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悪の執行  作者: 水無月スバル
1/5

―これより、悪を正義とする

毎日更新を目標に。

悪の執行

 序


人の絆に最も近づけるものは何か。

 愛なのか友情なのか、血縁なのか。

 その答えが分からない。透明色のその「何か」は雲を掴むように手に平からすり抜ける。

 目に見えない透明な「何か」を追いかけ続ける人間は時代を超えても変わらない。

―――23世紀に入り世界は大きく変わった。

 一つは魔法石の出現だ。世界各地に突如として降り注がれた「魔法石の雨」はこれまでの化石燃料の有用性を大きく超え、様々な技術革新を起こした。

 そして、その技術革新によって、もう一つの副産物を生み出された。

 魔法石を体内に摂取すると、人は、個人差はあるものの魔法を使えるようになった。

 この革新を、科学の進歩と形容する者もれば、魔術や魔法と偶然に形容する者もいる。

 正解はどちらなのかは誰もわからない。

正体不明の魔法が本物なのか、科学的根拠に裏付けられた科学というべきなのか。

 ただ1ついえることは、生活は便利になり、人は人を超えるようになったということだ。

 そして進化しないのは、人そのもの精神面の成長である。

 どの時代においても問題は変わらずとして起こる。

正義も悪も罪も罰も友情も愛も。

それらに振り回されて人々は生きている。


魔法石の出現によって新たな問題も起きた。

各国で魔法石を奪い合う取引が横行するようになり、闇市場が活性化し、戦争も増えた。

能力の高い魔法使いを抑えることも容易でなくなった。

これまでの法律も規則も変わりつつある。

ある専門家は言った「これから先は力のあるものが生き残る」と。

ある国の調査は告げる「有能な魔法使いがこの先必要不可欠である」と。

だから、俺はその見えない「何か」を追いかけている余裕はないのだ。

力が必要だ。金も必要だ。

それらに共通するのは目に見えるということだ。

眼に見えるものを得た者、力のある者が生き残るのだ。


たとえそれが偽物の「何か」であったとしても。


そう言い聞かせ、俺は今日も夜の世界を走る。

―――見えるものだけを信じて。

 1.―――これより悪を正義とする


『制裁屋』。

 表の世界でこの名を見ることは殆どないはずだ。裏の世界で名を轟かせる仕事屋なのだ。

 目の前の若い男が泣き顔でこちらを見ている。

路地裏で若い俺は男を追い込み、圧倒的な暴力を振りかざした。死なない程度に、全身に殴打を与え、骨を何本か折る。しばらくすると若い男は俺に勝てないことを悟ったのか諦めの表情で許しを求め始めた。

 その目の名は、絶望。そして僅かな希望をもって助けを求める色だ。

「…お願いします。助けてください。何でもします。だから、だから」

必死の声音。

その姿を冷たい眼差しで切り捨て、俺は、自分のスーツのポケットの内側にある1枚の紙を取り出した。ゆっくりと紙面に書かれた文字を読み上げる。

「〇〇年7月28日。お前は何をしたか覚えているか」

「え…」

男は困惑の表情に変わった。俺はゆっくりと言葉を紡ぐ。

「その日ある少女の死体が山奥で発見された」

「…」

体中に暴力を受け、ぼろぼろの男は朦朧とした意識の中で言葉を聞いた。

「女だ。年齢は21歳。一人暮らしの少女だ」

情報を少しずつ公開していく。

「友人と海に行く予定があったそうだ。その後、姿を消した。待ち合わせ場所に来ず、その後も仕事場に来ないことを不自然に思った友人が警察に連絡。結果、近隣の山に埋められていたそうだ」

男の表情が少しばかり変わった。

「心当たりはないか」

「…ないです」

「…そうか」

俺はゆっくりと言葉を紡ぐ。

「鈴木彩という名の少女を知っているか」

男の表情がみるみると変わった。

「知っているな」

冷淡に言葉を続ける。

「その少女は首を絞められて殺されたそうだ。遺体はバラバラにされていた」

男の顔色がみるみる青ざめていく。

「かわいそうな話だ」

俺はゆっくりと言葉を吐く。

「お前が今何を考えているか当てよう」

「…」

「なぜ、その少女のことを知っているか。どうして魔法警察でも見つけることのできなかった遺体の場所を知っているか。なぜ、その事件の犯人が自分だと分かるのか」

男は最後のカードを切るかのように、力強く言葉を選んだ。

「…証拠は…」

「ん?」

「証拠はあるのか、その鈴木という女と俺が関係しているような」

「そうだな、証拠か」

俺はつまらない宣告をするように言葉を吐く。

「そんなものはない」

その瞬間、若い男はにやりと悪の笑みを浮かべた。不快な笑みだ。

男は希望を悪の中に希望を見つけたようで、あざ笑うように言葉を吐く。

「そんな馬鹿な。お前らは証拠もないのに俺を疑っているのか」

「そうだ。我々は事件の真相を突き止める魔法警察ではないからな。証拠はない」

俺は、男をはっきりと見据える。

「だが確かな真実がある。お前が強姦し、殺害したのだろう?」

男が言葉を紡ぐことにためらいがあった。

「警察に報告してやる。お前らなんて、お前らなんて」

「フフ…」

思わず笑い声がこぼれた。

「何がおかしい」

「お前は悪を行使しているのに、悪に染まり切れていないのが愉快だ」

冷めた視線を男に向ける。

「悪を行った人間が正義を振りかざしていいのか?」

男は黙った。

「我々は、正義や法律そういったものが嫌いだ。あと魔法警察か。そんな偽善の建前が本物の悪を容認するからだ。お前のような『見つからなければ何をしてもいい』という輩は見るに堪えないからな」

俺は語彙を強めた。

「我々は甘い正義の裏で埋もれている悪を制裁することが仕事だ。この場で、我々が悪を執行することには明確な理由がある。そこに証拠などはいらない。事実だけで十分だ」

ゆっくりと近づく。

「少女は、バラバラにされたそうだったな」

懐から一本の刀を抜く。闇色の魔法を刀に付加する。刀はゆらゆらと影を帯びる。

男は絶望の色を瞳に浮かべた。

「殺害。それも遺体を切断した貴様は、同じことをされても文句は言えないだろう」

「頼む、待ってくれ、分かった。お前らはヤクザなんだろう。そっちの人間なんだろ。金か?金なら出す、頼む。許してくれ、あれは出来心だったんだ」

俺は男を見据え、ゆっくりと答える。

「制裁屋」

「え」

「我々は制裁屋だ。虚ろな人間と死者の声を聴き、悪を執行するものだ」

「…制裁屋…」

男の額から汗があふれ出る。

「これより、悪を正義とする。お前に悪を執行する」

―――断末魔とともに、夜空に血が舞う。


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