第12節 不良少年と狼少女
学園から徒歩二十分、市街からそれほど遠く離れてねぇここ天津川の河川敷にオレはまたやって来ていた。
ここには数えられェぐらいたくさん来たよな。
穏やかな川を眺めてるとよォ、なんか心が洗われるっつーか。
学園での朝の出来事を思い出す。
いま思い返してみてもこう、胸のあたりがムカムカすんだが。
オレァ昔から気に入らねぇことがあると黙ってられねぇんだ。こういう性質なんだよ。
それが褒められたことじゃねーことくらいオレにも分かってる。
だが、馴染みの人界を滅茶苦茶にしやがったあいつの罪は重い。
オレに対しての擁護ぐらいあっても良かったんじゃねェか?
やっぱり根本的にオレは学園生活とやらに向いてねェ。
なんで我慢しながらあんなところに通わなきゃなんねーんだ。
…………。
免許取り戻すためだろーが!!!
オレに免許が戻ってさえいりゃあんなやつ……。
オレがブロンズを取り返していれば。
オレがあんなその場凌ぎの武器じゃねぇ本当の神具を使ってれば。
あんな虫も殺せそうにねェような貧弱な野郎の鼻っ面へし折ってたのによォ。
「あーこのクソったれが!!」
手元に落ちていた手ごろな小石を拾い天津川に投げると、水面の上を三回ほど跳ねて沈んでいった。
「スサァ~、ぼくおなかすいたよ~ペコペコだよぉ~。何か食べに行こうよ~」
背後から声が聞こえる。馴染み深ェ声。
オレと同時に学園に転入してきた雌の狼。名前をフェンリル。
オレがもう一度やり直そうと決意した、そのきっかけになったのがコイツだ。
コイツがいなきゃ神としてオレァ死んでたかもしれねぇんだから、まぁ腐れ縁ってやつだな。
おっと、過ぎたことはもうあんまり言わねェ主義でな。
過去には生きねェのが漢ってもんだろ?
「あぁ? そのへんの草でも食ってろよ」
「……でもスサだってさっきおなか鳴ってたよ? すいてるんじゃないの?」
「……」
そういえば朝起きてから何も食ってねェ。
いくら神でも腹が減っちゃあ戦もできねェからな。
「学校には戻らないの?」
「戻らねェ」
「学校の食堂ならタダだよ?」
「……ぜっってえ戻らねェ!」
「ふーん……」
前言撤回。今日はもう戦はしねェ。空腹のまま耐えきってやる。
振り向くとフェンリルはその小せェ足を折りたたんでつまらなそーに体育座りをしていた。
「なんでオメーまでついてきたんだよフェン。オメーは残れば良かったじゃねェかよ」
「スサが出ていった教室なんてぼくには価値がないから」
オレとコイツは腐れ縁だ。それは揺るがねェ。
フェンリルのそのセリフを期待してたオレが心のどっかにいたんだと思う。
周囲から煙たがれる生き方をして歩いてきたオレにとっては心の拠り所になっちまってる。
オレにしてもそうだ。フェンリルのいねえ教室なんざ価値がねェ。
ぜってえ言わねェけどな。
「スサ、ほんとに学校サボるの?」
「何度も言わせんな。オレは戻らねェ」
「でも出席しないと卒業できないよ?」
「ぐっ……」
痛いとこをついてくるフェンリルだった。てーか、コイツは時々オレで遊んでるような節があるぞ。
それでも出会った頃に比べればほんとにフェンリルはマシな性格になってきてはいる、とオレは考察している。
「スサ、いっしょに卒業しようね……」
「あたりめーだ。こんな檻みてェなとこ早いとこでっぞ」
「……絶対いっしょにだからね?」
フェンリルの顔が少しだけ俯く。
学園に来てから二十年余り、オレもフェンリルも卒業すっために努力はしてきたはずだ。
だが、何が足りないっていうんだよ?
オレが卒業できねェ理由はいくらでも挙げることはできる。札付きのワルだからな。
けど、フェンリルは違ェはずだ。オレがいつも隣にいるからかァ?
いや、卒業の基準に人間関係なんてのは含まれねェはずだ。
ただひたすら有り余る時間を使って考えても結論は出なかった。
「心配すんなフェン」
うずくまるフェンリルのそばに寄っていき、その絹のような銀髪を優しく撫でる。
「卒業するときは二人いっしょだ」
ガラにもないセリフを吐いてるなとは思った。
だがコイツは、コイツだけは大切にしなきゃなんねェんだ。
「ほんとに……?」
顔を上げたフェンリルはうっすらと涙を浮かべている。そんな顔すんなよ。
お前だけは一生守ってやる。
「あァ、本当だ。フェンはオレの唯一無二の舎弟だからな。そうだろ?」
オレが滅多に見せることがねェ最大限の笑顔を向けると、
「へへっ、ほんと……スサには敵わないなぁ」
と、泣いてるのか笑ってるのか分からねェ顔でフェンリルは答える。
オレにはオメーの方が敵わねェよ。
「明日からまた学校に行こうね?」
「あァ。分かったよ。しかたねーな」
「約束だよ?」
「おう、約束だ」
この二人に関してはまた番外編を書くことがあるかも……




