◇◇ HAPPY のち ドッキリ。 ◇◇
「焼き豆腐、麦茶、たまご・・・。」
ああ・・・、こんなにHAPPYでいいのかな?
数馬くんとスーパーでお買い物をすることが、こんなに幸せだとは思わなかった・・・。
こうやって見上げれば、隣で数馬くんが・・・ほらね! にっこり笑ってくれるんだもん!
わたしにだよ!
ああ、もう・・・しあわせ!
“わたしの数馬くん” ・・・なんて! やだ、もう!
浮かれ過ぎ?
でも、仕方ないでしょう? ブレーキがかからないんだもの。
かける必要もないよね?
今日の昼間までは、あんなに恥ずかしかったのに。
いったい何が変わったんだろう?
あ。
もしかして、あれかな?
数馬くんに腹を立てたこと。
なんとなく、あれで数馬くんと立場が並んだような気がするものね。
それに、もう、気持ちを隠す必要がないことも?
「72円のお返しです。ありがとうございました。」
レジのお姉さん、どうもありがとう♪
あーあ、残念。
楽しいお買い物はこれでおしまい。
でも。
今日はまだお別れじゃない。
一緒にご飯を食べるんだもの〜。
「あ、持つよ。」
あ。
やっぱり優しいよね。
「ありがとう。」
スーパーの袋を提げてる二人連れって、どんなふうに見える?
仲良しの夫婦、とか?
恥ずかしい〜。
「もう真っ暗だね。」
外?
「ホントだ。」
二重の自動ドアの向こうは夜の景色・・・ん?
あれは、桃ちゃん?
入ってくる?!
やだ、絶対にまた何か言われる!
会いたくないよ!
数馬くんに隠れても意味がないかしら・・・?
「茉莉ちゃん?」
名前を呼ばないで〜!
気付かれたくないの〜!
「あら? わあ、日向くん?」
見つかっちゃったよ・・・。
ああ、嬉しそうな声・・・。
「あ、ああ、浜野さん。」
そうだ。
逃げちゃおうかな? そうっと後ろにさがって行けば・・・え? 下がれない?
手首が?!
数馬くん?!
つかまえられてる。ガシッと。
わたしが考えてること、わかった?
「あら? 茉莉花?」
「ああ、こ、こんにちは、桃ちゃん。お買い物?」
「うん・・・。」
その目つき。
何を言いたいのかわかる気がする・・・。
「浜野さん、この辺に住んでるの?」
「あ、うん、そ、そうなの。」
わたしに向けるのとは違う笑顔。
男の子なら誰でも見とれてしまうような。
「日向くんは・・・どうしたの?」
なんて答えるの?
言ってほしいような、言わないでほしいような・・・。
「俺?」
数馬くんの声、ちょっと楽しそう?
ここからは見えないけれど、いたずらっ子が誰かを驚かせようとするときみたいな顔をしているんでしょう?
「今日は茉莉ちゃんと出かけててね、これから家で夕飯をご馳走になるんだよ。」
言っちゃったーーーー!!
やっぱり恥ずかしいよーーー!
「ね、茉莉ちゃん?」
「・・・・・。」
息が詰まって、うなずくことしかできません・・・。
心臓が爆発しそう。
「そ・・うなの? 仲がいいのね。」
その笑顔、なんとなく怖いよ。
「うん・・・、まあ、はい。」
「行こうか、茉莉ちゃん。おばさんが待ってるよ。じゃあね、浜野さん。」
ほ。
やっと。
「バイバイ、桃ちゃん。」
数馬くん、引っ張らないで〜。
「うん・・・、バイバイ、茉莉花。」
スーパーを出て、駅とマンションをつなぐデッキへの階段を上る。数馬くんに手首をつかまれたまま。
階段を一段抜かしで上っていく数馬くんに合わせて小走りになりながら。
「茉莉ちゃん。」
上りきったデッキの端に寄って、ようやく数馬くんが手を放して振り向いた。
もしかして、怒ってる?
「はい・・・。」
「一人で逃げようとしたよね、さっき?」
あー・・・、そのこと・・・?
