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ガ、ドン!
……普通、どんなに力を加えたとしても、横にスライドさせて開けるタイプの扉の効果音は、ガララ、である。
それが、
ガ、ドン!
いかにそこに威力が込められているのかが、いともたやすくお分かりになるだろう。
――ただ、そこから入ってきたのは、なんと! 世界を滅ぼす大魔王! ――ではなく、華奢な、と言っても過言ではない、制服を着た一人の女子生徒の姿だった。
腰に手を当て、仁王立ちにて堂々と保健室内を見回す女子生徒の瞳の色は、透き通るような純粋な白い肌とは裏腹に、右目が青。左目が茶色がかった黒。――という、はっきりと分かれた二色眼。
見回す度に揺れる、その腰まで伸びた長く美しい栗色の髪の毛は、たちまち周囲に甘い香りを振りまき、そこに反射した夕日の光が、まるで天使の翼を思わせるように、キラキラ、と輝いている。
驚くべきは、その、全国女子高校生の平均を軽々と上回ると思われる、〝バストサイズ〟。
いったいどうやってあの細い体に、あんなに大きなモノが付いているのだろうか? ウエストなんか、片手で楽に一周できてしまいそうなほどなのに……そんなことを思わずには、決していられなかった。
紛れもなく、美少女。それも、超が付くほどに。
――そんな、超・美少女の女子生徒は、倒れている俺を見つけたと思いきや、ずかずか、と真っ直ぐに歩み寄ってくる。
それに対し、俺は……〝震え〟ていた。
無論、あまりのその美少女振りに緊張、とか、歓喜、とか、そんな類のことからではない。
……この際はっきり言おう。この〝震え〟。その原因は――
〝恐怖〟。
今まさに狩られようとしているウサギ……それが俺。ということだ。
「や、やぁ、ごきげんうるわしゅうございますです? お嬢さま……」
「っさい」
うっさい、と言ったのだ。うが抜けているが、そこは平民として……いや、奴隷として理解しなければ、確実に処刑台行きだ。
……たった数行のことだが、もうお分かりだろう。この〝威圧感〟。そして〝支配感〟。
――そう。この女子生徒こそ、高利が言っていた、昼休みに俺の頭をかち割った張本人。
〝元・お嬢さま〟こと、白乃宮 結――その人だ。
「……ねぇ、亮?」
「は、はいぃっっ!」
俺は迫いくる頭の痛みも忘れ、とにかく全力で素早く立ち上がった。――威圧感は十分すぎるくらいあるのに、高くて、透き通ってて、ずいぶんかわいい声なんだよな――なんて、考えている場合ではもちろんなかった。
「あんた……」
「申しわけございません!! 全てはこの本のせいでございますはいぃっっ!!」
しゅばっ! ――まるで怒られる前に言いわけをしておく子どもみたいに、俺は元凶であるその本をお嬢さまに捧げた。
我ながら、実に情けない男だと思った。……ああ、笑ってくれて、いいんだぜ?
「ん? 何よこれ?」
俺から本を受け取ったお嬢さまは、ぱらり、とそれを一枚めくり、〝あの〟ページを見た。
ごくり、と瞬間、俺の喉が鳴る。
「……ふーん、なるほどねぇ……」
「お、恐れながら申し上げ――」
びっ!
どういういきさつでこうなったのか? それを説明しようとした俺の唇を、お嬢さまの細くしなやかな人差し指が制止した。
「言わなくていいわよ。どうせ、またあのバカメガネザルが持ってきたんでしょ? で、あんたはそのバカに踊らされたバカで、大方バイト代でも貰って、この本の感想とかを細かく話す予定だった。だけど、実はこの本には〝催眠効果〟的なものがあって、何を思ったのか、私に対してあんな行為に及んだ……と。まぁそんなとこでしょ。違う?」
いいえ、全く以ってそのとおりでございます。
俺は、俺のそれを遥かに凌駕する洞察力をお持ちになられるお嬢さまに、ひれ伏した。
「……はぁ」
一度ため息をついてから、お嬢さまはまた、ずかずか、と歩いて行った。
行先は、隣のベッド……そう、高利の絶対領域だ。
お嬢さまはそれを両手でこじ開ける。
――さっ。
……無論、実際はただの布切れ。何の抵抗もなく、領域は簡単に引き裂かれてしまった。
そして当然、ベッドの下には、高利の姿が…………。
「――は、ハアァーイ? お嬢さま……」
「……〝お 嬢 さ ま〟ぁ~?」
不機嫌そうな顔と声で、お嬢さま……あ、いや、元・お嬢さまは言い放った。
「――私を呼ぶ時は、必ず〝元〟を付けなさいと、この前にも言ったはずよ? 今の私は、お嬢さまでも何でもないわ!」
「し、失礼しました! 元・お嬢さま!」
高利はまるで蛇のようにベッドの下から、するり、と出てくると、かかとをしっかりと合わせ、敬礼した。
まるで、将軍クラスと話す新兵だな……と思ったのは、俺だけだろうか?
――ああ、ちなみに、なぜ〝元〟を付けろと言ったのか? とか、なぜ地元では超・有名なのか? とか、説明するとそれにはちゃんと理由がある……のだが、今はそれどころではないので、後ほど説明することとしよう。
……はぁ~。ともう一度、お嬢さまであり元・お嬢さまは、大きくため息をついた。
そして、高利に向かって、静かに話す……。
「歯を食いしばれ~。ついでに目もね」
「……え、歯? それに目??? お嬢さま……い、いえ、元・お嬢さま。いったい何をなさるおつもりで――」
「いくわよ~。さん、にー、いち……」
「う、うわあぁあ!! ちょっと待っ――ッッ!!」
ぐちゃ、ぱりーん。
制止もむなしく、高利――いや、正確に言うと高利のあごから顔面にかけて――に、元・お嬢さまの必殺技、後ろ回し蹴り(パンデ・トリュリョ・チャギ)が炸裂した。
――高利は回った。それも地面ではなく空中を、横に。
一回転、二回転、三回転……まだ回る。十回は確実に回った。
辺りには高利(だった物の何か)のメガネの破片が飛び散り、反射した夕日が、きらきら、輝いて、お嬢さまをさらに美しく照らし出している。
――ぼふん。パララララ…………。
それが、ベッドや床に墜落するまでにかかった時間、約二秒半。
全ては、まさにほんの一瞬のできごとだった。
……哀れ高利。美形とまでは言わないが、中の上くらいだったその顔は、もはやただの肉塊と化している。……せめて安らかに眠れ。
「さて、制裁は終わったわ。帰るわよ、亮」
制裁? いや、処刑だろう。などと思いながらも、呼ばれた俺は何も言わず、廊下に無雑作に放置されていたお嬢さまのカバンを持って、ただその後に続いた。