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我が剣  作者: 奈々瀬とな
1部 刀と鞘
6/7

 がしゃんと、重々しい金属音がした。麻綾は急いで顔を上げたが、その前に黙っていた風人がぴくりと反応した。ガラスのような瞳に凛とした鋭い光が宿る。

「ようやく目覚めてくれたか」

 優しく穏やかな甘い声がした。麻綾は探るように視線を彷徨わせたが、声の主はすぐに表れた。

 博物館に飾ってあるような仰々しい鎧を身にまとった青年が一人。あるはずのない太陽を背負い、輝きながら麻綾と風人を見下ろしている。逆光で顔はわからないが、声と同じように穏やかな笑顔を浮かべている。

「この日を待ちわびたぞ、我が剣よ。我らの悲願のために、また私の腕となり剣となりて敵を打とうぞ」

 朗々と歌うように甲冑の青年は言う。まるで戦国武将のような姿はこの景色とあまりにも一致する――そう、違和感の正体はそこだ。ただの田舎にはない殺伐とした空気が流れ、これはまるで教科書で習った戦乱の世のようではないか……。

「我が剣。此度は若々しい娘となったな。いささか不安ではあるが、充分繰り返された。今までにない強度であろう」

 青年が手を伸ばす。顔が近づくと、麻綾たちよりも数年上、おそらく二十歳ぐらいか。若いが、ずいぶんと苦労しているのかあちらこちらに傷跡がある。特に鼻から頬にかけて一文字の傷が一番酷く残っていた。

「どうした、我が剣」

「そうはさせない……」

 青年の手を遮ったのは風人だった。黙って成り行きを見ていた鋭い目は強く青年を睨みつける。麻綾は自然と風人の背に隠れる形となり、内心どきりとしてしまった。

 剣道部のエースである麻綾は誰よりも強く、常に前にいた。それが後ろにいるという違和感がどうにもむず痒い。だが今はそんなことを思っている暇はない。

 事態がまるでわからず動く事も出来ない状況なのだから。

 青年は首を傾げ、まじまじと風人を見た。だがすぐに頷く。

「なるほど、此度は歌仙の鞘であるお前も転生したのか。これは良い兆候だ。我らの勝利も近い」

「ふざけるな。俺は今度こそ守ると、お前の好きなようにさせないと誓って、付いてきた。もう二度と折らせない。俺が刀を守る。それが俺の使命だ」

「おお、さすが鞘。立派な心がけだ。だが、守る事と戦う事は別だ。記憶が蘇っているのではあればわかるであろう。我らの悲願……否、その前にアレの持つ業を。我らは一つ一つそれをつぶし、この地から脱出せねばならない」

 青年は風人から視線をそらすと、甲冑を着ているとは思えないほど軽やかに麻綾へ回り込み、しゃがんで視線を落とした。麻綾は反射的に構えた。受け身は出来なくとも、竹刀はないが構えぐらいは出来る。そうでもしていないと震えてしまいそうだった。なぜかはわからないが。

「勇ましい此度の刀、歌仙よ。私は細川光利と言う。そなたは覚えておらぬかもしれないが、そなたの主の息子だ。今は六道に踊らされた亡霊をやっている」

「な、何……言っている意味がわからない。あなたは何者?それにここはどこ。ここは、私の変な力で作った、変な空間で、時々便利に使うぐらいで……」

「そう、これはそなたの幻想郷にして地獄道。我らはずっとそなたに呼びかけ続けていた。しかし気づかぬ。だがこうしてようやく気づき、幻想郷はようやく元の姿を鮮明に映し出す事が出来た」

 舌打ちをしたのは風人だ。麻綾はすがるように風人を見上げたが、彼はこちらを見ない。

「いいか、細川。俺たちはもう関わらない」

「何を言っているのだ、鞘よ。先ほどからわからぬ事を。いいか、我らはこの地獄道に閉じ込められ、そなたたちは何度も転生を繰り返している。それを断ち切るためには業と敵を倒さなくてはならない。もう何度も繰り返している事ではないか」

「だから関わらない。関わらずにいれば済む問題だ」

 風人は低い声で強く言い、両手を広げた。光利は訝るように風人を凝視したが、すぐに目を開いた。風人の両手はおぼろげに輝いている。

「なんと……そなたも力が。ただの鞘であろうが」

「見くびるなよ。俺だって見ているだけじゃない。守る専門だけどな」

 風人の声を最後に空間がよじれた。甲冑姿の青年は遠くなり、天地がぐちゃぐちゃに入り混じる。麻綾はまたも風人にしがみついた。ジェットコースターに乗った時の妙な浮遊感が体を襲うが、一瞬で終わった。

「おい、もう大丈夫だ」

 麻綾は恐る恐る目を開ける。そこは元の現実、学校の屋上があった。風人は麻綾を振り払うように立ち上がり、仏頂面で麻綾を見下ろした。青白い顔はどことなく怒っているようだ。

「わかっただろ。あんたの力は妙なんだ。これから使わない方がいい」

「ま、待って。何もわからない。私のこの力って何?それにさっきの景色も、あの人も。それに、まだあなたの名前をちゃんと聞いてない」

「俺は昴風人。それで充分だろ。他は知らなくていい」

「知らなくていいって……そんなのおかしいじゃない!私、小さい頃からずっとこの力を使ってきたのに、いきなり、そんな」

「普通、誰もそんな力なんて使ってないだろ。みんな使わずに済んでいる。なら、使わなくたってどうでもいい」

「どうでも……そ、そうかもしれないけど、だからといって何も知らないでこれから過ごすの?今まで隣にあったものなのに」

「そうだ。何も知らなくていい。俺はそれが使命なんだ」

「さっきから使命使命って……それすら私は知っちゃだめなの?」

 麻綾は立ち上がり、風人を真っ直ぐ見据えた。麻綾の体の中でふつふつと湧くものがある。ここに竹刀はないが、手を刀のように構え、風人に突き出す。

「なら、もう一度入る。入って、さっきの……細川さんに尋ねる」

「あんた、案外頑固だな……くそ、素直ならよかったのに……」

 風人は一人ぼやいたが、麻綾は思わずむっとしてしまった。

「頑固っていう問題じゃないと思う。私自身の問題でしょ。力を使うのは私だから。教えて。どっちにしても、人は来ないと思う」

 二度目のチャイムが鳴った。授業が開始したのだろう、校舎はしんと静まり返っている。風人はため息を漏らすと、振り返って屋上の扉を閉めた。そしてそのまま両手に力を込めて、それから麻綾の前に戻った。

「これで誰も入れない。あんたが切る力を持ってるなら、俺は封じる力がある。そのままあんたごと封じてもいいんだけどな」

 風人は両手を伸ばしたが、麻綾は軽やかに後ろへステップを踏んだ。

「残念だけど、私、戦うのは慣れてるの」

「……刀に勝とうとする鞘はいない」

「さっきの会話もそうだったけど、刀と鞘って何の事?」

 風人は観念したように座った。麻綾も前に座る。二人は剣道をやる選手のように膝を突き合わせて正座した。

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