2-11改
――母さんが持っていた袋の中身は、線香とロウソクだった。
俺はそれを、俺が買ってきたお菓子や果物。それとジュースとを一緒に供え、墓参り、ならぬ、店参りを手早く済ませた。
その、帰り道。
余ったジュースを二人に渡し、飲みながら帰ることにした俺たちは、通りにもうほとんど人の姿が見当たらなかったということから、三人で一緒に帰ることにした。――一応結は、片目を瞑ってはいたが。
「――そういえば」
と、その途中。もう商店街も抜けて、家まで二~三分といった所で、母さんが呟いた。
そして、
「はい、これ」
と、唐突に、母さんは何の袋にも入れることもなく、財布から突然、そのまま〝一万円札〟を取り出して、それを俺に渡してきた。
「え? いいの、こんなに?」
俺が聞くと、母さんは結のマネでもするかのように、片目を閉じてウインクをしながら答えた。
「いいのいいの。年に一回のことだしね♪」
「そう、それじゃあ、遠慮なくいただこうかな? ――ありがと、母さん」
言うと、ふふふ、と母さんは笑って、ジュースを一口飲んだ。
「???」
――と、その様子を不思議そうな目で見ていた結は、これまた不思議そうに聞いた。
「おばさま……? それは???」
「ん? お金のこと? これはねぇ――」
「ちょっ、母さん!」
すらり、とこの一万円札のことを言いそうになった母さんを、俺は慌てて止めた。
「そのことは誰にも言わないでくれって、前にも言ったはずじゃ――」
「あら? いいの、そんなこと言って?」
としかし、今度は逆に、俺の方が止められる。
「結ちゃんはもう、〝家族〟なんでしょ? だったら、知ってて当然。……違う?」
「う……いや、そうなんだけど、さぁ……」
「はい、だったら文句言わない。静かにしてなさい!」
「……」
あっさりと競り負けた俺は、言われたとおり、黙るしかなかった。
その様子を見ていた結は、さらに不思議そうに首を傾げて母さんの方を向いた。――また、母さんもその視線に気がついたのか、にっこり、笑って、結の方を向いて話す。
「実はねぇ……今日は亮ちゃんの、〝お誕生日〟なんだ♪」
「え……えっ! お、〝お誕生日〟!?」
はぁー……言って、しまった……。
「ち、ちょっと、亮! それって、どういうこと!?」
……結が驚いたのも…まぁ、無理もない。なぜなら俺は、父さんのことと同様、自分の誕生日のことも、結には今まで教えたことはなかったのだ。
なぜ? それは、いつの間にか歩く足を止めていた結が聞いた。
「何で? 何で今まで黙ってたの? 私が聞いても、いつも、いつも、逃げるようにごまかしていたし……ねぇ、亮!」
これは、さすがに説明しなくてはならないか……。
覚悟を決める、というわけではないが、俺は結が立ち止った場所から数歩先で足を止めて振り向き、仕方なく、その質問に答えることにした。
「……いや、な。父さんが死んだ日だっていうのに、俺だけ誕生日を喜んでいるってのは、何だか悪い気がして……な…………?」
「――っ!? そんなの……!」
一瞬、結はうつむいて、言葉に詰まったかのように思えたが……すぐに前に向き直って、呟いた。
「そんなの、〝だめ〟だよ……」
「……え?」
逆に、俺が聞き返してしまった。
結は、そんな俺を、片目を閉じることすら忘れてしまうほどに、ただ一心に見つめ、俺との間隔をゆっくりと詰めてから、もう一度、今度ははっきりと口にした。
「そんなの、だめだよ。〝人間〟っていうのはね、悲しいことより、苦しいことより、楽しいことを優先させなきゃ、だめなんだよ。だって、そうじゃないと、だって……」
「……」
「亮ちゃん!」
母さんに呼ばれ、はっ、となって気づく。
「そう……だな……。そうだよな! 何言ってるんだ、俺は。そんな当たり前のことに、今さら気がつくなんて……!」




