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「え? 愛には〝右腕がない〟ことを知ってた? って? ……う、うん。まぁ、そりゃあ一応、私の専属メイドだったわけだし…………」
――場所は変わらず、屋上。
愛の衝撃発言により気が抜けてしまい、引っ張られて俺が大きな尻もちをついてしまってからほんの数分。バカメガネザルこと高利を滅し終わったのだろう。腕がない理由を愛に直接聞くわけにもいかないため、遅れて屋上にやってきた結にとりあえずそう質問をしてみると、案の定、予想していた答えと全く同じ答えが返ってきた。ガクリ、と瞬間。結の隣で正座していた俺は大きく肩を落とした。
「そ……そうだよな。知らないわけがないよな。……ということはやっぱり、知らなかったのは俺だけ…………」
「あ! えっと! そんな! き、気にすることないよ! だって……ほ、ほら! 二人は小さい頃あんまり亮と話したり遊んだりなかったし……!」
「そ、そうですよ亮さま! 言わなかった私が悪いだけです! ですからあまりお気になさらずに……!」
「結、愛……」
「いやぁ~、それにしても!」
……その時だった。
色々傷つき、ハートがブレイクしそうになっていた俺を慰めてくれている二人とは裏腹に、どうやらトドメを刺しにきたらしい。先ほど俺にバカにされた仕返しもできるとあってか、それはもう満面の笑顔で、わざとらしく【❤】マークを振り撒きながら明が話した。
「愛の腕が取れちゃった時の、亮さまのあの顔! 慌てっぷり! とぉ~…っても! かわいかったですね~❤ 叩いただけで人間の腕が取れるはずもないのに、それを……『女性の身体は壊れやすいとか何とか聞いたような憶えはあった』……だなんて~❤」
「ふっぐぅぅううぉぉぉっっ!!?」
自分でもよく分からない奇声を上げてしまった俺は、文字どおり火を吹きそうになるほど熱くなった顔を必死に背けながら、「う、うるさい! うるさいうるさいうるさい!!! お前はもう黙れ!」と大声で叫んだ。
そしてさらに、それを誤魔化すように続けて俺は言う。
「そ! そういえば! さっき明が言ってた家事のこと! 愛の腕がこれなら、確かにお前の方が圧倒的に早いのも納得できるよ! 何しろ〝片腕対両腕〟なんだからな! 実力がどうこうなんて関係なく、物理的に負けるはずがない!」
「むむむっっ!!? 亮さま! それってもしかしなくとも、愛が両腕を使えたら私なんか簡単に負けちゃうと! そう言いたいんですか!!?」
「え? ……あ! いや! べつにそういう意味で言ったわけじゃ……!!」
し、しまったぁ! 混乱していたせいでまた余計なことをっ!!? くっ! 何をやってるんだ、俺! 明は今、仕返しにきてるんだぞ!? それなのに誤解されるようなことを言ったら、明はさらに怒って仕返しに……ッッ!!
「……へ~? そうですかぁ~……そうなんですね~??? 亮さまはあくまでも、私の実力は〝底辺〟であると、そう言いたいんですね~??? ……分かりました~。だったらこちらにも、それなりの〝考え〟があります……覚悟はいいですねっ!!!」
「!!?」
や、やっぱりーーーっっ!!!
どうやら俺は、墓穴を掘った後に墓まで自分で建ててしまったらしい。明の眼は、まるで獲物を狩る野生の獣のように鋭く光り、禍々(まがまが)しい怒気を俺に浴びせかけていた。……ぶっちゃけ、この時点で。俺が死ぬための全ての準備は整ったことになる。
とはいえ……ま、まさか! 遂に(、、)! 遂に殺られる(、、、、、、)というのか!!? 元・お嬢さまである結に、だけでなく、その配下の、メイドである明にまでもッッ!!!??
「ま、待ってくれ! 話を聞いてくれ、明っ!!!」
ダメだ!!! 元・お嬢さま一人だけでもいっぱいいっぱいだというのに、この上さらにメイド二号にまで殺られ始めたら、さすがの俺もリスボーンできずに旅立ってしまうかもしれない! それだけは何としてでも避けなければッッ!!!
そう思った俺は全力で明を説得しにかかった。
……だけど。
「今のはほら! あれだ! 何というかその……えーと、だ、だから……」
「……」
「…………」
……ふっ。
終わったな。な~んにも、言いわけが思い浮かばないや……。
……だってさ? さっきのはとっさに出た言葉……つまりは本音なんだもの。それを誤魔化そうとしたって、どうしてもウソっぽくなって……ねぇ?
「……言いたいことはもうないようですね? では、改めて……っ!」
そう言い放った、次の瞬間だった。
ぶんっ! 明は俺に向かって右腕を大きく振り上げ、そして……ッッッ!
「ま、待ちなさい明! 亮さまに手をあげるなど、この私が許しませ――」
「問答無用!!!」
愛の制止も文字どおり振りきり、明は俺に向かって腕を――
ビッシィィッッ!!! 「亮さまには今日、私たちの〝家〟に遊びにきてもらいます!!!」
と、指差し……
……。
……。
……。
「……は?」




