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はっ! 俺は突然のその言葉に、隣を振り向いた。
――そこには、いつものように優しく、しかし照れを隠しきれていない、結の〝笑顔〟があった。
「……もう、顔を上げて?」
結の言葉に、二人は即座に反応する。
「では――」
――と、何かを口にしようとした愛ちゃんの口を、結が優しく人差し指で押さえた。
「でも、ただし、〝条件〟があるの」
「――〝条件〟……ですか?」
うん、結は頷いてから、再び膝に手を置いて、二人を交互に見つめて話した。
「……二人の気持ちはよくわかったし、すごくうれしかった……だけど、私が……私自身がまだ、二人のご主人さまとしては〝相応しくない〟と思うの。だって、私はまだ、何もできていないし……。――でもね、約束する。ううん、亮と約束したんだ。いつか、この町のみんなが、ずっと〝笑顔〟でいられるようにするって……だから、それまでは待っていてほしいの。二人が……〝御守〟が今までそうだったように、誇りを持って白乃宮に仕えることができるようになるその日まで……それが、〝条件〟」
てへへ、と結は言い終わってから、照れくさそうにほっぺをかいた。
「……って、なんだかエラそうだったかな? ……ごめんね?」
――とんでもありません。そう言ってから明ちゃんは自分の胸に手を当てた。
「結さまのお気持ちは十分に理解できました。……その〝条件〟、喜んで受けさせていただきます! ……でも、結さまは何でも一人でがんばりすぎる悪い癖があるようですので、何かお困りのことがありましたら、是非とも私たちに協力させてください!」
「私も、明も、全力で結さまのことをお助けいたします!」
ありがとう……そう言うと、結はまた、照れくさそうに笑った。
……さてと、
ごほんごほん、とわざと聞こえるように、そして三人に注目させるように俺はせき払いをした。
「……? 亮、どうかしたの?」
当然、結に聞かれた。
俺は、結ではないが……同じく照れくさく思いながらも、二人に向かって右手を伸ばした。
「……えー、その……なんだ……さっきは仲良くできない、とか何とか言って大変申しわけなかった。……そこで、だ。ここは一つ、仲直りの印として握手うおっ――!?」
がしいっ! 突然、伸ばしていた手に飛びついてきたのは明ちゃんだった。
明ちゃんはそのまま、ブンブン! と俺の手を千切らんばかりの勢いで上下に振り、そしてうれしそうに笑って答えた。
「もちろんですよ! これからもぜびぜびよろしくお願いします!」
「どあっ! 分かった! 分かったからもう離してくれ! ホントに千切れる!」
……やっとの思いで、俺は明ちゃんの魔手から逃れることができた……が、もう手が限界だ。しかし、まだ愛ちゃんとの握手が残っている。
ええい、構うもんか!
そう、意地で、俺はその手をそのまま、愛ちゃんの方に向かって伸ばした。
「……えーと、よろしくな?」
はい、と愛ちゃんは、にっこり、笑って返事をする。――しかし、
「ですが、亮さま……握手なら、〝こちらの手〟でお願いいたします」
愛ちゃんが出してきたのは〝左手〟だった。無論右手と左手ではしっかりとした握手ができないのは子どもでも分かることだ。――どうやら愛ちゃんは、先ほど明ちゃんに喰らった、ブンブン、のダメージが俺の手に致命傷を与えていることに気づいてくれているようだ
なんと気の利くメイドさんだろうか……じーん、と感動しながら、俺は素直にそれに甘えることにした。
「――よろしく!」
「はい、こちらこそ」
がっしり。左手で愛ちゃんと握手を交わした――ちょうどその時。放課後を知らせるチャイムの音が辺りに鳴り響いた。




