8-2
――保健室。
「……で? そんなとこで何やってんの、お前ら?」
現実に戻り、振り向いた先……そこにいたのは、本日ウチの学校に転校してきたばかりの、美少女二人の姿だった。
――一人は、ウェーブがかった緑色の髪が特徴の方、御守 明だ。
明は両手両膝、さらには額までもをしっかりと床にこすりつけ……つまり、〝土下座〟だ。
俺がお嬢さまの前で二週間に一ぺんくらいのペースで行う、さして珍しくもない〝土下座〟。それを明は俺が声をかけても、ピクリ、とも動くことなく続けていた。
――もう一人は、少し幼い顔立ちと、青い色の長いポニーテールが特徴の、御守 愛だ。
愛は左手に持った刀……〝仕込み杖〟を明の首筋に当てたまま……どうやら、明に土下座を〝強要〟しているらしい。日本刀のように鋭い眼で明のことを見つめ、同じように、ピクリ、とも身体を動かさずにいた。
……しかし、愛の場合は身体だけだ。俺の問いに愛は口だけ動かし、すぐに答えた。
「はい。結さまに仕え、その身をお護りすると同時に、それに最も近しいご友人である亮さまにも最大の〝敬意〟を払わなければならないという立場にありながらも、それをお護りするどころか、あろうことか〝危害〟を加えたこの不届き者を、このように、逃がさぬよう見張っておりました。……亮さま、どうぞ何なりとご命令ください。〝処罰〟の用意はできております」
「〝処罰〟……〝危害〟って…………」
……まぁ、危害っちゃ危害ではあるが、〝それ以上のモノ〟も同時に俺は手に入れてるから、危害と言わなければ危害では……って、そんなことよりも、だ。
あ~、と唸ってから、俺は愛に向かって聞いた。
「えと……じゃあ、俺が命令すれば、愛は一応何でも言うことを聞いてくれるってこと? 例えば、とりあえず刀を納めろって言ったら、納めてくれんの?」
「……ご命令とあらば」
す……愛はすぐに刀を下げた。
瞬間、今まで動かなかった……いや、動けなかった明が突然顔を上げ、額にくっきりと浮かんだ床のタイル跡も気にせずに声を上げた。
「ありがとうございます亮さま! いや~、なんという慈悲深きお心! もうかれこれ小一時間ずっと首筋に刀を当てられてましてね? おかげで助かりましたよ~☆ ホント、ありがとうございます~!」
「いや、まだ許すとも何とも言ってないんだが……まぁ、いいや」
つーか、そうなったのはお前の自己責任だろ? 聞くと、え~? と明は不満そうな声を漏らした。
「何でですか亮さま~? せっかく進まないお二人の距離を私が縮めてさしあげようと思ってがんばったのに……てゆーか、結さまの〝おっぱい〟気持ちよくなかったんですか? あの手から溢れんばかりの〝巨☆乳〟が!」
「うるせえよ大きなお世話だよてゆーかその〝手つき〟やめろ!」
ワキワキ、と手を動かす明に、俺は一息にそう言い放ってから続けた。
「……まぁ、いいさ。どうせ結にやられるのはもう慣れっこだしな。お前のことも許してやるけど……そんなことより、当の本人、結はどうしたんだ? ……怒って帰ったのか?」
いえ、それが……とそれには愛が答えた。
「私が、亮さまが目覚めるまで明と共にここに残ります。……というふうに話したところ、では亮さまに〝伝言〟をと、結さまが……」
「〝伝言〟???」
首を傾げると、愛はすぐに答えた。
「はい。そのままお伝えいたしますと――『亮へ。勝手かもしれないけど、今日はおばさまにも愛と明を紹介することになったから、いっしょに帰ってきてね。それで胸を触ったことはなしにしてあげる。……まぁ、あれは明のせいだから、こんなふうに言うのは変かもしれないけど……とにかく、今日はいっしょに帰ってきてね! ……えと、結より!』――だそうです」
「……」
……普通、伝えて、って言われたら、多少なりとも自分の言葉に変えて話すもんだが、こんなにも忠実に言ったことをそのままを伝えてくるなんて……愛はどうやらものすごく真面目な性格のようだ。
そんなことを考えつつも、分かった、と答えた俺は、しかし……。
な、なぁ、愛? ――俺は愛に向かって聞いた。
「その伝言を聞く限りじゃ、結は、〝怒ってない〟、って言ってるけどさ? 実際、愛から見て結の様子はどうだった? 本当に怒ってなかったか?」
「? はい。亮さまを殴られた瞬間までは確かに怒っておりましたが、それ以降は――」
「――〝触られた〟、〝触られた〟、って顔を真っ赤にして恥ずかしがっていましたよ? いや~、あの、ウブウブ、っぷりはかわいかったですね~❤ 〝パイタッチ〟なんて、もはやスキンシップも同じことなのに?」
突然の割り込み……いや、つーか〝パイタッチ〟がスキンシップって……いやいや、つーかつーか〝パイタッチ〟って…………ダメだ、やめよう。ツッコミどころが多すぎてもはや何をツッコンでいいのか分からなくなってきた。
えーと、と俺は、とにかく聞きたいことだけ確認をとることにした。
「……とりあえず、結は〝怒ってない〟。それで間違いないんだな?」
「「はい」。そーですよ?」
……らしい。俺はそれを聞いて、ひとまずは安堵のため息をついた。……何しろ結が怒ったままじゃ、家にいる時はいいが、学校に行った瞬間殺されるからな。それでは勉強しに行っているんだか、殺されに行っているんだか分かったものではない。……とにかく、今ですらヒドイんだ。これ以上のその常習化だけはぜひとも避けたい。




