5-11改
【視点・結→〝亮〟】
――昼休み。
結が教室から出て行ったのを確認した俺は、その後すぐさま朝の続き。バラ撒かれた新聞の回収をするために、学校中を走り回っていた。
全ての教室はもちろんのこと、そこに繋がる廊下や、体育館の倉庫。さらにはトイレや更衣室まで。……無論、その上に〝女子〟が付く部屋は全て、その周辺にいた女子生徒に理由を付けて調べてもらった。
……ちなみに、高利によると、詳しいことまでは分からないらしいが、新聞は現在在学中の生徒数名が勝手に書いているものであるらしく、正式な部活ではないために顧問の先生もついてはいないそうだ。――ということは、その人物たちが出入りできる場所は、つまり俺たちと同じ範囲だけということになり、即ち〝生徒が普通に入れる場所のみ〟に限られてくる。
当然、俺はその全てをくまなく見て回って調べたし、これで本当に全て。抜かりはない!
よし! と、それを改めて確認した俺は、ふー、とため息をついて頬を伝う汗を拭った。
あとは回収したこの新聞をゴミに出すだけだが……いや、それにしても、と、我ながらあの閃きは会心のできだったと俺は自負していた。
――誰にも不審がられることなく、特に結にあの新聞のことを知られなくしたままに、全てをまるでなかったことにするかのような、そんな方法……それがこの、
〝恐怖の元・お嬢さま作戦〟――だ。
……まぁ、俺のネーミングセンスの悪さはそこらに置いておくとして……この作戦は非常に難しく、そして困難にすら思えるが、実はあることを……誰でもいい。誰でもいいからそこらにいる生徒に小さく〝耳打ち〟するだけで、この作戦は簡単かつ確実に成功する作戦へと変貌を遂げるようになっているのだ。
その〝耳打ち〟というのが、これだ。
――元・お嬢さまに記事のことを知られるな。関係ないやつも全員、〝皆殺し〟にされるぞ。
……少し、結に悪い気がしなかったわけではない。――しかし、状況が状況だ。これもまた許されるウソ、というやつだろう。
そう思って結が登校してくる前に、新聞の回収がてら噂を流しに流し回った結果が、現在。
――誰もがあの記事のことについて触れようともせず、結から……元・お嬢さまからは、いつも以上に距離を空けて離れてくれるようになったのだ。
……若干、そのことを結に不審がられはしないかと心配にはしていたが、四時間目が終わってからすぐに、いつもどおり教室から出て行く結の様子からしてみれば、どうやらそれも大丈夫だったようだ。
即ち、〝大成功〟。――そう言える結果になったのではないか? と俺は思っている。
……少し不安が残るとすれば、今こんなところでこうしている俺が、いつもみたいに結といっしょに昼ごはんを食べられずにいることではあるが……まぁ、それも大丈夫だろう。なぜなら俺は、家を出てくる時に、
【もしかしたら昼も忙しくていっしょに食べられないかもしれないから、先に食べていてくれ。本当にスマン!】
――という手紙を、結の〝弁当袋〟に仕込んでおいたのだ。
……少しくらい不審には思われるかもしれないが、そんなのは後でどうとでも言いわけできる程度のこと。特に問題にはならないだろう。
――と、そんなことを考えているうちにも、俺は教室に戻ってきていた。
……そういえば、あれから何分経ったんだ? ふと、俺は教室の上の小窓から、今の時間を確認してみると……結が屋上に向かってからすでに〝二十分以上〟が経ってしまっていた。そのため、俺は教室の扉を少しだけ開け、まずは結がまだ帰ってきていないかどうかを確認した。
結は…………よし、まだ帰ってきてないな。
ふー……俺はまた、しかし今度は安堵のため息をついてしまった。
……まぁ、当たり前といえばそのとおりなのだが……なぜなら、そう。現在俺の手には回収してきた学校中の新聞が握られているのだ。――処分前のこんなものを、もし結に見られてしまったら……それこそ今までやってきたことは全て水の泡と化してしまう。これだけは本当に気をつけなければならない……本当に。
よし、とそれを改めて確認した俺は、手に持った新聞を握り潰した。
あとは教室からゴミ袋を持ってきて、これをゴミ捨て場の奥の方に捨てれば全てうまく……。
――その時だった。
「――亮?」
「どうあっっ!!?」――ガンッ!
突然後ろから名前を呼ばれ、俺は扉に顔面から激突してしまった。
鼻血が出そうなほどの激痛が俺の顔面を襲ったが……今の俺はそんなことを気にしている場合ではなかった。慌てて新聞を後ろ手に隠した俺は、持てる限りの全速力で後ろを振り返り、まるで何ごともなかったかのように笑顔を作った。
「あ、あはは! ど、どどど、どうした……って、あ?」
――しかし、それもほんの数秒のこと。そこにいた人物に、俺は安堵と、そして〝不満〟のため息を同時につくことになった。……なぜなら、
「……何だ、高か。驚かせやがって」
そう。そこにいたのは、俺の悪友を名乗る馬鹿メガネザルという種類の動物、高利だった。
……馬なのか鹿なのか、はたまたメガネなのか猿なのか……は、どうでもいいとして、それを確認した俺は、先ほどの顔面へのダメージを和らげるべく、鼻をさすりながら聞いた。
「いてて……んで、何か用か? 言っとくが俺は今超・多忙だぞ? なぜならお前にも朝話しただろ? 俺はお嬢さまに記事のことを知られないようにするためにだな……って、ん? お前、どうかしたのか? なんか、顔色が変だぞ?」
と、見ると……うつむいた高利の表情は暗く沈み、常時纏っていたはずのおふざけオーラが今は完全に消え去ってしまっていた。
「……ど、どうしたんだよ、高……お前らしくもない……何かあったのか?」
たかが、高利のこととはいえ、さすがにこんなにも元気がない……というか、死人にすら感じられる高利を見ていると……やはり、少し気になってしまう。
そう思って俺はもう一度確認するように聞くと……高利は、わなわな、と青紫色に変色した唇を震わせながら、同じく震える声でゆっくり話し始めた。
――しかし、その最初の言葉が、
「……や……やっちまった……俺……やっちまった……!」
……だった。
……正直、全く意味が分からない。いったい何を、やっちまった、というのだろうか?
……まぁ、分からないことは本人に直接聞くしかないな。そう思い、仕方なく俺が再び口を開こうとした――その瞬間だった。
「俺――〝言っちまった〟んだよ!! お嬢さまに! 〝あのこと〟を!!」




