1-5改
――学校からの帰り道。
高は死んだが……そういえば、俺自身の傷の具合はどうなんだろう?
未だ痛み続ける頭……それがどうしても気になった俺は、さっ! とお嬢さまのスキを見計らって、カーブミラー……? とか言う、見通しの悪い道路の曲がり角なんかには必ず設置してある、あのデカい鏡で見てみた。――すると、
左目付近にドス黒い青あざが一つ。
逆の、右側のおでこに大きなたんこぶが一つ。
あとは……あ、後頭部にもそこそこ大きなたんこぶが一つ。
――以上だった。
それを確認した俺は、はふぅ~……と、お嬢さまに気づかれないよう、小さく〝安堵〟のため息をついた。
……え? なぜ〝安堵〟? ――そんなの、決まっている。
だって……
――良かった~……普段は絶対にしない、お嬢さまの〝パンツ〟を見にいく、なんて無謀なことをしたから、その実かなり心配していたんだが……うん。この程度なら〝いつものこと〟じゃないか! とりあえず、高利みたいにならなくて、ホント、良かった~!!
……そう。〝俺たち〟にとってはこんなの、〝日常の当たり前のできごと〟であるのだ。
朝起きて夜寝るのと同じこと。〝俺たち〟は学校に行って、そしてお嬢さまに折檻されて毎日を帰る……自分で言っていて非常に悲しくなってくることではあるんだが……とにかくだ。そんな、毎日のことで〝俺たち〟はいちいち落ち込んでなどいられない。考えるのはいつだって、お嬢さまに殴られ蹴られないようにすること……それだけだ。
――おっと! いつまでもこんなことをしている場合じゃないな! 早く戻らないと、またきっついオシオキをされかねん!
そう思った俺は、焦る気持ちを、抑え、走らず、しゃべらずに、〝おはし〟の鉄則を守ってお嬢さまの隊列に戻った。
――しかし、その時だった。
「……」
くるり。――突然、お嬢さまが俺の方を振り向いたのだ! それには思わず俺も、ビクン! と跳び上がってしまう。
し……しまった! 気づかれてないと思っていたが、まさかお嬢さまはすでに、俺の道草に気づいていたのか!? ――い、いや! 待て俺! 落ち着くんだ! いくらお嬢さまでも、後ろに眼なんか付いちゃいない! 従って物音一つ立てずに行った俺の道草なんかに気づけるはずはないんだ! ……あれ? でも、ということは、じゃあなぜ、お嬢さまは俺の方を振り向いたんだ!? 俺はいったい、何をミスったというんだ!?
ええと……っっ!!?
ばっ! ばばばっ!! すぐさま俺は、周りの状況や、身だしなみ。果ては、お嬢さまとの間にある、〝距離〟までも……キッチリカッチリ〝三歩後ろ〟を歩けているかどうかまで確認したのだが……だ、ダメだ! 周りには人っ子一人見当たらないし、俺の身だしなみが崩れているわけでも、〝三歩〟から外れてしまっているわけでもない!
いったい何なんだ!?
そう俺が思った、次の瞬間だった。
すっ……。
突然、お嬢さまの右腕が俺に向かって振り下ろさ……ッッ!!?
――やられるッッ!!!
ぎゅっ! 悟った俺は、瞬間目を閉じてそれを覚悟した。
だが……!!
「……? 何で、目を閉じてるの?」
――聞こえてきたのは、怒りも何も感じない、普通の声……。
「……へ???」
と俺は、そのあまりにも予想外の反応に、思わずマヌケな声を漏らしてしまった。慌てて目を開け、お嬢さまの方を見る。
すると……。
「……ほら、もう私のカバン、返してよ」
目の前に差し出されていたのは、先ほど振り下ろされたとばかり思っていたお嬢さまの右腕だった。
俺はそれを見てさらに混乱しながら話す。
「え……え??? あの、でも……まだ、家じゃあ……???」
「だいじょうぶだよもう。だってほら、周りに人いないし?」
いいから、ほら!
ずい、とさらに腕は俺に向かって伸ばされた。
俺はそれに慌てつつも、仕方なく……というわけではないが、伸ばされたその細い腕に、ちょこん、とカバンを乗っけた。
それから、改めて聞く。
「えっと……じゃあ、もう〝いつものように〟呼んでもいい……のか???」
チロリ……一瞬、右の青い方の目だけで見られ、怒らせてしまったかと思ったが……どうやら違ったようだ。――とは、
「……好きにすれば?」
それだけ呟いて、ぷい、と顔を背けてしまったのだ。
それを確認して、ほっ、とした俺は、一言……。
「――よかった」
とだけ言った。
「……よかっ…た???」
俺の言葉に再び振り向き、首を傾げるお嬢さまに……いや、
〝結〟に向かって、俺は話した。