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「はい! そんなことより皆さん! 今日は待ちに待った体育祭ですね!」
と、その姿のことはツッコまれるまではあえて何も言わない作戦であるのか? 両こぶしを胸の前で、ギュ☆ と握り、さりげなく胸元を強調しつつ先生は続けた。
「天気もずっと良いみたいですし、今さら中止になるようなことはまずありえません! つまり、泣いても笑っても今日この一日だけが勝負! 今までがんばって練習してきた分を死ぬ気で……いえ、もういっそ、今日死んでも構わない! それくらいの力を発揮して、絶対に優勝を掴み取りましょうね!」
「「「「「え……?」」」」」※クラス一同。
……全員の声が、いや、声だけでなく心までが、この瞬間シンクロした。
いやいやいや。今日死んでも構わないくらいの力って……先生、この体育祭にどんだけかけてるんだよ。いくら何でも力入れすぎじゃないか?
どうしたんだ、先生。今日はいつもにも増してやけにツッコミどころ満載じゃないか。何かあったのか?
そう思っていると……なぜだろう? 目が勝手にナカザワ君の方を見てしまう。
と、気がつけば、もうすでに何人かが同じくナカザワ君の方を向いていて、それにつられるように、周りのクラスメートたちも次々連鎖的にナカザワ君の方を向いていた。
……どうやら、考えることは皆同じであるらしい。
先生に対する疑問、不思議……それらは全て、質問役であるナカザワ君の役目なのだ。
さぁ、出番だぞ、ナカザワ君! キミの力を見せてくれ!
「…………」
スー……静かに挙げられたのは、ナカザワ君の右手だった。どうやら皆の想いが通じたらしい。その表情は諦めの感情に満ち満ちていた。
「はい! どうしたのナカザワ君? 何か質問?」
分かりきっていたことだが、そんなことは一切気にしない先生。そんな先生に対しナカザワ君は「あ、えっと……」と控えめな声で聞いた。
「せ、先生? 何だか先生は、今回の体育祭にずいぶん力を入れているようですけど……ひょっとして、あの噂(、、、)は本当のこと……なんですか?」
……ん? あの噂???
ざわっ! すると、その時だった。教室中が一瞬騒めいたのだ。
何だ何だ? そう俺が思っていると、「はいは~い、静かに~!」と先生がそれを制止させ、はぁ~、と深いため息を一回。やれやれ、といった具合に話した。
「……ナカザワ君、あなたの言っている噂って、あのことでしょ? ……毎年、体育祭で優勝した組の中で、最も獲得点が高かったクラス……つまりはMVPのクラスの担任には、学校から〝特別ボーナス〟が出るという、あの噂……」
〝特別ボーナス〟?
そんな話は聞いたことがなかった俺は、わけも分からず、カクン、と首を横に曲げてしまったが、しかしそんな俺とは対照的に、こくん、とナカザワ君ははっきりと、強い意志を持って首を縦に振った。
どうやら、また俺の知らない所で色んな話が出てきていたらしい。というか、また俺が聞いていなかっただけのことなのかもしれないが……ともかくだ。この噂はもはや、この学校の生徒たちにとってはすでに流れきった、ある意味常識的なものであるらしかった。
はぁ~、と先生はもう一度ため息を一つ。続けて話した。
「まったく……そんなことあるわけないでしょう? 先生たちは文字どおりの教職員よ? 生徒たちを教え導くためにいる先生たちが、まさかそんなギャンブルじみたことをやると思う?」
「あ……い、いや、それは……そうかもしれませんが……」
グラリ。ナカザワ君の挙げていた右手が少し揺らいだ。
そこに、先生は追撃を放つ。
「だいたいからして、数学の教師的に言うと、クラスごとの人数、男女比率、所属する部活、体形や運動の得意不得意その他色々……どう考えても〝不公平〟でしょう? 例えばこのクラス。一年C組と隣のB組を比べてみなさい? 隣は陸上部が三人にサッカー部が四人。野球部なんか六人よ? それに対してウチはいずれもゼロ人。一応スポーツ系に所属している子もいるけれど、剣道部と柔道部……あとは卓球部がそれぞれ数人ずつ。はっきり言って悪いかもしれないけれど、勝ち目は薄いわ。これほどの戦力差があっては、そもそも勝負にすらならないでしょうね」
「あ……う……それを言われると……確かに、そう……ですね……」
グググ、と今度はナカザワ君の手が下がり始め、遂には机に着地してしまった。




