◆◆ 最後の質問 ◆◆
茉莉ちゃん、そろそろかな?
ああ、なんだか落ち着かない。
待ち合わせて学校に行くのは初めてだから仕方ないけど、改札口の前でこうやって待つのがこんなに照れくさいものだなんて、知らなかった。
朝練の時間と一般生徒の登校時間の狭間だから、うちの生徒はほとんど見当たらない。
とは言っても・・・やっぱり人はたくさん通る。
ここにいると、通る人全員が俺を見ながら「あいつ、彼女を待ってるんだな。」って心の中で笑っているような気がする。
きっと、そわそわしてるのが態度に出ているに違いない。
そう思うと、ますます落ち着かない!
“彼女” ・・・。
茉莉ちゃんが俺の?
あらためて考えると恥ずかしい!
“彼女” だから、何かそれらしいことをした方がいいのかな?
今までとは違う関係なんだってことで・・・?
うーん・・・。
カバンを持ってあげるとか、手をつなぐとか、手をつなぐとか、手をつなぐとか・・・それしか思い付かない!!
却下!
朝からそんないちゃいちゃしたカップルなんて、周りに迷惑なだけだ。
茉莉ちゃんが来たら何を話そうかと、頭の中のノートを何度もめくる。
きのうのメールのことは、なんとなく話しづらい。
顔が見えないと本音を出しやすくて、今までの思いをずいぶん書いてしまったから。
俺の質問に対する茉莉ちゃんからの回答は、俺がしあわせな眠りに就くのに十分な内容だった。
ただ・・・、一つだけ、回答がなかった。
最後の質問に。
それ以外には、優しく、そしてユーモアたっぷりに答えてくれていた。
絶対に、茉莉ちゃんは俺を喜ばせるコツを知っているに違いない。
読んだときにはあまりにも浮かれてしまい、答えが足りないことに、朝まで気付かなかった。
それでも気付いたのは・・・、その質問が、二人のこれからにかかわることだったから。
忘れただけなのか、わざとなのか。
わざとなら、どういう意味があるのか。
ほかの質問への回答を読めば、おのずと分かると思った?
それとも、あんな質問には答える必要がないと思った?
または、これからのことなんて、今から約束できない?
不安がることなんて何もないんだと、茉莉ちゃんからの回答メールを何度も読み返した。
読んで、しあわせな気分になって・・・・、その直後、「でも」と頭の中で反論してしまう。
尋ねるべきなんだろうか?
それとも、忘れてしまった方がいい?
小さなトゲのように、消えない疑問。
・・・あ、来た。
心臓が、ドキン、と強く打つ。
階段を上がってきた茉莉ちゃんが、俺を見つけてにっこりと微笑む。少し恥ずかしそうに。
小走りに改札口を抜けて俺の前で立ち止まると、セーラー服の白いスカーフがふわりと揺れる。
「おはようございます。お待たせしました。」
茉莉ちゃんらしい、丁寧な朝のあいさつ。
「おはよう。」
やっぱり照れくさい。
お互いに合わせる視線もおずおずと、そして一瞬で終わり。
「ええと・・・、行こうか。」
「はい。」
いつもは一人で歩いていた道を、今日からは茉莉ちゃんと二人で。
帰り道とは違って、わざわざ待ち合わせて。
まるで、あらたまった儀式みたいに。
・・・そうか。
これだって、 “今までとは違うこと” だ。
こうやって待ち合わせをして、一緒に学校まで歩くことが。
あれこれ考えなくても、ちゃんとできている。
一緒にいたいという気持ちを伝えれば、茉莉ちゃんはちゃんと応えてくれる。
駅の階段を下りると、道路のはしに枯葉の吹き溜まり。
植え込みのけやきの枝には、もう葉っぱがほとんど残っていない。
「空気が冷たくなってきたね。」
茉莉ちゃんが俺を見上げて言った。
「うん、そうだね。」
見慣れたはずの茉莉ちゃんの制服姿。
並んで話しながら帰ったことは、何度もあった。
それなのに、こんなにドキドキするのはどうしてなんだろう?
少し苦しくて・・・でも、笑い出したいのは、どうして?
歩きながら交わすゆっくりとした、静かな会話。
話題が途切れるたびに、気になるあのこと。
訊いてみようか。
「忘れただけ?」って・・・。
学校が近付いてくる。
二人の時間、あと何分?
今日訊けなかったら、明日? 明後日?
・・・違う。
今日、訊けなかったら、もう二度と訊けない。
時間が経つにつれて、言えなくなってしまう気がする。
言えなくなって・・・。
こんなに気になるんだから、言わなくちゃ。
今までだって、勝手にあれこれ考えて、取り越し苦労をしてきたんだから。
今日ならきのうの名残があるから、口に出しても大丈夫だ。
「ねえ、茉莉ちゃん?」
門まであと50メートルくらい?
俺の言葉がさりげなく聞こえますように。
心臓の音が、茉莉ちゃんに聞こえませんように。
「なあに?」
「あの・・・、きのうのメールに、答えがひとつ足りなかったんだけど?」
「え、そうだった?」
不思議そうな顔。
ほんとうにうっかりしただけ?
