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……いったい、どれほどこの言葉が、できごとが、彼女を……結を、苦しめたのだろう?
同じように幼く、何もできはしなかった俺も、しかし毎日そう真剣に悩んでいた。
……どうやったら、結を救えるのだろう?
……どうやったら、結が悲しまないのだろう?
……どうやったら、結が笑ってくれるのだろう……?
そんなことばかり、考えていた。
――だが、ある日のことだった。
結は……もしかしたら、そんな俺の心情を読み取ったのかもしれない。――信じられない行動に出たのだ。
その日、結は、事件を聞きつけ集まってきた一万人を超える民衆……マスコミたちに向かって、小さな身体。たった一人――
「私は白乃宮 結!! これからどんな時も、私のことは〝元・お嬢さま〟と呼びなさい!! 私は絶対に、白乃宮の名前から逃げたりはしない!!」
――そう、叫んだのだ。
……信じられるだろうか? これが、僅か五歳の言葉である。
帰る場所を失い、家族とも離れ、どうしようもなくうずくまるしかないようなこの状況を結は、その小さな身体で、全て受け止めてしまったのだ。
……叫び終わった後。結は、〝笑って〟いた。それも、俺に見せつけるかのように、満面の笑顔で……。
――そう、結は俺のことを〝気遣って〟くれていたのだ。俺なんかよりも、誰よりも、自分が一番、辛いはずであるのに…………。
…………バカ、だよな。と思った。
悲しいのなら、泣けばいい。
辛いのであれば。助けを求めればいい。
――しかし、結はそれをしなかった……どころか、自分のことすら無視して、俺のことを助けようとした……。
……この時俺は、確かに〝感じた〟ことがある。
これが、〝優しさ〟であるのだと……。
これこそが、結の――
〝本当の優しさ〟であるのだと……。
――この日以来、結は〝元・お嬢さま〟と呼ばれるようになり、現在に至る……と……。
……さて、随分長くなってしまったが、以上が、結の〝過去〟であり、〝今〟だ。
つまり、結が先ほど言った、〝白乃宮の名前を取り戻す〟というのは、いつかまた帰れる家を造り直す。ただし、今度は、もっと、もっと、キレイで、穢れのない、そんな家に……そういう意味なのだ。
…………あの時、何もしてやれなかった俺は、今思う。
俺は、今度こそ……その夢のためなら、結のためなら、何だって協力する。
だから、結。
いつか、きっと――。
「――ちょっと、亮? 聞いてるの?」
「……え? あ――ああ! ごめんごめん! ちょっと考えごとしてたから……それで?」
「それで? じゃないよ。いったい、どこへ行くつもり?」
「え? どこって……」
言われてから横を振り向くと……〝そこ〟はどう見ても――
「――うわっと!? ご、ごめん! もう家に着いてたんだな!」
そう、家だった。
……はぁ。ため息をついた結は、そんな俺を呼びつつも先に動いた。
「まったく……ほら、何でもいいけど、早く行こ?」
「あ、ああ! 今行くよ……!」
慌てて追いかけると、周囲を注意深く見回しながらも、結はすでにドアの取っ手に手をかけていた。
カチャリ……軽い音を立てて、ドアが開く。
――そして、
「ただいま~」
結は、〝俺の家〟に入って行った。
……。
……。
……。
…………え? 何? 間違ってるって? 〝俺の家〟???
――いやいや、これで合っているのだ。
何しろ結は……世間には秘密にしてはいるが、あの事件の日以来、ずっと俺の家でいっしょに生活している……そう、言うなれば結は、お嬢さまは、
〝居候〟なんだから。