6-11
「――着いたぞ、結。顔…上げられるか?」
俺がそう促すと、結はゆっくりと、しかし確実に顔を上げ、辺りの景色を見渡した。
――と、ほぼ同時だった。結の口が動いた。
「え……? ここ……って…………」
「……ああ、そうだよ」
頷いてから、俺ははっきりと答えた。
「ここは――俺と結が、〝初めて出会った公園〟だよ」
「……!」
驚いたような表情をする結に、俺は笑顔で話した。
「……歩き疲れただろ、結? ここで少し、休憩でもしていこうか?」
「……ん」
……ほんの少しだけ反応を示した結を、俺は近にあったベンチに座らせ、そのすぐ隣にある自動販売機から自分の分と、結が好みそうなジュースを選んで買った。そして、結の隣に座って再び肩を支え直し、ほら、と買ってきたそれを結に渡す。
「……が…と」
「いえいえ、どういたしまして」
ほとんど聞き取れないようなその小さな声に的確に答えつつも、俺は慎重に、俺が話すべき次の言葉を選びながら、結と話した。
「……憶えてるか、結? 今となってはもう十年以上も前のことになるが……あの日も、こんな夕日の眩しい日だったよな?」
「……ん……おぼ……てる」
憶えている……その言葉に俺はひとまずは安堵のため息をつき、そのまま、笑顔のまま話を続けた。
「そうか。憶えてるか……ああ、そういえば買い物に行った時にも言ってたっけ? その時、俺は店長に遊んでもらっていたこと……そして、そこに結がきたこと……」
「……ん……」
そう、あの日……俺は結と初めて出会ったんだ。この、名があるのかどうかも分からないような小さな公園で、俺は結と出会った。――無論、その頃の俺は、〝お嬢さま〟とか、そういうものの存在すら知りはしなかったが……。
「懐かしいなぁ……あの頃はお昼ご飯を食べたらすぐにこの公園にきて、毎日のように結と遊んでたっけ……あれ? でも、あの時は確か、結も一人だけじゃなかったような……って、ああ、いいんだよ結。無理しなくても……元気になったら、ゆっくり話そうぜ? ……な?」
結が必死に口を開こうとしていたため、俺はそれを慌てて、優しく制した。
それを聞いて、結は再び視線を落とす。
……どうやら結も、あの時のことは鮮明に憶えてくれていたようだ。その証拠に、今俺が疑問符を打った際、それにすぐに答えようとした……。
――それなら、もしかしたら……。
と、そんな、僅かな〝希望〟が、俺の中を過った。
俺はその〝希望〟を逃さず捉え、そして……〝ダメかもしれない〟……という、迫りくる、言い知れぬ恐怖を必死で振り払いながら、俺にできる最後の……いや、〝最初〟の会話を、結に〝託した〟。
「……まぁ、あの時結が誰ときていたのか? ってのは、また今度話すとしても、だ……じゃあ、それじゃあ……その時に二人で話した、あの〝約束〟は……憶えてるか?」
「……やく……そく……?」
ああ。――俺は力強く頷いて、あの日交わした〝約束〟を、今再び口に出した。
「――じゃあ、約束しよう? 大きくなったら、みんなが、ずっと、ずっと、〝笑顔〟でいられる……そんな素敵な〝街〟に、二人でしてみせるって――」
「……!!」
驚いて顔を上げた結に、俺は本心から……限りなく優しく微笑んだ。
「――憶えてるか、結?」
「………………」
……結からの返事は、〝なかった〟。
――だけど、不思議と……俺はこの瞬間にだけはなぜか、〝恐怖〟というものを感じることはなかった。いや、それどころかこの、〝安心感〟……これは…………。
……。
……。
……。
――ああ、そっか。
俺は、今になってようやく、〝そのこと〟に気がついた。
だから……かもしれない。俺の口からは、無意識にその〝言葉〟が放たれていた。
「〝おかえり、結――〟」
――次の瞬間だった。
今の今まで、支えられていなければ、自分の意志で満足に動くこともままならなかった結の身体が、自らの意志だけで、〝動いた〟のだ。
結は俺の胸の中に飛び込み、抱きつき、そして……大声を上げて泣いた。
だけど――それは〝悲鳴〟ではなかった。それは、〝帰ってきた〟という、その〝証〟。
俺は、ただ、ただ……そんな結を、慈しみの心を持って、優しく頭をなでた。




