3-2改
「――んで、今日は何をしたんだ?」
――昼休みの終盤。
思い出したくない過去を、机に突っ伏していた俺の顔を横から覗き込むようにしてクソメガネが聞いた。
「失せろ」
そのままの姿勢で俺がそう言い放つと、クソメガネもそのままの姿勢でさらに調子に乗ってしゃべり始めた。
「はははー! そうかいそうかい。そりゃあ運が悪かったな~。俺なんか、今日は何もしてないからまだ一度も殴られてないぞ? どうだ、うらやましいか? ざまーみろ!」
……こいつ、いつか殺す。
その決意を胸にそっとしまい込み、いい加減うっとうしくなってきた俺は顔を上げ、クソメガネの〝本体〟でもある、そのメガネの、黒い縁部分を強引につまみ上げながら話した。
「……いいか、高? お嬢さまはな、何をしたとか、何もしてないとか、そんなの関係なしに問答無用で攻撃してくるんだよ! ……分かるだろ? 俺がもう殺られたってことは、次は〝お前〟なんだよ!」
まさに、〝死の宣告〟。……いや、実際そうなのだ。
俺が先に殺られれば、次に高利が消され、
高利が先に没すれば近いうちに俺が天に帰る。
……まぁ、二人仲好く地獄に送られることも、しばしば、なのだが…………。
――とにかく、今までの経験から言って、一人だけでも助かったのは風邪で休んだ日か、もしくは何らかの事情で早退した日だけだ。
はんっ! と俺のそれを無視するかのように、高利は大げさに腕を動かして俺の手を払いのけ、最後にそれを腰に当てて堂々胸を張って言った。
「そんなことで、この俺サマがビビるとでも思っているのか? そそ、そんなわけないだろ」
ビビってるビビってる。お前、隠しきれてないぞ……。
俺が思うが早いか、高利もそれに気づいたらしい。「――と、とにかくだな」と咳払いをしてから続けた。
「俺は今日こそ、この死の連鎖から一人抜け出し、そして、〝観る〟のだ」
「観る? 何を?」
聞くと、高利はまるで蒼天に願うかのように、遥か天空を指差しながら、宣言した。
「決まっているだろう! そう、お嬢さまの! そのスカートの〝中〟を――」
がしりっ。
――刹那、だった。高利の顔が真っ青をかるく通り越して、真緑色に変色した。
ギギギギ、と高利はまるで、関節部の油が切れたロボットのように、そのままの姿勢で、首だけを百八十度回転させて掴まれた方向を振り向く。
……瞬間、高利は……哀れな顔になった。
「……スカートの…何ですって?」
「……………………あ、あ、お、嬢、さま……い、や、いや、いやいやいや、そのぅ……」
チラリ。高利はこちらを向いて助けを求めたため、俺は目を逸らした。
……すまん、高利。俺にはもうどうすることもできん。というか、自業自得だ。黙って死ね。
「しょ……しょんなぁ~!」
どうやら通じたらしい。高利は、顔面に点在するありとあらゆる穴から体液を噴出しまくっていた。
……そして、
「…………あは…あはは、あははははは! 殺せ、殺せよおぅ!! 俺を殺したいんだろ!? だったら早く殺せよおぅ!! うは、うははは、うははははははははははは!!」
高利は、壊れた。
……あ、いや、俺もそうなったから、気持ちはよく……分かるんだが…………。
お嬢さまは、そんな高利の姿を見て限りなく〝優しそうに微笑み〟、そして、
〝跳んだ〟。
出た、と思った。――空中で右脚を高々と掲げ、パンツが見えそうでいてしかし、ギリギリ、見えないという、あの構え(スタイル)。そう、あれは、お嬢さまの最凶にして最悪の、〝奥義〟。
空中かかと落とし(ティミョ・ネリチャギ)だ。
かしゅっ! という、不気味な音が教室中に鳴り響いた。
何だ何だ? とそこにいた者たちは、揃って音がした方向を振り向いたが……瞬間、彼らは目を背けた。――中には口を手で押さえ、今にも吐き出しそうになっている女子生徒さえもいた。
……残念ながら、俺もこの惨劇を口で語るのは、とてもじゃないが無理そうだ。
ただ……いや、何でもない。忘れてくれ。
「――ふぅ」
一仕事終えた後かのようなため息をつき、お嬢さまは、その肩にかかった長く美しい栗色の髪の毛を左手で払ってから、いつもの口調で話した。
「亮。これ、片づけておいてね?」
「……イエッサー」
もちろん、何も文句は言えなかった。
俺はその後、ぐちゃぐちゃ、になったそれ、をなるべく見ないように黒いビニール袋にかき集め、とりあえず、誰もいなかった保健室内に放置してきた。
「……保健室の先生、ごめんなさい」
――と、深々と頭を下げて……。




