表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
24/223

2-10改



 「むー」

 「……だ、だから、ごめんって、母さん。そんなに怒んないでよ」

 「……」

 「かあさ……はぁ……」

 ……まいった。俺が心配していたとおり、母さんはすでにこの場所についていたらしく、右手に小さな袋を持って、完全なる〝きめっちょ〟状態に突入していた。……一応もう一度きめっちょについて説明すると、この地域の方言というやつで、怒って黙り込むことをそう言う。

 「ねぇ、母さん……?」

 「つーんだ」

 ダメだこりゃ。もはや、言葉が通じるのかどうかすら危うい。……それにしても、「つーん」って(笑)。母さん、あんた今いくつだよ……って、ああ、いや、何でもありません。ごめんなさい。

 一瞬、お嬢さまの〝それ〟すらも簡単に超越(ちょうえつ)してしまうほどの、殺意、殺気を身体中で感じた俺は、心の中ですぐに謝った。……くそう、恐ろしいほどの洞察力だな…………。

 「亮~! おばさま~!」

 と、そんな、アイコンタクトならぬ、〝マインドコンタクト〟という、俺と母さん特有のやり取りをしていると……人がいなかったからだろう。遠くの方から、結が手を振ってこっちに向かってくるのが見えた。

 「お、結。やっとき――」

 「――ゆーいちゃ~ん❤」

 俺が言うが早いか、母さんは頭の上に❤マークをつけて叫んでいた。

 そして走ってきた結を、がっしり、と捕まえて、さらに、ぎゅーっ、と抱き締めた上で、一言。

 「あーいたかったよぅ~☆」

 ……何なんだ? この扱いの違いは? あんた、それでも俺の親か? いや、べつにいいんだけどね、べ つ に !

 「む……ぷはっ。苦しいです、おばさま……」

 「あ~ん、ごめんね~? やっぱりぃ、結ちゃんが一番かわいいな~と思って~❤」

 「……どうでもいいけど、母さん。わざとらしすぎるよ、それ?」

 「……あ、そう。そんなこと言うんなら亮ちゃんのお小遣い――」

 「あ! いや~もう奥さま! なんて美しいんでしょう! 今おいくつですか? え、三十代ですって? えぇー!? 私はてっきりまだ二十代かと!」

 「……ふーむ。ま、いいわ。許してあげる」

 「ありがとうございます!!」

 何やってるんだ、お前ら? と思った方、気にしないでくれ。これもいつものことなのだ。

 それを知っている結は特に気にする様子もなく、母さんに捕まったまま普通に話した。

 「ところで、亮? これからどこに行くの? もう、だいぶ(はし)っこの方まできたと思うんだけど……?」

 「ん? ――ああ、それなら、もうとっくに着いてるよ」

 「え???」

 困惑する結を横目に、俺は、すぐ目の前にあった建物を指差した。

 「だから、この建物だよ」

 「この建物? ……って、ええと……」

 ……結が言葉に詰まったのも、べつに分からないわけではなかった。

 ――そこにあった建物とは、建物全体に草だのつるだのが好き勝手に生えまくり、外壁は黄色く変色し放題。おまけにそこら辺中がぼろぼろに腐って欠けていたのだ。

 一見すると、まるでゲゲゲなハウス。というか、ただの廃墟(はいきょ)。もちろん知らない人から見れば、なのだが。

 俺はなるべく簡単に、この建物のことを結に説明してやることにした。

 「実はな、結。このぼろぼろな建物は、俺の〝父さんの店〟だったんだよ」

 「――えっ?」

 不思議そうな、また、驚いたかのような表情の結に向かって、俺は続けた。

 「もうとっくに気づいてると思うんだけど……俺の父さん、死んじゃってるんだよ。お前と出会う少し前、俺が二歳になったばかりの時に……今まで結には、父さんは海外出勤だ、なんて言ってたけどな?」

 「…………」

 無言……ということは、薄々気がついていた、ということなのだろう。俺は続けて話した。

 「まぁ、その、何だ……俺は憶えてないんだけどさ? ここって、今はこんなんだけど、元はレストランみたいな所だったらしくて、俺の父さん、材料の仕入れの帰りに、何か、子どもが車に引かれそうになってる所にたまたま居合わせたらしくて、それで道路に飛び出して……ははっ。まぁ、子どもの方は重傷を負ったけど、何とか一命だけは取り留めたらしいんだけどな? ……代わりに、父さんはそのまま死んじゃって……」

 「……そんなことが」

 母さんの腕の中で、呟くように結は話した。

 「私、そんなこと……亮のこと、知ってるつもりだったけど、全然、知らなかった……」

 「……知らなくて当り前さ。お前には、ずっと黙ってきたんだからな」

 そう、ずっと、黙ってきた……いや、〝言えなかった〟のだ。なぜならその三年後、白乃宮のあの事件が起こり、当時の結は…それこそ顔では笑っていたが、心の中では大粒の涙を流して泣いていたのだから……そんな状況で、人が死んだ話など、言えない、言えるわけがない。

 「……でも」

 と、俺は呟いた。

 「え?」と結は顔を上げる。

 それを見て、一息置いてから俺は続けた。

 「……でも、それでも、俺はいつか、お前にこのことを伝えたかったんだ。…それに、今は〝知らなかった〟じゃない。結はもう――」


 〝知っている〟。


 「……そうだろ?」

 「……!」

 ……結は、驚いたような顔をしていた。

 当り前か。なんて思ったのは、それから、いったいどれくらい時間が経ってからのことだったのだろう?

 直後、結は笑っていた。まるで、俺でも分からない、〝なぜ伝えたかったのか?〟という気持ちを、全て理解したかのように……。

 そして、一言だけ、結は呟いた。


 「――〝ありがとう〟」


 ――母さんは最後まで何も言わず、ただ、ぎゅっ、と……そんな結を抱き締めていた。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