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  【視点・結→〝亮〟】





 ……最低だ、俺は。


 ――夜遅く。

 あれから数時間後に、結が自分の部屋に行くために静かに部屋に入ってきて以来、何の音も聞こえない、しん、と静まりかえった真っ暗な部屋の中……俺は、被っていた布団から顔を出し、軽く、自分の顔をこぶしで小突いた。

 ……何で、俺は結にあんなことを…………。

 ……。

 ……。

 ……。

 ……眠れない。眠れる、はずがない。――当り前だ。いくらあんな新聞を見た後とはいえ、俺は結を……意味もなく、ただどうすることもできないイラつきに振り回されて、怒鳴りつけてしまったのだ。

 ……ダメだな、俺は。そう、つくづく思った。

 結の夢を叶えさせてやる。そんなことを言っている当の俺自身がこれでは、これから何か重大なできごとがあった時、俺はきっと、その時も何もできずに、ただ、間抜けな(つら)をして、それを遠くから眺めていることだろう。

 ……それでは、ダメだなんだ。……でも、じゃあ、俺はこれからいったい、どうすれば……?

 …………はぁ。

 漏れ出るため息……ダメだ。何も思い浮かばない。――ここはとりあえず、頭でも冷やしてこようか? 考えるのはそれからだ……。

 そう思った俺は、すでに寝ているであろう結を起こさないように静かに部屋を出て、一階のキッチンへと向かった。――そこでコップ一杯の水を注ぎ、一気に飲み干す……。

 「……ふぅ」

 ……少しは、落ち着いたか?

 ――その時だった。

 「――で、いったい何があったの、亮ちゃん?」

 「え――か、母さん!」

 そう、そこには、いつの間にかキッチンに入ってきていた、母さんの姿があったのだ。

 母さんはそのまま、腕組みをしながら話した。

 「亮ちゃんが結ちゃんのことを怒鳴るだなんて、よほどのことがない限り……というか、今までそんなことは一度もなかったはずよ。……〝結ちゃんのこと〟? いったい、何があったのかしら?」

 ……完全に、見透かされている。さすがは母さん、と言ったところだろうか? だてに女手一つで俺たちのことを育てちゃいない……。

 ……しかし、と俺は悩んだ。

 いくら相手が母さんとはいえ、もしかしたら母さんはあのことを……白乃宮事件の〝真実〟のことを知らないかもしれない。そう思うと、本当のことを打ち明ける勇気は……俺にはまだなかった。

 ……べつに、と、つい俺はウソをついてしまう。

 「今日は何だか、イライラ……してて、それで結にあたっちゃったんだ。……もちろん、後でちゃんと結には謝っておくよ。だからべつに、結のことで何かあったとか、そういうことでは――」

 「――〝ウソ〟ね」

 「……えっ?」

 当然のようにそう言い放って、母さんは驚く俺の目を真っ直ぐに見つめながら、さらに数歩近づいてきて続けた。

 「……それは、〝ウソ〟。亮ちゃんは絶対に、何かを隠してる……それも、結ちゃんのことでね。――気づいてないかもしれないけど、亮ちゃんは昔っから、結ちゃんのことになると何でもかんでも自分のせいにして結ちゃんをかばってた……だから、今回のこともそう。母さんにウソをつくってことは、結ちゃんのことで何かあったっていうこと。……もし、母さんに気を使って話さないというのなら……余計な心配よ。いいから、話してちょうだい」

 「…………」

 ……やっぱり、母さんに隠しごとなんか、できるわけないか……。

 分かった。そう答えるしかなかった俺は、静かに、口を開いた。

 「……実は…………」

 「……なるほどね。そんなことが……」

 小さく頷いてから母さんは、はぁー、と深いため息をついた。

 「……そっか。〝遂に〟亮ちゃんも、知っちゃったわけか……」

 「……〝遂に〟? ということは、もしかして母さん……」

 ええ。今度ははっきりと、母さんは頷いた。

 「知っていたわよ。最初から……結ちゃんがウチに住むことになった、そのずっと、ずっと前から……ね。――亮ちゃんには、ちゃんと一人前の大人になってから話そうと思ってたんだけど……知ってしまったものは、仕方ないわね」

 「……」

 ……俺は、何も答えることができなかった。――それどころではない。今まで何も知らなかったのは、結の一番近くにいたはずの、〝この俺ただ一人だけ〟だったのだと、改めて思い知らされてしまった。

 ぎりり、と歯が鳴る。

 ――しかし、母さんは、

 「――そうやって、また自分を追い詰めるの?」

 「……えっ?」

 突然の言葉……はぁ~やれやれ、と母さんは、わざとらしく両手を大きく広げ、それよりも大きく、深くため息をついた。

 「………あのね? 亮ちゃんは〝知らなかった〟んじゃないの。母さんたち大人が、そういうことを亮ちゃんや結ちゃんたちに〝知られないようにしていた〟だけなの。……ことがことだから、何で黙ってたのかは、言わなくても分かるわよね? ――つまり、知らされもしなかったことで亮ちゃんが自分のことをそんなに責めるのは、〝オカシイ〟って、母さんはそういうことを言ってるの」

 「……」

 でも、と俺は呟いた。

 「それでも、知らなかったというのは……というか、俺がそのことを知ろうとすらしなかったのは事実なんだし、だから、俺…………」

 「…………」


 ――ゴスン!


 「――でっ!?!」

 ……突然、頭にゲンコツをくらってしまった。

 か、母さん……?

 頭をさすりながら母さんの方を向くと、母さんは、はぁ~~~~……と、今日一番の深いため息をついた。

 それから、俺のことを睨みつけるように話す。

 「……まったく、我が息子ながらほんっとに情けないわね。いい? 亮ちゃんがそんなじゃ、いつまでたっても結ちゃんの夢は叶えられないわよ? でもだかだってだかどっちでもいいけど、知ってしまったのならしょうがないじゃない。男の子ならもっと堂々と胸を張って、それでイザ! っていう時に頼りになれる……そんな大人になりなさい?」

 「……母さん」

 「はい! じゃあ分かったらさっさと寝る! バラ()かれた新聞とか、インターネットのことは、母さんが〝お友だち〟に頼んで何とかしてもらうから、亮ちゃんはとにかく、それが結ちゃんに〝知られることを防ぐ〟ことと、それから、その前に必ず、ちゃんと今日のことを結ちゃんに〝謝る〟こと! ――いいわね?」

 「わ…分かった……」

 「はい、じゃあおやすみ!」

 「お、おやすみ……」

 ……そう言われて、俺はキッチンから追い出されてしまった。

 ……何だか、最後は強引に押し切られるような形になってしまったが、何となく、俺は心にほんの少し余裕ができたような、そんな気がした。

 ……明日は、ちゃんと結に謝ろう。

 そう思い、ベッドに戻った俺は、静かに目を閉じた。





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