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 ――そして、数分後。


 〝YOU LOSS〟


 その文字が俺の画面に表示された瞬間、俺は…………

 「う…………ぬぅ、あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあぁ…………!!」

 という、声にならない叫び声を、うずくまりながら全力で発していた。

 「やったー!」とそれとは裏腹に、両手を振り上げ、喜びの声を上げる結。

 ちなみに俺と結との勝敗を分ける最終ステージ……そのタイム差は……なんと、

 コンマ0、25秒。

 ハネの生えた赤いカメが俺の恐竜に一回ぶつかったかどうか。それだけの差だった。

 ちぃぃくぅぅしょぉぉぉぉ!!

 心の中でフリーザーしながら叫び、さらに同時に俺は叫んだ。

 何でだよ神様! あんなにお願いしたじゃねーかよ! 何で俺は負けてんだよ!!

 ――はっ!

 そして瞬間、今さらになって俺は、とある〝重大なミス〟に気がついた。

 その、〝ミス〟とは……


 …………そうだよ……勝利を司る神様って……〝女〟じゃん…………。


 ――そう、勝利の女神様とは、文字どおり、〝女性〟だったのだ。

 ……どーりで勝てないわけだよ……だって、味方だとばかり思ってた神様が、実は〝敵〟だったのだから……。

 がっくり、と……まるで骨が急に外れてしまったかのように、俺は肩を落とした。

 「えへへ~♪ りょ~う~?」

 ……と、勝者である結が、俺とは正反対の満面の笑顔で、俺の目の前に移動して座った。

 「私の勝ち! もちろん約束どおり、私の〝お願い〟を聞いてくれるんだよね?」

 「……あ、ああ。それは……もちろん……」

 くっ! と未だに負けたショックから抜け出せない俺は、せっかくの愛する結の顔から、顔を背けてしまう。

 ……俺って、もうそろそろ、天に帰る時がきた……のかな?

 「……あれ?」

 ――と、そんなことを考えている時だった。ふと、俺はその疑問に気がついたのだ。

 ……そういえば、結はいきなりあんな勝負をフッかけてきたけど、俺に〝お願い〟したいことって……いったい何なんだ? ――純粋(じゅんすい)無垢(むく)な結がまさか、(けが)れきった俺の邪悪な心みたいなことは考えないだろうし……本当に、何だ?

 気になった俺はすぐに結の方に向き直り、直接確認していることにした。

 「……それで、結。俺にお願いしたいことって……何だよ?」

 「――え? ……あ、うん……じ、じつは……ね……?」

 と、突然。結はなぜか、〝もじもじ〟し始めた。

 ズガガガァーン!! と刹那。今まで何度も俺の中に落ちてきた、稲妻のようなモノが落ちてきたのは……結のその、トキメク仕草――のせいでは、あまりなかった。

 まさかッッ! その信じられない思いが、俺の身体を貫通したのである。

 ふ……ふふふ、そうかそうか。結だって本当は俺のことを求めて……。

 …………。

 ………………な、わけないか。

 あまりにも非現実的なことに珍しく正気に戻るのが早かった俺は、黙って結の返答を待った。

 ……それから数秒後、結はゆっくりと口を開いた。


 「じつは……ね? その……りょ、亮に、私の作った〝料理〟を食べてほしいの……!」


 「…………」

 ………………へ?

 「料理???」

 思わず聞き返してしまった。――しかし、「うん!」とすぐに頷き、真剣な眼差しで結はそれに答えた。

 「そう、〝料理〟! ……だめ?」

 「あ、いや、ダメってことじゃないんだけど……何で急に……料理を???」

 「それは……」

 当然の質問、と結も予想していたのだろう。少しだけ考え、しかしそれからすぐに結は、きっ! と俺の目を真っ直ぐ見つめ直し、何かを決心したかのように話し始めた。

 「私、この家に……亮やおばさまに何年もお世話になっているのに、まだ何一つとしてお礼ができてないから……だから、せめて、〝料理〟くらいできるようになったら、亮も、おばさまも、その……よ、喜んでくれるかな…と思って……だから……!!」

 「………………」

 ――ぷっ!

 瞬間、俺は大声で、腹を抱えて笑ってしまっていた。

 「え……あれ!? わ、私、また何か変なこと……言った!?!」

 そんな俺に驚いたのか、慌てたように、また心配そうに、あわあわ、とどうすることもできずにいた結に、俺は必死に込み上げてくる笑いを()えながら答えた。

 「くくっ! いやっ! 実に結らしく結らしいな、なんて思ってな!」

 「え? え???」

 未だにその意味が理解できないでいるのであろう。さらに、あたふた、し始めた結をなだめるように、ようやく落ち着いてきた笑いを呑み込んでから俺は続けた。

 「くくくっ……んく。いや、な? 結はいっつも、お礼だとか、(おん)だとか、そんなのばっかりに(とら)われすぎてるんだよ。――言っただろ? 俺たちはもはや〝家族〟同然なんだ。だからそんなこと気にせずに、もっと気楽に、楽しく毎日を過ごしていこうぜ?」

 「で、でも……!」と慌てながらも、今度は結が反撃に打って出てきた。

 「そ……それでも! 私は亮たちのお世話になっている以上、ちゃんとした形でお礼をしたいの! ――だから、せめて料理だけでも……と思って……」

 ……なるほど。本当に、結らしく、本当に、結らしい考え方だ。

 ――〝自分のことよりもまず先に、相手のことを思いやる〟……〝人間〟という存在が目指すべきその終着点……〝本当の優しさ〟。

 ……言うは(やす)し、行うのは(かた)し。とはよく言ったものである。――できそうでいて、しかし決してできはしないその生き方が、もはや結の中心……〝(かく)〟……その心〝そのもの〟となっているのであろう。本当の意味で、本当にまったく、結は〝優しい〟女の子だ。

 俺は今日、つくづく、そう思わされた。

 「……よし、分かった!」

 パン! (ひざ)を叩いて、俺は自然と行き着いたその回答を結に向かってはっきりと言い放った。

 「――ぶっちゃけると、今でも俺の考えは変わらず、〝お礼なんかいらない〟だ。――だけど、逆を言えば、その〝お礼を断る理由〟も俺の中のどこを探しても見当たらない。というのもこれまた事実……つまり、現時点で俺が言えるセリフは〝たった一つ〟だけ……」


 ――よろしくお願いしますっっ!!


 ――深々と……俺の全身全霊の〝おじぎ〟に驚いたのだろう。目をまん丸にして驚いていた結に向かって、ニカッ、と俺は笑いかけると、結はさらにびっくりして、しかし次の瞬間、恥ずかしそうに頬を赤らめ、にっこり、と微笑んだ。


 「――うん! こちらこそ…よろしくお願いします!」






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