4-9改
……ごくり。喉が大きな音を立てて鳴った。
同時に、こんな重大な話を、俺なんかが本当に聞いてもいいのだろうか? ……そんな不安な気持ちが、俺の胸をいっぱいにしていた。
……。
……。
……。
……違う。
小さく心の中で呟いて、俺はそんな今の気持ちを、歯を食いしばって無理やり振り払った。
――そうじゃない! 〝聴く〟んだ! 俺は誰よりも長く結といっしょだったし、俺は誰よりも結のことを大切に思っている……そんな俺が、〝いつか白乃宮の名を取り戻す〟――そう願っている結の思いを、何も知らずにただ無能な力を貸して踏みにじるわけにはいかない……だから、〝聴く〟んだ……いや、〝聴かなきゃダメ〟なんだ! 結の……白乃宮の、
〝真実〟を……!!
「――店長、話して」
俺は、静かに……しかしはっきりと、店長の目を真っ直ぐに見つめて答えた。
「聴くよ……いや、聴かなきゃダメなんだ。……だって、結は俺の――大切な〝家族〟なんだから……」
「…………分かったわ」
迷いのない俺の目を見てか、店長は静かに頷いた。
「……それじゃあ、話すわ……でも、その前にこれだけは言っておくわね? アタシは確かにあの事件の〝真実〟というやつを知っているけれど……それは恐らく、〝真実〟のほんの一部でしかないわ。つまり、アタシにはこの記事に書かれていることが全て本当のことなのかどうかは分からない……だから、この記事とは関係なく、アタシはアタシの知っているこの事件の〝真実〟だけを話すわ。……それで、構わないわね?」
……コク。頷いて、すぐに俺は返事を返した。
「それで構わないよ。今はただ、俺はとにかく、知ることができるだけの〝真実〟を知りたいんだ……」
「……そう、分かったわ……それじゃあ、改めて……」
コホン、店長は一度咳払いをしてから、遂に、あの事件の〝真実〟を語り始めた。
「――いい、亮ちゃん? 〝白乃宮事件〟っていうのはね、始まりは亮ちゃんもよく知っているとおり、白乃宮家が大勢の人たちを騙して、お金とか、土地とか、そういう物をとにかく奪えるだけ奪うっていうことから始まったのよ。……一般のニュースだと、これにあと自殺した人が出てきて終わるだけだけれど……そうじゃないわ。アタシが知っている限り、この事件が原因で自殺した人は、〝一人もいなかった〟はずよ」
「自殺した人が……〝いない〟……??? そんなことはあの記事にも……え? じゃあどうやって……いや、それ以前に、それじゃあ今まで流れ続けてきたあのニュースは、ほとんど全部〝ウソ〟だっていうことになるの……?」
「全てウソというわけではないわ」そう先に置いてから、店長は続けた。
「さっきも言ったとおり、この事件の始まりはニュースと同じよ。その部分に関してだけ言えば、間違ったことは一言も言ってはいないわ。……でもね、亮ちゃん? 後がなくなった人たちが自殺した、という部分だけは違う……恐らく、警察がこのことを放送するわけにはいかないと判断して、マスコミに〝ウソの情報〟を流したんでしょうね」
「〝ウソの情報〟……ということは、やっぱり……」
「ええ、そうよ。――その記事には、自殺者がいた上での話、になっているみたいだけれど……本当はそうじゃないわ。自殺した人なんか一人もいない。本当は――」
白乃宮家が〝殺した〟のよ。
「……それも、一人二人だけじゃないわ。〝数十〟……下手をすれば、〝百人〟近くの人たちを、全て……ね」
「………………!!!」
ぎりりっ! 噛みしめた俺の歯が鳴った。――同時に、俺の中では、今まで何も知らずに、ただのうのうと暮らしていた俺自身に対する怒りや不満……そんな、どうしようもない、やるせない気持ちが延々と溢れ続けていた。
「……気持ちは分かるわ、亮ちゃん。……だけど、落ち着きなさい……いい? これはあなたが知らなければならない、紛れもない〝真実〟なのよ……?」
「……分かってる。分かってる、けど……どうしても、俺はそんな話を信じたくないって思ってしまって……」
……あれ?
――ふと、俺はある疑問を抱いた。それをすぐに店長に確認する。
「――ちょ、ちょっと待ってよ店長。でもそれ……〝百人近くも殺した〟って……何でそんなに多くの人が殺されるまで警察は気づけなかったの? 一人二人ならまだ隠しとおせるかもしれないけど、譬え月日を空けたとしても……そんなに多くの人が突然いなくなれば、否が応でも警察だって気づくはずだし、何よりも、殺された人の〝家族が通報〟くらいするはずでしょ? それが何で……」
「……それは…………」
ギュ……膝の上で握られていた店長の拳に、力が込められたのが分かった。
……何だ? ――そう思った、その時だった。店長の口が、静かに開いた。
――しかし、
「……それは、〝事故〟に、見せかけていたからよ……」
「……〝事故〟?」
俺は思わず、その答えに呆気に取られてしまった。
「……そう。〝事故〟よ。そう見せかけて、白乃宮家は次々と――」
「――い、いや! ちょっと待ってよ店長!」
慌てて俺は声を上げた。
「〝事故〟って……いくら何でもそれは無理がありすぎるよ! だって〝百人近く〟もいたんでしょ? その犠牲者は! そんな数の人たちをどうやって〝事故〟になんか――」
「簡単よ」
「……えっ?」
ふぅ、とため息をついて、握り締められていた拳の力を抜いてから、しかし店長は険しい表情のまま話を続けた。
「……何人殺そうが、それはあくまでも〝事故〟であり、絶対に自分たちはそれに関与していないことにする……そんな〝方法〟が、あの時は確かに存在していたのよ」
「え……あ……そ、それって、いったいどういう……」
〝殺させた〟のよ。




