沙夜&晃志郎 <星蒼玉>「花火と浴衣時々退魔」SS
これはIF物語です。
もし、白恋大社に行かず、晃志郎が護衛のまま、夏になっていたら……という感じのお話です。
神社の境内から見える花火は少しだけ遠いようだった。
花火が見たいと言った沙夜に、穴場があるからと晃志郎が連れてきてくれた場所は、他に人影もなく、とても静かだ。
沙夜はちょうど良い大岩の上に腰を掛け、晃志郎はその脇に立っている。その距離感はいつもの護衛の時と同じものだ。
境内に、花火のドンという音、そして、お互いの息遣いだけがしていて、沙夜の心臓の音まで、晃志郎に聞こえそうだ。どうして、こんな場所を晃志郎が知っていたのかと思うと、沙夜はちょっと複雑な想いになる。
暗闇を照らす花火の光に浮かび上がる、晃志郎の顔を見上げると、優しい目と目が合って、沙夜は思わず眸をふせた。
「どうかなさいましたか?」
心配げな晃志郎の声に、沙夜はあわてて頭を振る。
「……いえ、その。こんなに良い場所なのに、人がいないのだなと……」
「すみません。ちょっと寂しい場所すぎましたね。いくら人ごみを避けようと思ったとはいえ、さすがに配慮が足りませんでした」
「いえ、あの……」
花火のさなかだというのに、沙夜は思わずうつむいてしまう。
周りに人がいないことより、晃志郎が誰か、否、女性ときたことがあるのかが、気になったなどと言えるわけもない。
不意に、首筋がチリリと痛んだ。
「え?」
「……まずいな」
晃志郎が呟く。
「すみません。放置もできません」
「はい」
晃志郎と沙夜は、花火の明かりを頼りに社務所の裏手へと歩く。
男が一人。
木の枝で今にも首をくくろうとしていた。闇の中でもわかる昏い瞳。青白い、肌。
虚冥が開く。真夏の夜だというのに、霜が降り始めた。
肌がチリチリと痛む。
「朱雀!」
晃志郎の言葉に応え、闇に朱金の鳥が舞う。
「行け」
男の身体を朱雀が飛びこんでいった。
「青龍・白虎・朱雀・玄武・勾陳・帝台・文王・三台・玉女」
晃志郎の手が九字を切る。男にまとわりついていた闇が、女の姿をかたどる。
「我が名をもって命ずる。反転せよ」
絶叫が聞こえた。
「虚冥よ、閉じよ」
晃志郎は静かに命じると辺りに再び、夏の暑さが戻ってきた。
「まさか、そんな」
意識を取り戻した男は、晃志郎から自分を呪っていたと思われる女の姿を聞いて、しくしくと声を上げて泣き始めた。
どうやら、惚れこんでいた女に騙されていたらしい。術そのものはたいしたものではなかったが、精神的な衝撃は大きかったようだ。
男を封魔奉行所へ連れていき、事情を話す間、沙夜はずっと晃志郎のそばにいた。そうしないと、与力たちは、晃志郎を胡乱な目で見て、まともにとりあわないのだ。
本来なら、晃志郎が男を奉行所に連れていく義理はない。清めた星蒼玉を、奉行所に無償で渡す必要もない。
晃志郎が面倒であろう役所に関わって嫌な想いまでしているのは、沙夜と一緒だったからだ。
「私のわがままのせいで、ご迷惑をおかけしました」
晃志郎に送られて、夜道をたどりながら沙夜がポツリと口を開く。
「いえ……そもそも、あのような寂しい場所にお連れしたのが間違いだったのです。怖い思いをさせてしまって申し訳ありません」
「赤羽さまとご一緒ですから……怖くありません」
沙夜がそっと晃志郎の袖を握りしめると、晃志郎の身体がピクリと震えた。
「……沙夜さま、あのですね」
晃志郎はコホン、と咳払いをする。
「あまり、俺を信用なさらないでください」
そういって、晃志郎はそっぽを向いたのだった。