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――帰り道。
すでに人通りは皆無と言っていいほどのその場所を歩きながら、俺は二人に〝現状〟とやらの説明をしていた。
「――つーわけで、結は俺の家に居候していることが他の人たちにバレると、俺や母さんが困ると思って、学校では譬え幼馴染の俺でも容赦なく殴りにくると……そういうわけなんだよ」
なるほど……頷いて、確認を取るように愛は話した。
「それで、結さまの側近である私たちが、その……げ、げぼく……である亮さまのおカバンを取ってくるのはおかしいと思い、ご自身で取りに戻られたのですね?」
「ああ。まさにそういうことなんだよ。……なぁ、ところでさ、それを踏まえた上での話なんだけど……」
はい? と小首を傾げる愛に、俺はできる限り言葉を選んで、愛を混乱させてしまわないように話した。
「……その下僕に、お嬢さまの側近であるお前たちが敬語を使って話すだなんて……やっぱり変だと思わないか? できれば、の話なんだけど……ほら、結みたいに、家では普通の結。学校では恐怖の元・お嬢さま――って具合に、どうにか話し分けられたりしないかな? せめて知り合いだと他のやつらにバレない程度に、さ……?」
「――あ……うぅ……確かに、このままでは色々と、結さまと亮さまにご迷惑がかかってしまいますね……しかし、話し分けると申されましても、私にはとても……亮さまをそんな、げぼ、く……扱いなどできません! いくらご命令であったとしても、結さまや亮さまに仕えている以上、それだけはできません! 絶対に!」
……う、う~む、こりゃあまいったな…………。
確かに愛にとって、これはもはやプライドとか、そんなレベルの話ではないのかもしれない。
――仕えることこそ、自分たちが〝生きる道〟。
長年その〝信念〟を背負い、白乃宮家に仕え続けてきた御守家……血が繋がっていようがいまいが関係ない。その姓を継いだ以上、真面目な性格の愛には、家の〝信念〟を曲げることなど到底できはしなかったのだ。
――まいったな……改めて、俺はそう思ってしまった。
これではいざ何かがあったという時に、下手をすれば俺たちの関係がバレてしまうかもしれない。なぜなら、敬語以外で話せないということはつまり、何か会話を交わした際、普段と同じように俺を敬った話し方をしてしまう可能性があるのだ。――そんなのを他人が聞いてしまえば、当然〝変〟だと思ってしまう。そして一度〝変〟だという認識を抱いてしまえば、それがなぜ〝変〟であるのか? 知りたくなってしまうのが、これもまた当然の〝人間の性〟というやつなのだ。それを止めることができるやつなんて、おそらく世界中どこを捜しても見つかりはしないだろう。
……う~ん、しかし本当にまいったな…………。
三度思い、いよいよ一休さんみたいに頭に指を当てようとした、その時だった。
「――だったら、亮さま~?」
はいはーい☆ と手を挙げて、明が提案したのだ。
「じゃあとりあえず、慣れるまでは全部、〝無視〟する、っていうことにしたらいかがですか? どうしても話さなければならないような時は、〝ルール〟を決めて、その言葉だけは絶対に話さないようにするとか?」
「〝ルール〟???」
愛が聞くと、明はすぐに答えた。
「はい☆ 例えば、今の愛に敬語以外で話せ、って言っても、到底できるわけないじゃないですか~? それが分かっていながらにして、無理にでもそれをやってしまえば、当然ボロが出ちゃいますよね? だから、敬語はそのままに、誰に対しても同じ口調で話しはするけれど、しかし絶対に〝お礼は言わない〟……そんなふうに〝ルール〟を作ってしまえば、誰からも不審がられることはないと思うんですよ~?」
「「……なるほど」」
愛と同時に、俺は頷いてしまった。
確かにそれならば、愛にも無理なくできるだろう。何しろ根本的な話し方を変えるのではなく、所謂〝NGワード〟というものを作って、それだけは絶対に言わないようにする……明の言うとおり、慣れない始めのうちはおおよそ全ての質問に無視していれば……二人はお嬢さまの側近中の側近だ。無視されたらそれ以上、誰も好き好んで話しかけてくるようなことはないだろう。




