3-8改
げっ! この声は……!!!
慌てて振り向いたその先……そこにいたのは、ぐちゃぐちゃ、になっていたはずなのになぜか、とあえて言っておこう。まさに何ごともなかったかのように平然と復活した、高利の姿だった。
――バカなッッ! 完全に死んだはずのクソメガネがなぜここに!!
そんなことを心の中で叫びながらも、俺は慌てて結を背中に隠し、その上で平然を装いながら何とか会話を成立させる。
「お、おお、高……こっちこそ奇遇だな。お前、こんなとこで何やってんだよ?」
「ん? 俺か? いや実はな……」
「おっと待った! いい! もう分かった! だからもうしゃべるな!」
ゴソゴソ、と高利は何か〝本〟のような物をカバンから取り出そうとしたため、俺は片手を、ビシリ! と正面に突き立て、待ったのポーズをとりながら慌ててそれを阻止した。
そうか? せっかくレアな本が手に入ったのにな……と、さも残念そうに、高利は取り出しかけたそれをカバンの中にしまい直す。
「……まぁいい。とにかく俺はそういう事情でここにいるわけだが……ところで、俺も一つ質問なんだが…聞いてもいいか?」
「え…あ、ああ、何だよ?」
いや、な? と首を傾げながら、高利は俺の背中にしがみついて隠れていた結を指差した。
――まさか、バレたか!?
そう思った俺は、とっさに右拳に力を込める。……もしバレたのだとしたら、一撃で葬ってやろう。そう考えたのだ。
――だが、次の瞬間。高利の口から発せられたのは、思いもよらぬセリフだった。
「お前の後ろに隠れてるそのかわいコちゃん……ひょっとして……いや、まさか、だぜ? そのコはお前の……〝嫁〟さんか?」
ぶっっ! ――遂には何かが完全に口から飛び出してしまった。
〝嫁〟!? 結が!!?
Yes of course!! ――そう叫びそうになった口を俺は無理やり閉鎖し、頬をつねって自我を現実世界に留まらせた。
落ち着け、〝俺の魂〟よ!! ――高利は今、俺の後ろにいるのが結だとは気づかずにそう言っているだけなんだ! もし知っていたとしたら決してそんなことは言わないだろうし、何よりも! 俺がよけいなことを言ってバレてしまうことだけは絶対に避けなければならない! 何としてでも!!
すーはー! すーはー! ……何度か高利にバレないように深呼吸をし、心を充分落ち着かせてから。俺は改めて、作戦に従い、質問に答えた。
「……いや、残念ながら俺の後ろに隠れているのは、従妹の楓なんだ。恥ずかしがり屋でね。たまたま今日は遊びにきてたんだけど……確か、いつだか話したことがあったよな?」
「ん? そう……だっけか?」
言われてみればそんな気も……高利は記憶も曖昧に頷いた。
「……まぁ、いいや。――とにかくそのコはお前の嫁さんじゃないんだな? ならよかった。もし、Yes of course!! ……とか叫んでたら、俺は今すぐこの場でお前を〝抹殺〟しなければならなくなるところだったしな」
「……」
……よかった、Yes of course!! って言わなくて……。
そう、俺は密かに安堵した。
「……んで、今日はどうした? そんな従妹のかわいコちゃん連れて? 何か買い物か?」
「ん? ああ、まぁ…そんなところだ。ちょっくら料理に使う材料を仕入れてこようかと思ってな」
「ふ~ん、そうか~」……素直に答えた俺に、特に何の疑問も持たなかったらしい。高利は大きなあくびを一つ。ボリボリ、と頭をかいていた。
……どうやら、と言うまでもなく、本当に高利には後ろにいるのが結だということはバレてはいないようだった。よかった、と俺はとりあえず、ほっ、と胸をなで下ろした。
……しかし、状況は依然として改善されたわけではない。このまま長いこと話しをしていれば、きっと高利のことだ。話がどんどん結(高利から見れば楓)の方に流れて行ってしまうのは明白である。さっさとこの不運な出会いを断ち切らなければ……。
……だが、どうする? 女がらみのことで高利が簡単に引くとは思えないし、それに何と言ってこの場を逃れる? あまりにも不自然に別れると後々面倒なことになりかねないし……くそっ! いったいどうすれば……!
――そんなことを考え始めた、その時だった。
「おう、長々と引き止めて悪かったな」
と、突然。なぜか高利は自分から別れ話を切り出してきたのだ。
……何だ? と不思議に思いはしたが……見ていると、高利は何やら自分のカバンのことが気になって仕方がない様子だった。
なるほど、そういうことか……。
どうやら高利も高利で、色々と忙しい用事(?)があるらしい。
んじゃ、とそれからすぐに、高利は片手を上げてあいさつをしてきた。
「まぁ、ゆっくりと買い物を楽しんでこいよ。それじゃあまた明日、学校でな」
「お、おう。じゃあな」
ひらり、俺もその片手に答えて手を上げ、それから俺たちは別々の方向に向かって、それぞれ歩き出した――
「――と、ちょいと待たれよ。我が悪友よ」
――ところを、また高利に後ろから引き止められた。
「……何だよ?」
せっかく不運な出会いを絶ち切ったかと思ったのに……若干不機嫌になりながらも、一応はそれに返事を返すと……高利は何やら自分のカバンを漁り始め、そこから一枚の紙を取り出して俺に渡してきた。
「これをお前さんに渡しときたくてな」
……何だか不安に思いつつも、仕方なく受け取った俺はそれを見てみると、そこには、
「……〝情報屋新聞〟?」
そう。〝情報屋新聞〟……と、デカデカ、とそこには書かれていた。
「何だこれ?」
当然のように質問すると、高利も当然のように返してきた。
「やっぱり知らんかったか。――そいつは、今学校中で人気沸騰中の、〝情報屋〟っていう部活……みたいなところで出してる新聞のコピーだよ。色々おもしろいことがいっぱい載ってるから、まぁ興味があったら見てみろよ」
「ん……ああ、分かった。……一応礼を言っておくよ。さんきゅ」
おう。答えた高利は、「今度こそじゃあな」と手を振って、暗い夜道。口笛を吹きながら帰って行った。
……いったい何なんだ? そんなことを考えつつも、若干とはいえ渡された新聞のことが気になった俺は、とりあえず、ちらっ、とだけそれに目を通してみる。
――と、そこには、我らが学校の男女別人気ランキング(※元・お嬢さまを除く)やら、ドジっ子先生のドジな一日、などのことが色々と盛りだくさんに書かれていた。……ああ、ちなみに一面は、我らが担任・聡美先生の、【三十路、連敗記録更新中】……だ。去り行く男の背中を、跪いた先生が必死に引き止めようと手を伸ばしている写真がカラーで掲載されている。
……色々と思うとことはあったものの、俺は一応、それをずっと後ろに隠れていた結にも見せてみた。……すると、
「………………先生………………」
そう呟いて、結はすぐにそれから目を背けてしまった……。




