◇◇ あきらめました。 ◇◇
きのう、啓ちゃんに連れられて手伝いに行った生徒会は、みんな親切だったし、頼まれた仕事は難しくなかったのでほっとした。
帰りはみんな一緒に駅まで歩いて、15分の駅までの道のりがいつもよりも短く感じるくらい。
副会長の塩田先輩と木下さんが電車も同じ方向だったから、そのあともいろいろおはなしできて楽しかった。
日向くんに話しかけるのは予想通り無理だったし、気にしていることを気付かれるのも恥ずかしくて、ずっと見ないようにしていた。
だって、もしも、わたしが見ているときに日向くんがこっちを向いたりしたら・・・考えるだけでもどうしたらいいのかわからない!
でも・・・視線は勝手に日向くんへ向かってしまう。
電車の方向が同じじゃなくてよかった・・・。
生徒会のひとたちはわたしとは違うと思っていたけれど、そんなことなかった。
みんな面白いことがあれば笑うし、誰かをからかったりもする。
物を落としたり、驚いたり、悪態をつくこともある。
厳しいことを言うこともあるけれど、意地悪ではないし、実際にはみんなで協力して助け合っている。
要するに、 “普通” なのだ。
特別に変わったところがあるわけではない。
・・・全員、優秀なのは間違いないけれど。
そうは言っても。
今日の放課後になってみると、やっぱり怖気づいている自分がいる。
一人で行って、あの戸を開ける瞬間が怖い。
もしかしたら、 “また来たのか” なんていう顔をされるかも知れない。
今日は啓ちゃんは迎えに来ないはずだし・・・。
やっぱり・・・帰っちゃおうかな。
来ると思っていてくれたら申し訳ないけれど、早く仕度して・・・。
「あれ? 日向?」
左うしろから栗原くんの声。
『日向』?
まさか・・・。
そっと振り向くと、後ろの出入口にバッグを肩にかついだ日向くんが。
目が合う前に前を向く。
まさか?
啓ちゃんに送り込まれたの?!
・・・待って。
まだ、わたしを迎えに来たとは決まってない。
栗原くんに用があるのかも。
「珍しいな。どうしたんだよ?」
やっぱり栗原くんだよね?
わたしじゃ・・・。
「ちょっと迎えに。」
う。
ってことは。
「誰を?」
「ええと、・・・大野、さん・・・。」
やっぱり〜〜〜〜!!
啓ちゃんのばか!
しかも、どうして日向くんなの?!
どうして木下さんじゃないの?!
日向くんと二人で生徒会室まで行かなくちゃいけないの?!
恥ずかしい!!
無理だよ!!
「ああ、生徒会か。大野。お迎えだぞ。」
ああ・・・、二人でなんて無理!
途中まででもいいから、誰かに一緒にいてほしい。
・・・一緒に?
そうだ! 栗原くんに一緒に・・・・でも。
どうしよう?
男の子に「一緒に」なんて言ったことないよ。
だけど、今は緊急事態だし。
「あの、栗原くんももう部活行くんでしょう? 途中まで一緒に行こうよ。」
言えた〜〜〜!
ちょっと声が震えちゃったけど、気付かれてないよね?
2階までは一緒に行けるはずだよね?
「おう。そうだな。」
よかった〜!
これで道のりの半分はなんとかなった!
・・・ええと。
予定と違うんですけど。
こういう並び方じゃなくて。
日向くんと栗原くんが、並んでくれればいいんだよ?
そうすれば、わたしは2人のうしろを歩くから。
なにも、わたしの両側を歩かなくても。
日向くんが隣にいたら緊張するよ!
それに、目立っちゃう〜!
だって。
背が高くて、乱れた服装(ほんとうはお洒落なのかもしれないけど)で、ポケットに手を突っ込んで大股で歩く栗原くん。
ふわりと少しななめに下ろした前髪に黒縁メガネが賢そうで、いつも姿勢がいい颯爽とした日向くん。
そのまんなかに、メガネをかけておどおどした小さいわたし。
どんな組み合わせよ?!
「そうだ。俺、今年、委員長になっちゃった。」
栗原くんが思い出したように話し始めた。
なんでもいいから話題が欲しいと思っていたところだった!
「委員長?」
「そう。風紀委員会の。2年連続でやってるのが俺だけだったから、やれって言われて。」
栗原くんが風紀委員長・・・。
「その服装のことは何も言われなかったの?」
「まあ、このくらいはどうにでもなるからなあ。制服は改造してるわけじゃないし、髪も染めてないし、ピアスもしてないし。」
たしかに。
「じゃあ、来週の委員長会議にはお前も来るのか。」
「そうだよ。よろしくな、日向。」
ふうん。
栗原くんがねえ。
どんな委員長なんだろうな。
栗原くんが去ってしまったら、胸がドキドキして、どうしたらいいのかわからない!
とにかく、目が合わないように気を付けて。
生徒会室まであと少し。
がんばれ、わたし!
黙ってしまうことが怖くて、話題を探して頭がフル回転してる。
テストのときよりも、もっと。
でも、思い付く話題はくだらな過ぎて、口にする勇気が出ない・・・。
「大野さん、栗原と仲良かったっけ?」
「え? あ、はい。普通には。」
びっくりした〜!
なんだか敬語になっちゃってるよ!
「そう。去年、あいつと一緒の風紀委員は大変そうに見えたから。」
「ああ・・・そう、かな。たしかに困ることもあったけど、栗原くんはそれなりにいいところもあるので・・・。」
だから日向くんも仲良しなんでしょう?
「栗原くんと友達になれたから、風紀委員もやった甲斐があったかなって、今は思ってるの。生徒会も、そうなるといいけど・・・。」
「大丈夫だよ。俺が・・・みんながサポートするから。」
みんなが支えてくれる・・・?
「うん・・・そうだね。がんばります。」
やっぱり優しいひとだ・・・。
ありがとう、日向くん。
生徒会室に着いたとき、思い付いた。
「あの・・・、明日はお迎えはいいです。自分でちゃんと来ますから。」
うん。
もう逃げるのはあきらめよう。
「え?」
あれ? 困ってる?
「ええと、その、星野先輩から・・・金曜日までは絶対に行けって言われてて・・・。」
啓ちゃん!
日向くんに、なんてことを頼んでるのよ!
「大丈夫です・・・、ちゃんと来ますから。け、星野先輩にはわからないよ。」
来ないと日向くんが困っちゃうもんね。
「いや、あの、それだと先輩にウソをつくみたいになっちゃうし・・・俺はべつに面倒でもなんでもないし・・・。」
ああ。
やっぱり真面目なひとだよね、こんなに困っちゃうなんて。
たしかにウソをつくのって嫌だ。
でも、一緒に歩くのは恥ずかしい。だけど・・・どうしよう?
こんなふうに言われると、拒否できない。
困っちゃう部分が99%くらいだけれど、1%は嬉しいし・・。
「・・・・じゃあ、お願いします。」
「うん。」
あ〜。
笑いかけてくれた。
やっぱり嬉しい。
ガタン!
うわ!
戸が開いた!
「早く入れば?」
啓ちゃん!
聞こえたかな?
ごまかそうとしたこと、わかっちゃった?
日向くんのあとから生徒会室に入るとき、啓ちゃんがささやいた。
「相手が真面目な日向じゃ逃げられないだろう、ジャス?」
啓ちゃんって、わたしのことは何でもお見通しなんだろうか・・・。