5-13改
「――結!!」
バンッ!!
錆びて開きづらくなったその扉を、構うことなく全力で蹴破った俺は、屋上に着いてすぐに結の姿を捜した。
――と、すぐに目に留まったのは、いつも俺と結が昼ゴハンを食べる時に使っている黄色のシートだった。
慌てて俺は貯水タンクの方に回り込んだが、そこにあったのはシートと、それにまだ開かれていない、結の弁当袋だけだった。
間違いなくここに結はいた! それを確信した俺は、急いでその周辺を見渡すと……
次の瞬間だった。
――貯水タンクの下。そこから最も遠く離れた、生徒玄関側のその場所に、俺は結の姿を見つけたのだ。
――しかし、それを見つけた瞬間。俺の全身からは血の気が全て。完全に、失せてしまうこととなった。
――そこにあったその姿とは、
転落防止用に設けられた柵を乗り越え、あと〝半歩〟。あとたったの〝半歩〟だけ、足を前に動かしてしまえば、逃れようもない絶対的な〝死〟が待ち受ける、正に〝生死〟の狭間の中に立つ、結の姿だった。
「結!!」
叫ぶと同時に、考える余裕すらなかった俺の身体は、とにかく全力で結の下に向かおうと駆け出していた。
――だが、結のその後ろ姿が目前に迫ってきた――その時、
「――こないでっっ!!!」
その言葉が、俺の全身を貫いた。――同時に、その声を聞いた俺の身体は、俺の意思とは関係なく、突然力を失って前のめりに倒れ込んでしまった。
ジャリリッ! ……倒れた時にすり切れたのか、顔をかばった右の手の平と、左膝に激しい痛みを感じた。
――にゅるり、と嫌な感触が手の平に伝わってくる。血が出ているのだろう。……しかし、今の俺にそんなことを気にしている暇はなかった。構うことなくすぐにその手の平を地面に押しつけて立ち上がった俺は、もう一度、その名前を叫んだ。
「――結!!」
しかし、
「……こないで……お願い……お願いだから、こないで……亮…………」
そう、震える声で、結はただ何度も、その言葉を繰り返していた。
「ゆ…結……?」
思わず、口が動いた。……だけど、
「……ど、〝どうした〟んだよ、結……お前、そんな所で……あ、危ないから、早くこっちにこいって……」
……だけど、それはあまりにも力を持たない……そう、まるで俺自身が結から逃げてしまっているかのような、そんな惨めで情けない……俺の弱さをむき出しにしたような言葉だった。
ち……違うんだ結! 俺はそんなことを言いたいんじゃない! 俺は、お前を……っっ!!
「――もう、亮も、〝知っている〟んだよね? 〝あのこと〟を……」
――必死に声を絞り出そうとする俺の口を、結のその言葉が塞いだ。
結はそのまま、静かな口調で続ける。
「……私ね、実は薄々、気づいてたの。一昨日、亮が私のことを初めて怒鳴ったでしょ? あの日からずっと……気づいてた。亮が……私のために何かを必死に隠していてくれたこと……」
「……え……あ……ち、違う。それは……だから…………」
……言葉が、出ない。出そうと思っても、出さなければならないと分かっていても、俺には結局、結のその言葉に対する言葉を、返すことができなかった。
結は、そんな俺に構わずさらに言葉を続けた。
「……でもね、亮? 私、最初はそのまま、知らないフリをして……ううん。本当に何も知らないまま、今までどおり普通に生活して行くつもりだったの。だって、私はずっと、亮のことを信じてたから……亮が私に何も話さないっていうことは、それはきっと、亮がそうした方が私のためになると思ったからだって、信じてた。……だけど、それじゃあダメだって、私だけがずっと何も知らないまま生きて行くなんて、絶対に許されることじゃないんだって、ずっと、心の中で思ってた。――だからね、亮。私……聞いちゃったの。何もかも、亮が私に隠していたことも、全部……そう、〝白乃宮事件〟って言われている、あの事件の〝真実〟も……」
「――ち、違う!! それは違うぞ、結!!」
――結の口からその言葉を聞いた瞬間、今まで出そうとしても出なかった俺の言葉が、何の抵抗もなく叫び声となって放出された。
「あの〝真実〟はデタラメだ!! 何も知らないやつらが噂に尾ひれが付きまくったやつを集めて作った、〝真っ赤なウソ〟なんだ!! ――だって、そうだろう!? 現に俺たちはあの事件の中心に、一番近いところにいたんだぞ!? それなのに何で! あいつらは俺たちが知らないようなことまで全部知っている!? 答えは簡単だ! 全部デタラメだからだ! 全部ウソ!! あれは自分たちが注目されたいがために作った――」
「――亮」
――その時だった。
俺の言葉を遮った結は、突然、俺の方を振り向いたのだ。それも、満面の、〝笑顔〟で。
……わけが、分からなかった。
なぜ、結は笑顔でいるのか?
なぜ、こんな状況にいるのにも関わらず、結は笑顔を作れるのか?
……それを知る術を、俺は持ってはいなかった。――だが、それに困惑する俺を、結はさらに悩ませるようなことを言った。
「……やっぱり、〝優しい〟ね、亮は」




