◆◆ 芳輝の事情 ◆◆
訊き忘れた・・・。
食事中はお母さんたちが一緒だし、帰りは名残惜しくて。
帰ったら電話しようかな?
でも・・・。
よく考えたら、今日は記念すべき日だよな。
だったら、楽しい気分のまま終わりにした方がいいような気がする。
茉莉ちゃんが芳輝に何を話していても、俺のことを好き ―― あ〜、これを思い出すと顔が・・・。 ―― なことには変わりがないんだから。
とりあえずは、今日の目標を達成したことを祝おう!
・・・もう少しで危ないところだったけど。実際には、先に言ってくれたのは茉莉ちゃんだし。
なんか、情けないな・・・。
あ、電車が来た。
めずらしく空いてる。
ああ、そうだ。
寝る前に「おやすみメール」なんかしちゃおうかな?
そうだよな。
これからは、今までみたいに言葉を制限する必要がないんだから。
「会いたい」でも、「好きだよ」でも・・・・やっぱり恥ずかしい! 無理だ!
「ママ〜。疲れたよ〜。」
「眠い? おひざにおいで。」
反対側の座席・・・家族連れか。
男の子と女の子は2歳か3歳くらい? 女の子はお父さんの膝であくびしてる。
なんだか、幸せいっぱいの家族って感じ。
俺と茉莉ちゃんもいつか?
それにしても、綺麗なお母さんだな。
お父さんも若そう。
下を向いてる雰囲気が誰かに似てるような・・・あ、顔を上げた、・・って?!
「え・・・、芳輝?」
「あ、数馬。」
やっぱり芳輝?
え?
子ども?
「よお。」
女の子を抱いたままこっちに移ってくる姿が板に付いている。
絶対によその子じゃない!
「よいしょ。」
俺が何も言えないでいる間に隣に腰掛けて、ひざの上の女の子の位置を直す。
女の子は半分眠りながら、もぞもぞと芳輝に寄り掛かった。
「あの・・・?」
何て言えばいいんだ?!
「あ、これ、妹。」
妹?!
「で、あっちが弟。双子なんだよ。3歳になったばっかり。俺が中2のときに生まれたんだ。」
中2で弟と妹ができた?!
いや、べつに悪くはないけど・・・。
「そ・・、そうなんだ。」
「で、あれが母親。」
あの綺麗な・・・あ、あいさつされちゃった。
「初めまして・・・。」
芳輝の・・・お母さん?
俺たちの年代の母親にしては若くないか?
30歳くらいにしか見えない。
もしかして・・・血がつながってないなんて・・・。
「あ、ちゃんと俺の母親だよ。」
「あ、そうだよな、もちろん。」
俺が考えてること、分かった?
「中学くらいから、けっこう訊かれるんだよ、『お父さん、再婚したのか?』って。俺、母親似だって言われてるのにさあ。」
母親似・・・?
たしかに芳輝は綺麗な顔立ちだ・・・けど。
「・・・お母さん、何歳?」
一応、小声で。
「ええと、19歳のときに俺が生まれてるんだから・・・36?」
36歳?!
19歳で出産?!
「や、やっぱり若いな。うちの母親と10歳以上違う。」
俺は3番目の子どもだから仕方ないけど・・・、それでも、うちの母親とは質が違う気がする!
うちの母親が36歳のときに、あんなに綺麗だったはずはない!
「ちなみに父親はあれ。」
え?
お父さんもいたのか?
「・・・・・。疲れちゃってるみたいだね。」
お母さんの隣でぐっすり眠ってる太鼓腹のおじさん。
たしかに芳輝はお母さんの方に似ているに違いない。
「うん、緊張してたから。母方の祖母の家に行って来たんだよ。結婚してずいぶん経つのに、未だに緊張するって言ってさ。ははは。」
奥さんの実家・・・。
今日の俺も同じようなもの?
「まあ、だいぶ反対されたらしいから仕方ないかな。」
「反対?」
「うん。母さんは中学のころからモデルをやってて、」
モデル!!
それでこんなに綺麗なのか!
「って言っても、そんなに売れてたわけじゃないよ。ファッション誌で服の紹介をする程度だったらしいけど。」
いや、それでも十分に・・・。
「高校生のときに、たまたま行った出版社で父親と会って、」
「お父さん、記者とかカメラマン?」
「あはは! 違うよ。総務系の人間。母さんが廊下でトイレの場所を訊いたんだって。それで、お互いに一目惚れ。」
一目惚れ・・・。
今日は茉莉ちゃんからもこの言葉を聞いた。
その相手は俺じゃなかったけど・・・。
「母親の家族は、もう少し世の中を見てからにしたら、って言ったそうだけど、それを押し切って結婚したんだって。で、一年で俺が生まれて。」
「若いお母さんで羨ましいなあ。それに、綺麗だし。」
「くく・・、友達はみんなそう言うよ。母さんは苦労したみたいだけど。」
「苦労?」
「うん。たとえば、幼稚園とか学校とかで母親が集まるだろ? そうすると、どうしても年代が合わないんだよ。それに、高学歴のお母さんも多いから、それで悔しい思いもしたみたいでさ。」
「ああ・・・。」
大人の世界って、意外と排他的なところがあるんだな。
芳輝のお母さんが綺麗だから、余計にそういうことになったのかも?
