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「はい……あの、実は……」
そこに、だった。俺たちの後ろにいた愛が恥ずかしそうに補足を付け加えた。
「私たちがくる以前にこの部屋に住んでいたらしい大家さんのご子息……井上 吉郎さんという方が、その……大家さんたち両親に内緒で部屋をカラクリ部屋に改造してしまったらしいのです。その結果、あらゆる家具や家電が、壁やら床やら天井やらへと隠されてしまうことになった、と……そういうわけなんです」
「え……じゃ、じゃあ、一見何もないように見えるそこの壁とかにも……」
俺が玄関横の壁を指差すと、こくん……愛は静かに頷いた。
「はい。そこには固定電話が隠されています」
「じゃ、じゃあこっちの壁は!?」
今度は結が反対側の壁を指差す。すると愛は……
「キッチン……が隠されています」
「キッチンだとっ!!?」
そんな巨大なものまで!!? 驚愕を隠せない俺に対し、愛は申しわけなさそうに話した。
「……すみません。変な部屋で……しかしながら、先ほども少しご説明しましたが、雨風は問題なく凌げますし、色々な理由からお値段もお安くしていただいていますので……亮さまも多少のことはどうぞ目をお瞑りくださいますようお願い――」
「すっげーーーっっっ!!!!!」「カッコイイーーーっ!!!」
「……え?」
あ、あの……亮さま? 結さま? そう愛が呆気に取られて呟いたような気もしないでもなかったが、今の俺たちにはそんなこと、もはや気にしているヒマはなかった!
なぜなら……例えるのなら、楽しい物がいっぱい詰まった巨大な〝おもちゃ箱〟を前にした子ども……事件のこともあり、人目を忍んで遊ばなければならなかった俺と結は所謂秘密基地を作って毎日を遊んでいたために、こういうカラクリ部屋だとか、変形する物はとにかく何でも大好物になってしまっていたのだ!
そのため、である。もはや許可を得るとか何も関係なしに俺たちは家に上がり込み、俺は左側を。結は右側を調べ始めた。
「わっ! わっ! ホントだ! ここの壁、折りたたむと中からキッチンが出てきたぁ!」
「こっち側には冷蔵庫とか電子レンジが! すっげー! 床下収納まであるぞ!」
「あっ! これってもしかして……すっご~い! 床のスイッチを押したら盛り付け台まで出てきたぁ! どうなってるのこれ~!!?」
「うお! こっちにはストーブとか扇風機が隠されてる! 何もないどころか何でも揃ってるじゃねーか!」
「……あ、あのぅ…………?」
その時だった。いつの間にか部屋を調べていた俺の後ろに立っていた愛が、少し困ったような表情で俺に話しかけてきた。「あっ!」と俺は瞬間やっと我に返る。
「す、すまん! こういうカラクリ部屋とか、秘密基地みたいな所って大好きなもんだからつい……」
「あ、いえ……亮さま方に喜んでいただけたのなら幸いです。それより……」
「はい! それより、です亮さま!」
と、それに割り込むように。立ち上がった明が聞いてきた。
「どうです亮さま? 隠されている家具やテーブルにもホコリなんて付いていませんし、きれいにしまわれていますよね? これで少なくとも、私には掃除や片付けのスキルがあることが分かっていただけましたか?」
あ! そうだったそうだった……今日はそのためにここにきたんだった。
えーと、と俺は改めて調べてみると……なるほど確かに。先ほど発見した、ゴミが溜まりやすい扇風機の羽にすら、全くと言っていいほどゴミは付いていなかった。
それを確認した俺は、頷いてから答える。
「ああ。正直に言って、まさかここまできれいにしてあるとは思ってもみなかったよ。最初からべつにお前の家事スキルが低いだなんて思ってはいなかったんだが……あえて言っておこう。俺の完敗だ。昼休みのことは改めてすまなかった」
「ホントですか!?」
いえーいっ☆ やりました~! 明はそう言うと、まるで子どもみたいに大腕を振り上げながら喜びを表した。……まぁ、カラクリ部屋ではしゃいでしまった俺だ。人のことを言えたものではないんだが……。




