることに気が付いた。

 赤い、古ぼけたベルト。その裏に住所と名前がかすれた文字で書かれている。

「太郎?」

 子供のころ飼っていた犬の太郎の首輪だ。

「あれは……なんだったのだろう」

 人影がまばらないつもの列車に乗りながら、私は手のひらを開く。

 優しく首輪を撫でると、太郎の鳴く声が聞こえたような気がした。


百鬼夜行の害を避ける呪文は

「かたしはや えかせせくりに くめるさけ てえひあしえひ われえひにけり」


酒に酔っていると見過ごしてくれるらしいです。

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