「先生の中にも『和田さんはお若いから、よく分からないでしょうけど』みたいなことを言う人がいたらしくて、ときどき癇癪起こしてたよ。」
教師にもそんなふうに配慮のないことを言うひとが・・・。
「で、俺が小学校に入ったころからかな、大学の通信教育課程で勉強を始めてさ、時間はかかったけど、今はちゃんと大学卒業の資格を持ってるんだよ。」
「へえ。お前を育てながらじゃ、忙しかっただろうな。努力家なんだなあ。」
「まあね。俺が学校から帰るとテーブルに勉強道具が広げてあったこともあったし、夕飯を作りながら教科書を読んでるのも見たよ。」
「通信講座のCMみたいだな。」
「うん。ああいうのは本当にあるんだよ。」
「かっこいいな、そんなふうに頑張る母親って。」
「だよな。だから俺も、勉強を頑張れるんだと思う。それに、頑張ってる茉莉花を応援したくなるのも、そのせいだよ。」
あ。
「そうか。芳輝のお母さんって、たしか、茉莉ちゃんと同じ名前・・・。」
「そう。真理の花って書いて真理花。この名前の人は、頑張る人が多いのかな。」
「そうかもな。」
「今も小さい双子の子育てで頑張ってるし。」
そう言ってお母さんを見る芳輝の目が優しい。
「大変だろうなあ。」
「うん。父親は普段は帰りが遅いからね。だけど、中学のときに、子どもが生まれるって言われたときにはものすごいショックだったよ。けっこうマザコンだったのかもしれないけど。」
「まあ・・・、誰だってそうじゃないか? 中2って、難しい年頃だし。」
それに、あのお母さんだったら、俺だってマザコンになるよ。
「そうかもな。だけど、母親に『子育てって楽しいから』って言われたら気持ちが落ち着いてさ。俺を育てるのが楽しかったんだって分かったからかな? で、実際に生まれてみたら、小さくて可愛いし。」
そう言って、腕の中で眠っている妹を抱き直す。
「慣れてるなあ。すぐにでも父親になれそうだよ。」
「そうだろ? ほら、もう母さんも若くないから、いたずら盛りの双子を一人で見るのは体力的に大変なんだよ。だから、高校に入ってからは部活にも入らないでいたんだけど。」
「そうだったのか・・・。」
「虎次郎が生徒会の話を持って来たとき、母さんに話したら、『今しかできないことをしなさい。』って言われたんだよ。考えてみたら、妹たちも大きくなってきて二人で遊べるようになってきたし、生徒会は運動部ほど遅くならないし、土日は活動がないからね。それなら大丈夫かなって。」
芳輝って・・・大人だ。
家族のことを考えて、自分も頑張って、友達のことも心配して。
自分のことだけで精一杯な俺とは全然違う。
「ん・・・? おにいちゃん・・・?」
あ、起きた。
「どうした?」
やさしい言い方だなあ。
あ、こっち見た。
「・・・だれ?」
「友達。数馬くんだよ。」
「かずまくん・・・?」
まだ寝ぼけてるのかな?
目をこすりながら、ぼんやりしてるところが可愛い。
話しかけてみようかな?
「こんにちは。」
あ、笑った。
「メガネ、とって。」
え?
メガネ?
「メガネをかけてる人には必ず言うんだよ。」
へえ。
「いいよ。はい、とったよ。」
にこにこして手をたたいてる。嬉しいのかな?
もう、いい?
「かずまくん、あのね。」
どうしたのかな?
ご機嫌だけど。
「なに?」
「ハナちゃんねぇ、かずまくんのおよめさんになってもいいよ。」
「え?!」
「プッ! やっぱり!」
「芳輝・・・。」
笑うなよ。
「ハナはね・・・、ああ、羽に奈良の奈で羽奈っていうんだけど、親戚中からイケメンハンターって言われてるんだよ。」
イケメンハンター・・・。こんなに小さいのに・・・。
認められて喜ぶべきなのか・・・?
「羽奈。数馬くんはダメなんだよ。決まったひとがいるんだから。」
うわ、芳輝?
そんなこと、説明しなくても・・・。
「きまったひと?」
「うん、そうだよ。茉莉花ちゃんっていうんだよ。」
「芳輝、あの、」
相手が小さい子でも、はっきり言われたら恥ずかしいよ!
「まりかちゃん? ママとおなじなまえ?」
「そう。そうだよな、数馬? 今日、二人で出かけたんだろう?」
え?
「知ってた・・・?」
「くくっ・・。何言ってんだよ。あの駅から乗ってきたらわかるよ! それに、きのう、茉莉花から電話があったし。」
「電話・・・?」
「数馬が迎えに来るって言ってるけど、どういう意味だろう、って、パニック状態で。」
茉莉ちゃん・・・。
芳輝に報告するって、そういうことか・・・。