「う、うん、そうだったよ。最後の質問に・・・、」
・・・・・?
笑ってる?
下を向いて、声を殺して・・・?
「茉莉ちゃん・・・?」
「あの・・・、くっ、あの、ごめんなさい。何のおはなし・・・、ふ。」
懸命に止めようとしているけど、間違いなく笑ってる!
「茉莉ちゃん。わざとなの?」
「へ? 何が・・・くく。」
「茉莉ちゃん!」
「うふ・・・。あはははは。」
なんだよ〜〜〜?!
「ご、めん、ね。ふふっ。あの、どうするかなあって、ずっと見ていたの。駅で会ったときから。あはは。」
「えぇ?」
ずっとって・・・。
「だって、可笑しかったんだもの。数馬くんて・・・ふふ、ちょっと・・・。」
「 “ちょっと” 、なんだよ?」
「焼きもち焼きなんだもん。うふふふ・・。」
――――― !!
「それは・・・、それは、その。」
仕方ないじゃないか!
ああ・・・、耳まで熱くなってきた・・・。
こんなことなら、訊かなきゃよかった!
「もういいよ。」
ふん。
そうやって、俺のことを笑っていればいいんだ!
「ごめんなさい。でもね、数馬くん。あんな質問、する必要がないのに。」
俺が拗ねてることに気付いた?
にこにこして俺の顔を覗き込んで。
そうやって機嫌を取ろうとしてるの、バレバレだよ。
「ねーえ?」
知らないよ。
どうせ俺は鈍いんだから。
「数馬くん。ごめんなさい。」
・・・あ。
茉莉ちゃんが立ち止まって頭をさげている。
一歩半先に出てしまった俺は・・・・ためらいながら、後戻り。
前に立つと、茉莉ちゃんが顔を上げて、にっこりと笑った。
その笑顔は楽しそうで、俺に何も心配はいらないのだと告げている。
「ごめんなさい。ちゃんと答えます。」
茉莉ちゃん・・・。
優しくて、真面目な微笑み。
「ほんとうのことを言うと、あの質問にはね、直接答えたかったの。」
直接?
恥ずかしがり屋の茉莉ちゃんが、直接?
「だから、数馬くんも、直接わたしに訊いてくれる?」
俺も、直接?
「お願いします。」
「ええと・・・、今?」
「いつでもいいけど?」
いつでも・・・。
いや、今だ。
今じゃなくちゃ。
「じゃあ、質問します。」
「はい、どうぞ。」
「もしも、入試の日に茉莉ちゃんが一目惚れをした相手が誰だかわかったら、どうする?」
茉莉ちゃんの微笑みが満足そうな笑顔に変わる。
それから、不思議そうに首をかしげて。
「入試の日の相手って、なんのこと? わたしが一目惚れしたのは、入学式の日ですけど?」
「え? 入学式?」
「ほんとうだよ。だって、数馬くんを見たときに、 “このひと!” って思ったんだもの。」
入学式の日に・・・俺を見て・・・?
「茉莉ちゃん・・・。」
それを、直接言うために?
その笑顔と一緒に伝えるために?
人違いじゃないって?
ああ・・・茉莉ちゃん!
大好きだよ!
「うわ? かず・・」
ガツッ!
「いたい!」
失敗!
やっぱりダメか。
「なにするの?! こんなところで!」
「いや、その、ほっぺならいいかと・・・。」
「ダメに決まってるでしょ! 朝だよ?! 外だよ?! もう!!」
「ごめん、茉莉ちゃん。あの・・・ぷふっ。」
「笑い事じゃないよ。もう、知らない! 先に行くから!」
茉莉ちゃんが人前でそんなに怒るなんて。
そんなふうに素直に感情を表す茉莉ちゃんも新鮮で、嬉しくなっちゃうよ。
だけど・・・、茉莉ちゃん、ありがとう。
俺に、直接伝えてくれたこと。
これからは俺も、大切なことはちゃんと言葉にするよ。
俺たちお互いに、勝手にあきらめないで、ひとつずつ確かめながら進んで行こう。
それから・・・。
メガネの願い事はかなったみたいだから、次はコンタクトレンズを検討してみるっていうのはどうかな?
---- HAPPY END ----
ええと、「あとがき」です。
最後までお読みくださって、ありがとうございました。
読みに来てくださった方、ご感想をお寄せくださった方、わたしのミスをお知らせくださった方、評価してくださった方など、みなさまに勇気づけられながら最後まで書き上げることができました。心から感謝しています。
このおはなしはわたしの6番目の作品なのですが、今までの中で一番お客様が多く、途中、予想外に増えていく数字を見て、「この先、このひとたちの期待に応えられるの?!」と恐ろしくなってしまいました。(自慢できるような数字ではありませんが、わたしにとっては・・・。)
迷った結果、あくまでもわたしらしさを貫こうと決めて続けてきました。
楽しんでいただけましたら、幸せです。
こちらの第99話で本編は完結します。
次からおまけのお話を4話掲載しますので、よろしければそちらもお楽しみください。