3-10改
「ん? オムレット…? ……ああ、確かにあれならシンプルながらも奥が深いし……」
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「てぇぇいぃっっ!?」
きゃっ! 結が小さく悲鳴を上げた。それと同時に俺は後ろに飛びずさる。
――この、女のようなしゃべり方ながらも、微妙にそれとは違う、野太い声……まさか!!
俺の勘違いであってくれ! そう俺は願ったが、その願いは見事に、無残にも儚く散る結果となってしまった。
――そこにあったのは、〝筋肉〟!! それも並大抵なことでは身につかないほどの、まるで〝鋼鉄の鎧〟を身にまとっているかのような、そんな重厚感溢れる巨大な〝筋肉〟だった!!
ビクンビクン! とタンクトップ(店の制服?)の下で、脈打つように動く気持ち悪いそれは、しかしまるで女の身体のように、くにゃくにゃ、とさらに気持ち悪く気持ち悪く気持ち悪く身体をくねらせ、極めつけには突然前かがみになって――ごはぁぁっっっ!!?
……遂に俺の身体は、そのあまりにも気持ち悪すぎるそれに耐えきれなくなり、拒絶反応を起こしてしまった。
だ…ダメだ! これ以上語ると、俺の精神が〝あっちの世界〟に連れて行かれてしまう……!!
ならば、ここは一つ、その全てをこの一言で終わらせよう!
――言わずと知れた〝漢の娘〟。通称・〝オカマ店長〟の姿がそこにはあった。
「ハァァ~イ❤ 亮ちゃん、オ・ヒ・サ…★ またウチにお買い物にきてくれたのねぇ~? アタシうれすぅぃわ~❤❤❤」
うぷっ……ちなみに分かるとは思うが、これがこの店の〝奇妙〟な点であり、俺自身がその説明を拒み続けた理由である。
「お……お久しぶり、店長。相変わらずだね……」
一応、そうあいさつをすると、店長はさらに気持ち悪く身体をくねらせ始めた。
「んまぁ~ありがとっ! でも、何なら亮ちゃんも〝こっち〟にくる? 毎日がとぉってもハッピーな気分になれるわよぅ~❤」
「……全力で遠慮させていただきます」
だって、〝そっち〟は〝ハッピー〟じゃなくて、〝クレイジー〟な世界なんだもん。…何て言ったら、俺はきっと連れて行かれる。そう思って、俺はそれ以上何も言わなかった。
「あら、ザンネンねぇ~……ところで、亮ちゃん? そっちで呆けちゃってるかわいコちゃんって……どちらちゃん?」
と店長が、チラリ、と結を見た、瞬間。結の身体が、ビクン! と……十年以上いっしょにいる俺ですらが見たこともないくらいに跳ね上がった。――結はそれから全力で俺の下に走ってきて、そしてすぐさま背中に隠れて、ガクガクガク! と思いっきり震えていた。
……今はおしとやかでかわいい、結本来の状態ではあるが、仮にも学校であれほど恐れられているあの元・お嬢さまをここまで怯えさせるとは……さすが、と言うしかないだろう。さすが、オカマ店長。
……俺はこの時、世間全体の〝戦力図〟が、
極・普通の一般人 ≪ 元・お嬢さま
元・お嬢さま ≪ 元(?)男の子
――だということを知った。
「まぁまぁ、アタシみたいなのに会うのは初めてかしら~ん? 初々しくてとぉ~ってもかわいいわねぇ~❤ ……で、ホントにどちらちゃん? まさか亮ちゃんの……」
「ん? ああ、いや、実はこのコ……」
……と、俺は一瞬迷ったが、しかし、店長には〝本当のこと〟を話すことにした。
「……実はこのコ、〝元・お嬢さま〟であり、そして〝結〟なんだ」
「まっ!!?」
俺の突然の告白に店長は思わず口を両手で押さえ、驚きの声を上げた。
しかし、それよりも遥かに驚いていたのは――
「ち…ちょっと!! 亮!!!??」
――そう、他ならぬ、自分の正体を唐突にバラされた、結自身だった。
結は慌てて俺の背中から飛び出し、片目を閉じることすらも忘れて急いで店長に向かって弁解を始めた。
「あ、いえ! 違うんです! その、わ、私は、元・お嬢さまなんかじゃなくて、その……!!」
――だが、次の瞬間だった。
「……そう、あなたがあの時の……大きくなったわね、〝結ちゃん〟?」
「えっ――」
その言葉に結はさらに、しかし先ほどとは全く違った表情で、驚いた。
「あの……えっ? 私……???」
動揺のあまり、どうしていいのかすら分からなくなってしまったのだろう。結はただその場で、まるで魚のように口を、ぱくぱく、させていることしかできないでいるようだった。
……ちょっと、びっくりさせすぎたかな?
そう思った俺は反省をしつつも、結にちゃんと店長のことを紹介してやることにした。
「……紹介するよ、結。この人は、この店の店長で、俺の父さんがまだ生きてた頃に材料の仕入れとかを担当しててくれた人なんだ。……ああ、ちなみにみんなからは、〝オカマ店長〟なんて呼ばれてる」
「え……お、オカマ……店長……???」
「そう、オカマ店長。決して懐かしの○○店長とかにあやかって名乗ってないって話しだけど……まぁ、それはどうでもいいとして、ちなみに何で結のことを知っているか? っていうと、答えは簡単だ。――店長は父さんが死んだ後も、度々俺の面倒を見ていてくれてたんだ。そう、結……お前と初めて出会ったあの公園。あの日も、店長は俺といっしょに遊んでくれてたんだぞ?」
「こうえん? …………あ――っ!」
あの時の……!!
……どうやら、結は思い出した…いや、あの日のことを憶えていてくれたようだった。
それには店長も喜びの声を上げる。
「あらぁ!? もしかしてアタシのこと憶えていてくれてたのぉ? アタシとってもうれすぅぃぃわぁ❤❤❤ ……あ、そうだ。何ならアナタが〝こっち〟に――」
ははは、と俺はいつもの店長のやり取りをてきとーに笑い流してから、改めて話した。
「ま、つまりはそういうことだよ。だから店長だけには、お前が元・お嬢さまだっていうことを隠さなくてもいいんだ。……もちろん、他の店員とか、お客さんとかはべつだけどな」
「そう、なんだ……」
――でも、と不安そうに呟きそうになった結の口を、そうよ~、と今度は店長が割り込むように言って続けた。
「そんなに心配しなくてもだ~いじょぶよぅ~★ 当然アタシも、アナタの、おウチの事件のことは知っているけれど、でも、そんなのアタシにはぜんぜん関係ないわぁ~! アナタが町の人たちいかに差別されていようとも、それでもアタシはアナタのミ・カ・タ❤ なぁんだから~! ……そう! 〝こっち〟の法律では、全ての人類は皆オカマなのよぅ~❤❤❤」
「店長……」
……ありがとうございます。
そう、心からのお礼を店長に言い、結はにっこりと、柔らかな表情で微笑んでいた。
……当り前か、俺たち以外で、初めて〝自分〟というものを認めてもらえたのだから……。




