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「――っと! そんなことよりも、だ……」
不審がられ、気マズくなったから、というわけではないのだが……俺はふと思い出したそのことに話題を変え、無難に逃げの一手を打つことにした。
「昨日、お前が俺に無理やり貸しつけた本、今日持ってきたから返すよ。……あ、でも俺のはまだ教室に――」
「ん? ああ、カバンのことか? ――ほらよ」
さっ、とまるで予想していたかのように、高利は教室に置いてあるはずの俺のカバンをどこからともなく取り出し、渡してきた。
「お? 何だ、今日は気が利くな? さんきゅ」
「いやぁ、まぁ……だいたい予想はしてたからな。お前が元・お嬢さまにやられ始めた頃からさ……」
…………なるほど。悲しくも当然の予想、というわけか……。
「……あ、いやいや! 俺が聴きたいのはそんなことじゃねーよ!」
おい、亮! と突然、高利は寝ている俺に向かって迫ってきた。
「どわっ! 近い! 近いって! いてて! 急に何なんだ!?」
「いいから! さっさとその本の〝感想〟を話せよ! どうしても気になるんだよ!」
「気になるって……!」
……いったい、高利はなぜそんなにもこの本の感想が気になるのだろう? しかも、俺にこの本を無理やり貸しつけた時だって……
『――感想を詳しく述べたのなら、バイト代を出そう。……千円でどうだ?』
――なんて言っていたわけだし……いや、そもそもバイト代が出なかったら、絶対に借りてやるつもりもないようなシロモノだったわけだが……。
だって、そのものズバリ。タイトルは――【〝パンツ〟よ、永遠に】――なのだから……。
実にくだらないタイトルだ。……うん。
「――あ! えっと、だな……!」
これ以上顔を近づけられてたまるか! そう思った俺は、できる限り全速力で高利の要望に応えた。
「その、衝撃的というか、何というか……とにかくインパクトはかなり強い本だったな! 実際俺も何度かその勢いに負けて、くだらない思想に引き込まれそうになっちまったし……」
「ほう! なるほどなるほど……」
ばばっ! ようやく俺から離れた高利は、ズボンのポケットに手を突っ込み、そこからペンとメモ帳を取り出して何やら書き始めた。……メモまで取るって……俺の感想って、そんなに重要なのか?
「それで? 例えばどんなとこだよ?」
「え? あ、ああ! そうだなえっと……!」
ずず、と再び近寄ってくる高利に慌てた俺は、慌てて昨日読んだ本の内容を思い出し、答えた。
「た! 例えば! やっぱりあれだな! ほら、最初の一文! 【〝漢〟なら 譬え】っていう、あの――」
……。
……ん?
……んん?
……んんん!?
ちょっと、待て。漢なら譬え、なんだって!?
俺はバッグからその本を取り出し、急いで中身を確認する。
と、
【〝漢〟なら 譬えその場で命尽きようとも 目の前に〝パンツ〟がある限り それを凝視すべきであるッッッ!!!!!】
なんか、デジャヴ。
――というより、
「な……なぁ、高……?」
俺は、沸き起こる憤怒の炎の元栓を必死に押さえながら、ゆっくり聴いた。
「もしかしてこの本……〝洗脳効果〟とか、あったりするのか?」
「おお!」
驚いたかのような、また、感心したかのような、そんな表情で高利は答えた。
「やっぱりそうか!」
やっぱり? や っ ぱ り だと~!!!
「お……お前……し、知って、た……のか……!!」
元栓が、少しずつ開けられた。
高利は続けて答える。
「いやぁ、まさかマジでそんな効果あるとは思ってなかったからさ~? ……ほら、なんかこえーじゃん? 自分で最初に読むのはさ? だからお前にバイト代を払っ――」
「――ぶっ殺してやるーッッ!!!」
高利が答え終わる前に、俺は叫んでいた。まるでどこぞの世紀末のザコみたいに。
――だが、秘孔を突かれて弾け飛ぶのはお前だ、高利!!
「うおぉぉぉぉぉっっっ!!!!!」
俺はベッドから跳ね起き、高利に飛びかかった――だが!
ぴきゅぃいっっ!!
「ぐああっ!?」
独特な効果音が頭に走り、同時に、同じように独特な激痛が頭に走った。
俺はそのままベッドから転げ落ち、床を這いずり回る。
「ぐっ……き、貴様、いつの間に俺の秘孔を……!!」
今にも、あべしっ、と破裂しそうになりながら言う。
……しかし、
「え? ……いや、突いたのは(というか普通に殴ったのは)俺じゃなくて、元・お嬢さまの方だけどな」
……ごもっともな回答だった。
というか、この状況……俺にはもはや、何もできなかった。
沸き起こる憤怒の炎は激痛にてかき消され、あまつさえ、高利の前で床にひれ伏す俺のその姿は、まるで頭を垂れて許しを乞う罪人……または、奴隷のようだった。
……どうする? いっそ、イタチの最後っ屁がごとく、血文字でもってこれを誰かに伝えるか? そうすればきっと、どこからともなくメガネな小学生とヒゲヅラのおっさんが現れて、この難事件を解き明かしてくれるはずだ。
……よし、じゃあ……はん、にん、は……あれ? けどこの場合、犯人は高利なのか? いや、でもべつに高利に殴られたわけではないし……。
……。
はん、にん、は、分からない……。
俺はそう書き残し、散った。頑張れ、メガネな少年。と祈って。
――その時だった。
……いや、どの時だった?
ともかく、
――っ!
――っ!!
――っ!!!
――っ!!!!
と、今にも「絶望したっ!」とでも叫びそうな四カットをキメたかと思うと、高利は隣の空きベッドの下に潜り込み、カーテンを閉めた。
さながら、絶対領域。ぱきゅいーん、と口で言っているのだから、間違いない。
何なんだ、こいつは……。
そんなことを思った――次の瞬間だった。〝それ〟は、きた。