猫ゴルフ Play The Meow-Golf Game
― これは、あるプロ猫ゴルファーによる独白である。
まだ日本では、プロの猫ゴルファーの数はそう多くない。
つまり、猫ゴルフそのものの認知度も、日本ではそう高くないということだ。
だから、まさかそういうことはないと思うが、万が一誤解している人がいないとも限らないので、一応言っておくが、俺は別に猫ではない。
猫ゴルファーというのは、“猫ゴルフ”プレイヤーという意味だ。
まあ、猫ゴルフの試合を見たことがないという人は大勢いても、猫ゴルフそのものを知らない人がいるとも思えないので、これは読者に対してちょっと失礼だったかもしれない。
そもそも、猫ゴルフの起源は古く、古代エジプトのセベスネメケヘテプ二世の王墓が発掘された際、その玄室の壁には、すでに猫ゴルフをする王の姿が描かれていたという。
興味深いことに最近になって解読されたヒエログラフによれば…
…いや、やめておこう。
だって、こんな話、一般の方々には退屈なだけだろうから。
いや、ほんとうは面白いんだが。
いきなり話が脱線してしまった。
ちょっと、今日の俺はナーバスになっているようだ。
なにせ、日本ツアーの最終試合、その最終日である今日の結果いかんによっては、“猫マスターズ”の特別招待枠にすべりこめるかもしれないのだ。
そう、カリフォルニアのパームスプリングスで開催される“あの”猫マスターズである。
ひょっとしたら今日、俺のプロ猫ゴルファーとしての未来が開けるかもしれない。
…と、期待に胸をふくらませていたわけだが。
やはり、そう甘くはなかった。
勝負は最終ホールまでもつれ込んだ。
相手は、一緒にまわっている宮又タビ夫。
“あの”宮又三兄弟の次男だ。
宮又三兄弟については、もはや説明は不要だろう。
ここまで、両者-10でトップ。
ちなみに三位以下には大差。
18番 ロングホール、パー5、猫1。
風はアゲインストだ。
猫ゴルフのルールに疎い人のために説明しておこう。
パー5というのは、そのコースで5打以内にボールをカップに入れなければならないという意味だ。
それを超えるとボギー(+1)、ダブルボギー(+2)と加算されていく。
今日の俺はドライバーの調子がいい。
2オン。
いける。
同伴の宮又タビ夫(35)は3つたたいた。
つまり、俺が一打リード。
悪いが、決めさせてもらう。
グリーンにいくと、キャディーが、
「ニキータ、ノリノリです。気をつけて」
と、声をかけてくれた。
猫ゴルフに詳しくない人のために解説を加えておくと
グリーンとはフェアウェイよりさらに細かく芝が切りそろえられたエリアのことだ。
まあ、いくら猫ゴルフ知らないつっても、グリーンくらい知ってるか。
ピンのすぐそばに後ろ足で耳の裏をかいている猫がいる。
あれがニキータだ。
ブチの牝猫。1歳。
しなやかな肢体、均整のとれたプロポーション、
いかにも運動神経が良さそうだ。
それに、金色の大きな瞳が好奇心の強さを物語っている。
しかし、国内とはいえ、メジャー。
これくらいの猫がいても、おどろかない。
むしろ望むところだ。
What's New,Pussycat?
ニキータの瞳孔は目一杯広がっていて、すでに臨戦態勢だ。
尻尾をせわしなく振っている。
キャディーが俺にパターを差し出した。
おもむろにそれを受け取って、
芝目を読む。
……下りのスライスライン?
おちつけ、おちつけ。
第3打。
慎重に打つと、
ボールはスーッとスライスして、
読みどおり、
…ニキータが飛び出してきて、
ボールをグリーンの外へたたき出した。
ああああああああああ、
そうだよ、そうだった!
さっきキャディーさんが、今日の彼女はノリノリだっつったじゃん!
初歩的なミスだ。
やっぱ緊張してるわ俺。
おちついてる場合じゃなかった!
……俺がおちついたりしてたから!
