8-6
――俺の家。
「――ただいま~! 結~連れてきたぞ~!」
家の奥の方に向かって呼びかけると、『は~い!』とすぐに返事が聞こえ、キッチンの方からピンクのウサちゃんエプロンを装備した結が走ってきた。
「――その姿、さながら結婚したばかりの、マイ・スウィート・〝嫁〟!! シチュエーションは……そう! 仕事で疲れて帰ってきたところに、それを満面の微笑みで出迎え、癒す――」
「……明、いい加減黙れ」
「――え? せっかく亮さまの気持ちを代弁してあげたのに……」
「余計なお世話だ! つーか思ってねーよ、そんなこと!」
……〝九割〟くらいしか…………。
「――おかえり、亮! ちゃんと連れてきてくれたんだね!」
と、そんな無意味な会話をしているうちにも、もうすでに結は俺たちのすぐ目の前にまできていた。それに気づいた俺は若干慌てながらも、とりあえずは、と学校でのことをまず最初に謝った。
「あ、ああ、まぁな……な、なぁ、結? 学校でのことなんだけど、本当に悪かったな? えっと……本当にもう、怒ってないのか?」
「え? あはは、亮ってばまだそんなこと気にしてたの? だいじょうぶだよ、怒ってないよ? ――それにほら、あれはあくまでも明のせいだったわけだし……」
「……はっ! ここで何か言うと怒られる可能性が……黙っていましょう!」
……賢明だな。そう呟いてから、俺は二人に向かって話した。
「じゃあ、結にも許してもらえたことだし、二人共上がってくれよ。こんな所で話すのもアレだろ?」
「あ、はい。では……失礼いたします」「いたします!」
ニコ、と微笑む愛と、元気に笑う明の返事を確認してから、いつもなら俺の部屋に向かうところ、今日はさっそくリビングの方へと向かった。
その途中、結に聞く。
「――ところで、結? 何でエプロンなんか装備してるんだ?」
「ん? ああ、これ? それはねぇ……」
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ババーン! と目の前に広がる〝奇跡〟の光景に、俺は思わず涙した。
今日は……ナント! 〝三品〟である!
メインデッシュである〝肉じゃが〟に、
サブディッシュである〝白ごはん〟。
そしてサブサブディッシュである〝豆腐の味噌汁〟!
汁っぽいな~。と思った方! ああそうさ! 汁っぽいさ! 俺の瞳からはまさにその汁が、だくだく、溢れているんだよ!!
――さぁ、もうお分かりだろう! 結がエプロンを装備していた理由! そして何よりも唐突なこの料理紹介……皆さんお久しぶりでございます! 我が家のウチゴハンのコーナーでございます!
本日ご紹介いたします料理とは、もはや家庭の秘伝中の秘伝料理……〝肉じゃが〟でございます!
時代と共に嫁に作ってもらいたい料理ナンバーワンからはだんだん衰退してきてはいるが、それでも、今もなお上位トップテンには食い込んでくるであろう、というこの料理の作り方は、意外にもシンプルだ。
なぜなら、まずは材料であるジャガイモ、人参、玉ねぎ、白滝、豚肉を切り、鍋へと放り込む。
次に、砂糖、酒、みりん、出汁を加え、材料に火が通ったら中火にし、そこに醤油を加えて味を調える!
あとはしばらく冷ましておき、食べる時にもう一度温め直せば……OH! もう完成じゃあないか! ――というものだからだ!
材料を切る手間こそ多少はあるものの、切って煮てさえおけば、勝手にできているというこの料理! まさにこれこそ、家事で毎日忙しい歴代のお母さんたちが生み出した〝努力〟の結晶……〝英知〟だということが言えるのではないだろうか!?
――さらに! と……おおっと! 今日はご紹介しなければならない料理が多いじゃあないか! 〝豆腐の味噌汁〟もご紹介いたしましょう!
……え? 味噌汁なんて誰にでも作れるから、今さら改まって紹介する必要なんて、ないんじゃないか? って……???
…………。
ばっきゃあろおおおおおおぉぉぅぅぅ!!!!! ※訳:バカ野郎。
何を言っているんだお前ら! それは大きな間違いだ! なぜなら味噌汁こそ我らが日本国の〝真の伝統食〟! 味噌汁は太古の昔からどこの家庭にも存在した、素晴らしい料理なのだ! そんな味噌汁を語らずして、何が家庭と呼べようか! 何がウチゴハンと呼べようか!!!
…………っと、少し熱くなりすぎてしまったようだな。失礼失礼……あー、えっと、ちなみに味噌汁を作る際、絶対に〝沸騰させてはならない〟ということを知っていただろうか?
え? 何で? と思った方はぜひとも聞いてもらいたい。その理由は、
〝風味〟――にあるのだ!
実は、出汁や味噌の中に含まれる香り豊かな〝風味〟は、沸騰させてしまうと、どんどん、もれなく空気中に〝抜け出て〟行ってしまうのだ!
その結果、みんなはこう思う。――あれ? この味噌汁あんまり美味しくないな――と!
これは味噌や出汁のせいではなく、沸騰させてしまったことにより〝風味〟が抜け出て行ってしまったことが原因である可能性が極めて高いのだ! どうしても信じられないというのであれば、一度実際に飲み比べてみるといい! 沸騰させないで作った味噌汁と、グツグツ、沸騰させた味噌汁! その違いはきっと、飲んだ瞬間すぐにでも分かっていただけることだろう!
――っと! ちょいとこのコーナーに時間をかけすぎちまったようだな! では最後に一言だけ言わせてもらおう!
――全国のお母さん、ありがとう!
あなたたちの〝味〟は、今もなお家庭の中で生き続けていますよ!
――以上、ウチゴハンでした!!!
「――はい、じゃあみんな座ってね? 今日は結ちゃんトコのメイドさんたちがくるって聞いたから、おばさんがんばって作ったんだ❤ 遠慮しないで食べて行ってね?」
母さんがそう話したのとほぼ同時に、結は――すでに用意していたらしい。普段は窓の近くに重ねられて置かれているはずの来客用の椅子が二つ、テーブルにセットされていた。
結はそれらを引き、そこに二人を誘導する。
――と、さらに気がつくと、そこには、コンビニとかでもらったやつをとっておいた、お手拭き用の使い捨ておしぼりが一枚ずつ置かれていた。
……なるほど。どうやら料理はいつものように全部母さんが一人で作って、結はこういうセッティングだとか、洗い物の手伝いをしていたらしい。――だって、譬え総理大臣や大統領がきたって、母さんは絶対にそんなセッティングなんて、しないもの。
「「ありがとうございます」」――そう笑顔で答えた二人は、特にためらう様子も見せずにすぐに席へと座った。
たぶん……すでにここまで用意してある状態なのだ。断ったら逆に失礼だと思ったのだろう。真面目な愛はともかく、そこんところは不真面目な明も心得ているようだ。
俺はそんな二人に続くように、二人が入っても変わらない。角席の結の隣で、キッチンから見て左奥の、いつもの自分の席へと腰を下ろした。
そして全員が席に着いたのを確認してから、母さんが号令を放つ。
「――さて、では色々話したいこともあるでしょうけれど、とりあえずはゴハンにしましょうか! はい、みんな手を合わせて~……」
「「「「「――いただきます!」」」」」




