◆◆ 準備 ◆◆
今週になって、茉莉ちゃんの様子が変わった。
金曜日には俺のことを拒否するようだったけれど、月曜日にはそれは消えていた。
消えて・・・元気で親しげになった。
“元気で親しげ” 。
よく笑うし、話をするときも気軽に。
もしかしたら、前よりもたくさん話しているかもしれない。
何も問題はない。
ほかのみんなと同じなんだから。
なのに・・・。
この物足りなさは何だ?
一緒に話して笑っているのに、手が届かないような気がするのはなぜだ?
茉莉ちゃんの気持ちが芳輝に向いているから?
茉莉ちゃん・・・。
金曜日・・・茉莉ちゃんの誕生日に、俺の気持ちを伝えるよ。
もう遅いのかも知れないけど。
その前に・・・。
「めずらしいね。何か相談事?」
「すみません。受験勉強が忙しい時期なのに。」
水曜日の昼休み、星野先輩を訪ねた。
茉莉ちゃんに告白する前に話したかったから。
相変わらずカッコいいな。
茉莉ちゃんはこの人を見て育ったんだ。
俺なんか・・・・・今は、そんなことを考えるのはよそう。
「茉莉ちゃんのことで・・・お話が。」
「んん? なんだよ、日向。そのあらたまった態度は?」
「あの・・・、ええと、・・・ちょっと言いづらいんですけど、その・・・。」
ああ、もう!
覚悟を決めてきたはずなのに!
「あ! もしかして、プロポーズ? それなら俺じゃなくて、伯父さんと伯母さんに・・」
プロポーズ?!
「え? あ、あの・・・。まだ、そこまでは・・・、ええと・・・。」
「違うの? さっさと決めちゃえばいいのに。」
「さっさと、って・・・?」
なんだろう?
何か話が微妙に食い違ってるけど・・・?
先輩も首をひねってるよ・・・。
なぜ?
「日向。はっきり訊くけど、ジャスとはどのくらいの仲なのかな?」
!
「あの、ええと・・。」
「デートは何回くらいしたの?」
「は?」
デート?!
「いっ、いえ、あの、まだ・・・。」
「え〜〜〜〜〜っ?!!」
驚かれてる?!
「何やってんだよ!!」
「はいっ! すみません!!」
なんで怒られてるんだ?
何を?
「もう・・・。まったく日向もジャスも・・・、はあ・・・。」
ため息つかれても・・・。
「すみません・・・。」
何が?
「で? 今日は何の用?」
そうだった。
照れてないで言わないと。
「あの、俺、・・・その、茉莉ちゃんのことが好きなんです。」
言えたーーー!!
「ああ、そう。それで?」
・・・あれ? それだけ?
なんだか当たり前みたいに・・・。
それに、あきれたような態度・・・、なぜ?
「こ、今週の・・・茉莉ちゃんの誕生日に告白を・・しようと、思って・・・。」
「うん、わかった。どうぞ。」
?
「あの、いいんですか?」
もっと何か言われると思ったのに。
覚悟はできているのか、とか・・・。
「は? 何が?」
「俺が茉莉ちゃんに・・・その・・・。」
「なんで俺が関係あるの? そりゃあ、俺はジャスの兄代わりだけど・・・、ああ、もしかして、あのときのことを気にしてる? 彼氏の条件って言ったこと。」
「ええと、それも少しはありますけど、それよりも、生徒会役員の心得の方で・・・。」
「生徒会役員の心得? ・・・なんのこと?」
「『役員同士の恋愛禁止』って・・・。」
「え? なにそれ? 聞いたことないけど?」
え?
知らない?
「あの、先輩から引き継いだ『会長ノート』に・・・。」
「あれに? そんなこと、書いてあったっけ?」
「いいえ、書いてあったっていうよりも、紙がはさんであって、そこに・・。」
「『恋愛禁止』って?」
「はい・・・。」
「うーん・・・?」
考えてる。
じゃあ、あの紙はどういう・・・?
「あ! 思い出した! あったね、確かに。」
「はい。」
「あれって・・・、何かのいたずらかと思ってたけど?」
いたずら?
「だって、変だっただろ? 気持ち悪いし。」
「はい。」
「だから、誰か、焼きもちを焼いた生徒が嫌がらせで生徒会室に投げ込んだとか、そんなものかと思ってた。」
「嫌がらせ・・・。」
「貼ってなかったし、印刷だったよね?」
「はい。」
「筆跡がわからないように隠すためじゃないかな?」
言われてみれば・・・。
そんなものに、あんなに悩んでた?