「だって・・・、苦手なんだもん、桃ちゃんのことが・・・。」
「苦手って、俺だって同じだよ。」
あ、そうだったの?
「ごめんなさい。」
「・・・もういいけど。」
ため息をつきながらふっと笑って、数馬くんが歩き出す。
わたしも隣を。
「茉莉ちゃん、浜野さんと知り合いだったの?」
「うん。同じ中学だから。2年と3年で同じクラスだったし。」
「へえ、初めて知ったよ。どっちからも、そういう話を聞いたことがなかったと思うけど・・・。」
「まあ、それほど仲が良かったわけじゃないから。」
わたしは接点がないようにしてきたし。
「ふうん。事情はわかったけど、だからって俺を置いて逃げようとするなんて、ひどいよ。」
「・・・はい。ごめんなさい。」
「俺、・・・自慢で言うんじゃないよ、浜野さんにプレッシャーかけられてて。夏休みごろから。」
あ。やっぱり?
「最近、それがますますパワーアップしてて、けっこう困ってたんだよ。そっけない態度をとっても、全然気にしないし。」
あれ?
桃ちゃん、あきらめたんじゃなかったの?
「だからさっき、茉莉ちゃんと一緒のところを見てもらえば解決すると思ってほっとしたのに、一人で逃げようとするなんて。」
「ごめんなさい・・・、ほんとうに。」
わたし・・・、またやられたんだ、桃ちゃんに。
何度も嫌な思いをしているのに、あんなに簡単に信じてしまうなんて、わたしって間抜けだなあ・・・。
いいえ。
ここは、 “さすが演劇部!” ってことにしておこう。
「まあ、いいや。きっと、さっきので解決したよね? ああ、ほっとした〜。」
結局、桃ちゃんはほんとうに失恋しちゃったんだもんね。
数馬くんのことをどのくらい好きだったのかはよく分からないけれど、わたしは今は幸せだから、桃ちゃんのしたことは許してあげるよ。
それにしても、そうまでしてわたしに嫌がらせするなんて、どうしてなんだろう?
しかも、あの日に同じ電車になったのはまったくの偶然だったのに、それを利用してあんなことを言うなんて、頭の回転速いよね。ある意味、脱帽しちゃう。
「あ。芳くんに報告しなくちゃ。」
・・・っと! いけない!
「芳輝?」
聞こえた?
今さら口をふさいでも遅い?
「い、いえ、あの、何も・・・。」
ないのないのないの!
報告することなんてありません!
「茉莉ちゃん・・・?」
怖い顔しないで〜〜〜!
「あ、あの、やだなあ、数馬くん。失恋したと思ったときに、相談に乗ってもらったことは、もう知ってるじゃない。」
「うん・・・、それは聞いたけど。あ!」
え?
なに?
「そもそも、その失恋の話がよくわからないよ。どうして茉莉ちゃんが、勝手に失恋なんかしたんだよ?」
“勝手に” っていうわけではないんだけど・・・。
「それに、どうして、その相談相手が芳輝なんだよ?」
「そ・・・、それは、その・・・。」
話せば長くなりそうな、話すのは恥ずかしいような、話しちゃいけないこともありそうな・・・。
「あ、着いたよ、数馬くん。ただいまー。買ってきたよー。」
「茉莉ちゃん?」
「数馬くん、このスリッパ、どうぞ。荷物持ってくれてありがとう。それ、もらいます。」
「茉莉ちゃん。」
「ええと、ジャケット脱いだらどうかな?」
「え、ああ、うん。・・・だけど、茉莉ちゃん。」
「じゃあ、中に掛けておくからちょうだい。」
「う・・ありがとう。だけど、」
「お母さーん、もう材料切り終わった? 何かお手伝いすることはなーい?」
「茉莉ちゃん。芳輝のことは。」
ダメか・・・。
仕方ないな。
ああ、ほんとうにわたしって抜けてるなあ・・・。
「ええと、話します。話すけど・・・もうすぐご飯だから、あとでね。」
この笑顔で、どう?
あらら。
大きなため息・・・。
「わかった。」
忘れてくれるといいな。
「絶対だよ。」
ダメかな・・・。