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正解。母さんは小さく手を叩いた。
「そのとおり。結ちゃんは、ずっと信じてたの。この世界で唯一、自分のことを信じてくれる……何より結ちゃん自身が、〝絶対の自信〟を持って信じることができる、私たち〝家族〟という存在を……だから、結ちゃんは今までずっと、死にたい、なんて思わなかった……ううん。もしかしたら、心のどこかで思っていたのかもしれないけれど、それを絶対に行動には出さなかったのよ。なぜならそれは、結ちゃんにとって、〝家族の信頼を裏切る〟、という行為に他ならなかったから……信じ合っていたはずの〝家族〟を裏切り、そのまま死ぬ――なんていうことは……結ちゃんにはとてもできなかったことのよ」
「……なるほど」
でも、と俺は続けた。
「……それでも、結が結果的にああいう行動を取ってしまった、っていうことは、今回のことは、その〝信じる心〟っていうやつが今まで食い止めていたものすら、簡単に撃ち崩しちまうほどのできごとだった……というわけか」
「それは違うわ、亮ちゃん」
「え?」
母さんはすぐに続けた。
「――今回のことは確かに、結ちゃんにとってはあまりにも衝撃的なことだったのかもしれない……けどね、亮ちゃん? それでも、結ちゃんは最後まで私たちのことを〝信じ抜いて〟いたんだと、母さんは思うのよ」
「〝信じ抜いていた〟……??? それなら、何であんなことを?」
「それは……」
……ふぅ、母さんは一度ため息をつき、しかし質問をしたはずの俺に、逆に聞いてきた。
「……じゃあ、亮ちゃんは結ちゃんのこと……〝信じてる〟?」
「……? 何で突然そんなこと聞くんだよ?」
「いいから、答えて」
「……」
……仕方なく思いつつも、俺は俺の中にあるウソ偽りのない、有りのままの想いを話した。
「……〝信じてる〟よ。たぶん、結が俺たちのことを信用してくれているのと同じくらい。もしくは、それ以上に」
「……答えは、それよ」
「え……?」
母さんは天井を……二階で寝ている結の方を見ながらその答えを断言した。
「お互いが完全な信頼状態にあるっていう今までの状況……そこに、自分でさえも分からなかったこととはいえ、結ちゃんの中で最も黒く染まってしまっている部分…〝白乃宮事件〟。その〝真実〟を〝何も知らないまま〟に、〝信頼したまま〟に知ってしまったら……考えてもみなさい? その事件の一番近くに……どころか、結ちゃんはそれそのものに関わっていながらにして、今までずっと〝ウソ〟の〝真実〟を自分に――〝家族〟に、ずっと、ずっと、十年もの長い間〝信じさせて〟きたのよ? それが今の今さらになって、『ごめんなさい。今までのは全部ウソです。私は知らなかったんです』……で、済むと思う? 結ちゃんの性格からしてみれば、譬え私たちが許したとしても、結ちゃん自身は決して、自分を許すことができなかったはずよ。そして、その後。必然的に結ちゃんの中で出た結論が……もう、分かるわね?」
「…………っ!」
――たぶん、いや、絶対に、母さんの言ったことと、結の考え方は同じだ。そう思った俺にはもはや、それに言葉を返すことすらできなかった――どころか、母さんが話した結のその考え方が、俺をさらに悩ませることになってしまう。
なぜなら、
「……正直、こういう考え方をされると難しいわよね。ここから〝元の結ちゃんに戻って〟もらうのって……だって、こっちからは全く〝手が出せない〟んだから……。それに、さっきも言ったけど、こっちがいくら許すって言っても、結ちゃんは〝自分自身が許せなくて〟仕方がない。――ということは、はっきり言ってこっちが何を言おうが全くの〝無駄〟になるっていうこと……意味がないのにも程がある、っていう話なのよね」
……そう。全く、そのとおりだ。
今の結は、言わば〝心を閉ざしている〟状態に等しい。まだ受け答えができるからマシ、などという考え方は、これからの状況によっていくらでも悪い方向に向かって行ってしまうことは明白だ。無論、『こういう時は一人にさせてやるのが一番だ』は、絶対に実行に移してはならない。――なぜなら、結の中ではすでに、〝答え〟が出てしまっているのだ。一人で考えさせるという行為は、現状、事態をさらに悪化させることになるだけだ。
……では、どうする?
――こちらからの呼びかけは無意味。
――一人で考えさせるのも不可能。
……あとは? あとは何がある? いっそカウンセリングにでも通わせるか?
――ふざけるなっ!!
俺は……そんな、こんな時に何もできない自分自身の無能さに、激怒した。
何もできない!! 何もしてやれない!!
一番辛いのは結なのに、俺はその痛みを和らげてやることさえもできない!!
くそっ!
くそっ!
「ちくしょうっっ!!!」