それに、ボールに飛びつく瞬間、
あいつ「ニャッ」て言わなかったか?
なめやがって!
あああ!もう!…ニキータのヤツ!
しかも、ボールはバンカーに落ちてる。
ニキータはボールに駆け寄り、後ろ足で砂をかけた。
なんなの?なんのつもり?
ちなみに、バンカーというのは、コース上に設けられたトラップのようなもので、基本的には芝生が敷きつめられたコースに、ところどころ砂を入れた穴があいている、アレだ。
つまり、猫ハザードの一種だ。
余計なことかもしれないが、猫ゴルフはまったく分からないという人もいるだろうから、いちおう付記しておく。
しかし、宮又タビ夫(35)独身は、グリーンのエッジ(へり)からのパッテイングだ。
ま、無理だね。
ほおら、それたそれた。
いけ!ニキータ!
もう一押しだ!
あれ?
……まだ砂で遊んでんのかよ!!
あーあーもー、
俺のボールガッツリ埋まっちゃってんじゃんよー。
…ニキータのヤツ!
キャディーからサンドウェッジを渡された。
ここでまた猫ゴルフ用語を説明すると、サンドウェッジというのは、バンカー用のゴルフクラブだ。
つまり、砂地でボールを打ちやすいようになってる。
おら、どけよニキータ!
おまえのせいで、こっから打つんだからよ~!
やれやれ、かなり打ち上げなきゃなんない。
しかも埋まってるし!
が、まあいけるだろう。
なにせ猫マスターズの最終ホールなんか「猫5」だからな。
ニキータごときにかき乱されてるようじゃ、世界は夢のまた夢だ。
よーし、ニキータは、なんか飛んでる虫を見てる。
ま、しょせん猫だからな。
でかした虫!
4打目。
よおし、いけ!
ボールはきれいな弧を描いて、
グリーンにオン、
する直前、
視界の外から走ってきたニキータが、
ジャンプしてボールを叩き落した。
ニキータてめーこの野郎!
「ぶっ殺す!」
おっといけね。思わず声に出してしまった。
観客席のあちこちから、
「しー」
という声がきこえた。
…なにそれ俺に言ってんの?
…なんで俺?
ま、まあいい。
ぎりぎりグリーンの外だが、とにかくバンカーは抜けたし!
だが宮又タビ夫(35)独身(脇フェチ)の方もなかなか難しい位置からのショットだ。
これ入れたらパー。
だが、距離が長いうえに、上り勾配で、しかも地面がうねってる。
よーしよし、頼むぞニキータ。
おまえのあばれっぷりを見せてくれ!
あれ?
…またいなーい!
…あ、ギャラリーんとこにいた!
なにやってんだよう!ニキータ!
んん?なんで、こっちに背ぇむけてじっとしてんの。
つーか、あれ?
なんか食ってね?
ニキータおまえ、
なにカニ缶に夢中になってんだよ。
ちっ、ほんと使えねーなー、おめえはよお。
つーか、なんでカニ缶がこんなとこにあんの?
おいおい、俺の私語はダメで、
客がカニ缶もち込むのはアリかよ!
え?…アリなの?
ほんとに?
てか、おじさんだれ?
日本プロ猫ゴルフ協会のひと?
…ほんとかあ?
宮又タビ夫(35)独身(脇フェチ/離婚暦あり)は難なくボールを打った。
ボールはピンに吸い寄せられ…
あーヤバいヤバいヤバい…
カップの直前で止まって、登り斜面の重力に逆らえず、戻ってきた。
その距離、ピンまで50cm!
あーよかった!
あー命拾い!
ふーあっぶねえあぶねえ。
ニキータ、なんもしねえんだもん。
もういいよ、
もう俺はニキータアテにしねえよ。
…ニキータのヤツ!!
いやいや、一旦ニキータのことは忘れろ。
コンセントレーションが大事だ。
いやいやいやいやいや!忘れんな!
さっき忘れてて、ひどい目にあったばかりだろ、やべーやべー。
とにかくこれで決める!