俺はなんて馬鹿正直なんだ・・・。
「あれを気にしてたの? ずっと?」
「はい・・・。」
まあ、それだけじゃなくて、時期を待っていたってこともあるけど・・・、ああ、力が抜ける・・・。
「あんなものを・・・なんで?」
「その・・・、もしかしたら、星野先輩が入れたのかもしれないと思って・・・。」
「俺が?! 何のために?!」
「あ・・・、茉莉ちゃんを守るために・・・。」
「ジャスをって・・・、いくらなんでも・・・。」
そうだよな・・・。
よく考えたら、そんなのやり過ぎだよな。
いくら大事ないとこだって言ったって・・・。
「なんだ・・・。それで、俺のところに決意を伝えに来たのか。」
「はい・・・。」
「まったく・・・。日向はやっぱり純粋で真面目だよなあ。ふ・・・はははは。」
「すみません。」
俺、あれこれ一人で考えて・・・いったい何をやっていたんだろう?
「そうかあ。それで今までね。なるほどねえ。くふふふ。」
「はあ。すみません・・・。」
笑われてるし・・・。
「じゃあ、金曜日なんだね? しっかりやれよ。じゃあな。」
「はい。ありがとうございます。」
反対はされないみたいだな。よかった・・・。
・・・ん?
ってことは、もしかして、俺、星野先輩の審査は合格してるのか?
・・・ってことは?
最初に怒られたのって・・・茉莉ちゃんに早く告白しろってこと?
え?
もしかしたら、星野先輩から見たら、可能性があるってこと?
あれ?
だって・・・茉莉ちゃんには好きなひとが・・・。
先輩、知らなかったのかな?
・・・そうかもな。
いくら仲が良くても、話さないことだってあるよな。
まあ、いいや。
とりあえず、ハードルを一つ越えた。 ・・・っていうか、消えた。
次は・・・。
「堀。」
「え? どうした、日向?」
「合唱祭のことで確認したいんだけど。」
「ああ、うん。なに?」
「クラスごとの持ち時間ってあるだろ? あれ、その中に収まらないとどうなるんだ?」
「ああ、その場合は失格だな。」
「失格?」
「そう。イベント委員の中にタイムキーパーがいて、ちゃんと計ってるんだよ。入退場も含めて12分以内に収まらないと失格。」
そうか・・・。
「わかった。ありがとう。」
じゃあ、舞台でっていうのはダメか。
熱心に練習しているみんなに迷惑をかけるわけにはいかないからな。
そうすると、やっぱり放課後か?
「日向く〜ん。」
うわ、浜野さん。
「あ・・・、なに?」
「合唱祭のあとに、軽く打ち上げをやろうっていう企画があるんだけど、どうかなあ?」
「打ち上げ?」
「うん。クラス全体のとは別に、主要メンバーでとりあえずお疲れさまって。」
「主要メンバー?」
「えっとぉ・・、イベント委員と指揮と伴奏、それに指導とか、いろいろかかわったメンバーで。」
浜野さんは選曲だけしかやってないけど、主要メンバーってこと?
・・・まあ、 “かかわった” と言えば、確かにそうだけど。
「ごめん。俺、ちょっと都合が悪いんだ。」
茉莉ちゃんとの大事な用事が入る予定だから。
「え〜。日向くんが出られないんじゃ、つまらない。伴奏は合唱祭でも大事な役割なのにぃ。」
ああ、もう!
そういう目で俺を見ないでくれよ!
「俺はクラス全体のに出られればいいから、遠慮しないで行ってきて。」
「あーあ、仕方ないか・・・。ねえ、じゃあ、クラスのには絶対に出てね!」
「わかった。」
そのときは俺につきまとわないでくれよ。
「遅くなってごめん!」
「おお、日向。相変わらず7組は熱心だなあ。」
「うん。俺はそろそろ飽きてきちゃったけど。」
「あの、日向くん。」
「あ、はい。なに?」
来て早々に茉莉ちゃんと話ができるなんて!
だけど・・・。
やっぱり何か、物足りない。
気軽過ぎるっていうか・・・。
「あさって・・・、金曜日なんだけど、お休みしてもいい?」
え?
金曜日?
お休みって・・・。
「あの、生徒会を、ってこと?」
「うん。」
そんな!
「う・・・ん、いいけど・・・。何か用事? その・・・めずらしいね。」
誕生日だよ。
誰かと約束があるの?
「あのね、クラスで簡単なご苦労さまの会をやろうって。わたし、課題曲のリーダーだから出てほしいって言われて。」
「あ、そうなんだ・・・。」
特別な約束ではない。
特別な約束ではないけど・・・、特別な日なのに!
「・・・食事会?」
「そうみたい。ファミレスらしいけど。」
何時に終わる?
家に帰るのは8時? 9時?
「そう。楽しいといいね。」
「うん。ありがとう。」
俺のための時間は・・・?