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「そ、よかった。――だって、そうだろ? 学校じゃお前はいつも、元・お嬢さまだからな。やっぱり俺は、〝幼馴染み〟としての結と色々話がしたいんだよ」
「……!!」
――そう。実は俺と結は、幼い頃からの……それこそ、悪友である高利と出会うよりも、もっと前。なんと、幼稚園に入る前からの〝幼馴染み〟であったのだ。
それを急に言われ、変に意識してしまったのだろう。結は恥ずかしくて赤くなった頬を隠すように、またもや、ぷいっ、とそっぽを向いて、話しながら歩き出してしまった。慌てて俺はそれを追いかける。
「べ、べつに! 私だってその、好きで亮にそんな呼び方させてるわけじゃないもん! ただ、その……しょうがないじゃない! 私には、〝白乃宮の名前を取り戻す〟っていう、重大な〝使命〟があって……!!」
「あー、はいはい。分かってるって」
プンプン、怒る結の後ろ姿に苦笑いを浮かべながら、俺は毎度繰り返されるそのセリフをいつものようにあしらった。――ああ、と言ってもべつに、バカにしているわけじゃあない。何しろその重大な〝使命〟とは、結にとっても、俺にとっても、本当に重大で、本当に大切なことなのだから……。
――憶えているだろうか? 学校での、結のあの態度。
暴力的で、支配的で、それでいて傲慢で、どんな相手であろうとも決して退かない、という、絶対的な〝意志〟をも感じさせる、あの態度。
――実はアレ、結の〝仮面〟なのだ。しかも、〝元・お嬢さま〟という名前付きの……。
……どういうことなのか? それを語る前にこれだけは言っておくが、その〝仮面〟を外している時の結の性格といえば、まるで別人だ。
優しくて、思いやりがあって、かわいいとか、キレイだ、などとつい言ってしまうようなことがあれば、顔を真っ赤にしてうつむいてしまう……学校での結のインパクトが強すぎて想像はし辛いかもしれないが、それが結の〝本当の性格〟だ。とは、先ほど俺自身でも言ったが、幼稚園に入る前からの幼馴染みでもあるこの俺、倉田 亮の情報だ。まず間違いないだろう。
――ただし、と、ここではっきりと言っておこう。結がその本当の性格になるためには、たった一つだけ、〝条件〟が必要なのだ。
それは、俺や、俺の母さん〝以外〟の人が、〝近くにいないこと〟……他には何の条件も存在しない。ただ、〝それだけ〟だ。
……さて、ではなぜ、そんな〝条件〟が必要になってしまうのか? ――その答えこそが、学校で俺が一度話しかけた、
結がなぜ、お嬢さまの呼び名の頭に〝元〟を付けろと言ったのか? その理由と、
そして――なぜ、そんな〝仮面〟が生まれてしまったのか? その理由になる。
――あれは、今から十年ほど前……俺と結が五歳になったばかりの頃のことだった。
当時、結の家……白乃宮家と言えば、それはもう日本でも有数の〝超・大富豪〟家だった。
バカみたいにデカい家や、数えきれないくらいいる使用人たちはもちろんのこと、
無駄に高そうな装飾品の数々。
湖や川まで流れている広大な敷地。
……どころか、それこそ、その〝権力〟は政財界にも影響を及ぼすほどだったらしく、事実、何人もの政治家が、何かしらの用事で毎週のようにそこを訪れていたらしい。
――しかし……いや、この場合、〝やはり〟、と言った方が正しいか……。
白乃宮家……その築き上げられた富は、権力は、決してキレイなものではなかったらしく、ある日突然、何の前触れもなく。白乃宮家が抱えるその〝闇〟……それが、世間に大きく知れ渡ることとなってしまう〝事件〟が起きた。
――その事件のことを、人々は白乃宮家に対する〝戒め〟を込めて、こう、呼んでいる。
〝白乃宮事件〟。
――町の人々から、金を、物を、住む家さえも。ありとあらゆる物を奪い尽した、その事件を引き起こした主謀者であり、そして、結の実の〝祖父〟でもある、白乃宮 在次郎……あいつが犯した〝罪〟のせいで、結が……結の家族が、バラバラ、に引き離されてしまうのに、そう時間はかからなかった。
――燃え盛る、結の……白乃宮の家……。
……火を放ったのは、事件によって全てを失った、被害者の人たちだったそうだ。
その数、数百から数千……とてもじゃないが、警察も、消防も、それら被害者たちを止めることはできず、しかし辛うじて、幼くも、それでも最後まで自分の家を守ろうとしていた結が、火にまかれる寸前で消防の人の手によって救出されたらしい。
……だが、これは、幼い結に対する事実上の、〝追放〟……そう。何を隠そう、この時生き残った結に与えられた〝汚名〟こそが、
〝元・お嬢さま〟なのだ。