ニキータがカニ食ってるうちにな。
5打め。
…そおっと。
ボールはカップをかすめ、強すぎたか…と思いきや、
止まった!
ツイてる!
ボールは半分カップにかかってる。
これ、あれじゃねえの?
もうちょっと待ってたら、勝手にコロンと落ちるやつじゃねえの。
ニキータがゆっくりとピンのそばにやってきた。
…おめー来んじゃねーよー、俺んときだけよー。
じーーっとボールを見てる。
こ、こいつ…
触んなよ~ニキータ、触んなあ…
ボールがグラリと動いて…
よっしゃ!
カップイン!
の、直前。
ニキータがちょいとボールを弾いた。
そのままノリノリでボールを転がして、
おいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおい!
コラー!どこまでいくんだあ!
…あーあ、ラフまで。あーあ!ラフまで!
あーあ!!
ここでまた猫ゴルフ用語が出てきたが、ラフっていうのは……ニ……ニキータてめえ、カニ食い終わってんじゃねーよ!この野郎!なんなんだ、ほんと、てめーはよー!
てか、客の一人が、カニ缶持った係員にえらい剣幕で怒られてる。
あいつかああああ!
そーでしょー!?
やっぱダメなんでしょー!?
おっかしいと思ったよ!
だってゴルフ場で猫がカニ缶食ってんのなんて見たことないもの!
宮又タビ夫(35)独身(脇フェチ/離婚暦あり/野菜ソムリエの資格あり)6打目。
しめた!強すぎ!
傾斜を意識しすぎたな。
ボールはカップをかすめてどんどんピンから離れ、
グリーンからはずれようとしたところで、
ニキータ、シュート!
カップイン!
も…も~ウソでしょ…
宮又、+1でホールアウト。
ニキータはボールを追いかけ、
カップの中を覗き込んで周りをぐるぐる回りながら、
手を突っこんだりしている。
い、今さら遅せーんだよ!
ほんと、使えね。ほんっっと、使えねーなニキータ!
うるっせーぞ!そこのガキ!
なあにが「にゃんこ」だ!
ゴルフ場にガキなんか連れてくるなら、親はしっかり見とけ!
子供と猫の取り合わせとか、もー最悪。
俺は大人げないと知りつつも、ニキータをにらみつけた。
ニキータはなぜか逆ギレして、『シャーッ』と威嚇してきた。
ニ…
いや、言うまい。
相手は猫だ。
言い争ったところで、どうせ「シャー」とか「ニャー」しか返ってこない。
それに、まだ勝負は終わったわけじゃない。
これを入れれば、サドンデスの可能性を残している。
猫ごときに集中力を切らされるわけには…
しかし、ニキータの金色の目が、
俺のボールをジッと見ている。
それどころかすでに飛びかかる体勢をととのえ、
跳躍する直前の腰をふる動作に入っている。
ねえ、なんで?!
なんで、俺んときばっか、やる気になるわけ?
俺のボールガン見してんじゃねーよ!!
ああん?!やんのかコラ?!
こっち見ろや!
だがニキータがぐっと体勢を低くしたとき、
俺のほうが脊椎反射的にボールに駆けよってしまった。
「オフサイド!」
審判が俺を指さした。
ああああ、チクショー!
やっちまったああああああ!
クソ!クソ!クソ!クソ!クソ!クソ!クソ!
ニキータのヤツ!!
ニキータのヤツ!!
俺の今シーズンは終わった。
ひざをつくと、そこにはう*こがあった。
うそだろニキータ…
…マジで?
『猫ゴルフとは、あらん限りの技術と知性、そして少々の忍耐力を駆使して勝敗を競うスポーツである。猫と。―マーク・トウェイン』
©The Professional Meow-Golfers Association, Ltd.
※じつは、ゴルフ全然知らないんですが、これはあくまで猫ゴルフの話なのでいいかなと思いまして。
※文末のP.M.G.A.は架空の団体です。
※あと、引用した言葉はアラバマ州メイカム在住のクリーニング店経営者のもので、同姓同名の某有名作家とは関係ありません。