12-16
「……はぁ~」
目を瞑り、明は一度大きなため息をついた。そして、少し表情を弱めたかと思うと、すぐに目を開けて話す。
「……亮さま、憶えてます? 私たちがこの学校に転校してきて、亮さまと結さまに再会したあの日のこと?」
「……? そりゃあ、もちろん。憶えてるけど……だけど」
「あの日、私たちは何て言いました?」
それがどうしたんだ? そう聞く前に話す明に、俺は少したじろいだが……明はそんな俺に構わず続けた。
「あの日、亮さまに……役目を終えたはずなのに、何で結さまの下に戻ってきたのか? そう聞かれた私たちは、いったい何て答えました? ……答えていただけますか?」
「……」
結のことが……好きだから、だろ?
俺は、あの日明たちが言った言葉のとおりに答えた。
「……結は、お前たちが泣いてる時も、困ってる時も、優しく、笑顔で声をかけてくれた。だから、お前たちは結のことが大好きだし、これからも仕えていきたいと思った。……結の優しさで〝心が救われた〟からこそ、戻ってきたんだろ?」
「そのとおりです。……では、改めてお聞きしますね?」
と明は、顔だけではなく、今度は身体ごと俺の方を向いて聞いてきた。
「私たちのその気持ちは……〝変〟、だと思いますか?」
……変?
とんでもない! 俺はすぐに答えた。
「何が変なもんか! お前たちは本当に心からそう思ったからこそ、結の下に戻ってきたんだろ? でなきゃとっくの昔に去っていたはずだ」
「へ~、それなら……」と、今度はわざとらしく明は聞く。
「愛が亮さまに言ったという、〝救ってくれた〟という言葉……あれだって〝変〟じゃないってことですね? だって、愛が実際にそう感じて言っているんですから?」
「! へ……変だろ、それは。さすがに……」
「何でですか? どういうふうに?」
少し言葉に詰まってしまった俺を見逃さずに、すぐに明は聞いてきた。
俺は、できる限り落ち着くよう自分に言い聞かせながら答える。
「ど、どういうふうにって……それは、あれだ。愛のあの言葉は、あくまでも俺の父さんに向けたものであって、だけど向ける相手がすでにこの世にはいないから、仕方なく息子である俺に向かってだな……と、とにかく! そんなモノに捉われながら生きていくなんて、〝変〟としか言いようがないだろ!」
「……はぁ……このままでは埒が明きませんね? だったら……!」
と、突然、だった。
突然立ち上がった明は、しかしそうかと思ったら今度は急にしゃがみ込んで――
「えーん、えーん。誰か助けて~」
……は?
「何……やってんだ、お前???」
わけも分からずそう聞くと、ムス、とした顔で。もちろん実際には全く泣いてなどいなかった明は顔を上げて話した。
「亮さまこそ何やってるんですか! ほら、早く立って!」
「え……ああ、はい……???」
強い口調に思わず敬語になってしまった。……が、当然のごとく明はそんなことは微塵も気にしない。続けて言った。
「はい! 今から亮さまは小さい頃の結さまで、私は小さい頃の愛です! 亮さまが思うようになりきって演技をしてみてください!」
「え、演技って……お、おい? だからお前、いったい何がしたいん――」
「えーん! 痛いよぅ~!」
だ? を言いきるまで待てなかったらしい。明は勝手に演技を始めてしまった。
ど、どうしたもんか……?
一応考えてみたが、明のこの様子では、きっと俺がちゃんとやるまでやめることはないだろう。そう思った俺は、少し恥ずかしく思いつつも……ゴホン。一度咳ばらいをしてから仕方なく結の演技を始めた。
「……だ、だいじょうぶ、さ……じゃなかった。ま、まな……?」
おお~!
すると、これも突然だった。いきなり明は顔と声を上げ、うれしそうに笑いながら話した。
「完☆璧、ですね! さすがに十何年も結さまといっしょにいただけのことはあります!」
「……い、いや。こんなので褒められたってべつにうれしくも何ともねーよ。つーか、ただ恥ずかしいだけだからやめろ」
「え~? そうですか~? ……まぁ、そんなことはどうでもいいとして」
どうでもいいのかよ! そう心の中でツッコミを入れていると、明は、明に向かって伸ばしていた俺の左手を指差しながら聞いてきた。
「亮さま、その手は何ですか?」
「は? 何って……」
「どういうおつもりで、出した手なんですか?」
「どういうって、そりゃあ……ゆ、結なら、絶対こうすると思って……」
「優しく、微笑みながら手を差し伸べたんですか?」
「あ、ああ……?」
分かってるなら聞くなよ。などと思いつつも、ますます俺の混乱は深い渦を巻き始めていた。
……いったい、明は何がやりたいんだ? もしかして、結と愛の関係の再現??? だとしても、いちいちそんなことをしなくたって、さっき十二分に話して分かっ――
「ではでは~! 亮さま、そのポーズのまま動かないでくださいね!」
「え? ちょっ? 動くなって、何で……???」
その時だった。急に明は笑顔で――
「『まな! いっしょにあそぼうよ!』」




