◇◇ お友達です。 ◇◇
「数馬くん、これで間違ってないかな?」
「え? ちょっと見せて。ええと・・・、うん、大丈夫だよ。」
「ありがとう。」
なんだか不思議。
金曜日に失恋して落ち込んで、数馬くんと話すこともつらいと思ったのに、今日はこんなに普通に話せてる。
やっぱり芳くんと栗原くんのお陰だ。
きのう、あんなにたくさん笑って、ほんとうにすっきりした。今までのことを吹き飛ばした感じ。
なんとなく、 “新しい自分!” みたいな。
たしかに全部が消えてしまったわけじゃない。
今日も、一番最後に生徒会室に来た数馬くん。
合唱の練習だけ?
ほんとうは、練習が終わったあとに森川さんと・・・?
ちらりとそんなことを思ったら、胸がズキンとした。
けれど、それも一瞬で、こうやって数馬くんと普通にお話しできるくらいには回復した。
――― 普通に。
もしかしたら、前よりも近いかもしれない。
たぶん、恥ずかしさが減ったから。
前は、何もかも恥ずかしかった。
話すこと、目が合うこと、近くにいること。
自分の気持ちに気付かれるのが怖くて、自信がなくて、失敗したらどうしようって考えて・・・緊張ばかりしていた。
でも、今日は平気。
今だって数馬くんを好きなことに変わりはないけれど、数馬くんとはお友達以上に発展することがないと思ったら、なんだか安心してしまった。
・・・変な理屈。自分でもよくわからない。
もしかしたら、わたしって片思い向きなのかも。
こうやって、好きなひとを見ていることが合ってるのかも。
うん・・・、きっと、そうなんだ。
よく考えたら、入試のときに一目ぼれして以来、ずっと片思いだったんだもの。
あの頃は数馬くんと話すこともめったになくて、それでも好きなことは変わらなくて。
接点がないことは残念だったけれど、あきらめていたからつらくはなくて。
心の中で話しかけて・・・、今は生徒会の仲間として話ができるだけ恵まれてるね。
気楽な片思い・・・か。いいね♪
「ふふ。」
「茉莉花先輩、今日はなんとなく生き生きしてますね。」
「え? そう?」
「はい。なんだか、元気いっぱいに見えますよ。」
元気いっぱい?
「そうかな・・・?」
眉をちょっと上げた芳くんと目が合った。
うん。
やっぱり、芳くんと栗原くんのお陰だ。
「そうだね。今日は楽しい気分だな。」
そんなふうに考えたら、ほんとうに楽しい気分になってきた。
鼻歌まで出ちゃいそう。
「あ。ジャスミン先輩の誕生日、もうすぐですね!」
「あ、そういえば、そうで〜す! 慎也くん、覚えててくれてありがとう。」
「僕だって忘れてませんよ。」
「ほんとう? ありがとう、潤くん。すごいなあ、今年は男の子が二人もお誕生日を覚えててくれるなんて。」
「17歳ですよね? なんとなく特別な感じがしますね! 茉莉花先輩、大量にプレゼントが届いたらどうします?」
「やだ、涼子ちゃん。そんなこと、あるわけないじゃない。」
「そういえば、去年、星野先輩の誕生日にそんなことがあったぞ。なあ、数馬?」
「え? 啓ちゃんの?」
「うん、そうだったよ。来るときに、もう紙袋2つ持ってたのに、ここにいる間にも7、8人持って来て。」
「さすが・・・。」
「茉莉花だって、星野先輩のいとこなんだから、同じことがあるかも知れないぞ。」
「いくらなんでもあり得ないよ! 啓ちゃんみたいなスター性はないから。」
それに、わたしが一番欲しいのは・・・ダメダメ! もう無理なんだから!
でも・・・。
いいえ。
やっぱり、あり得ないよ!
「茉莉花先輩、聞いてくださいよ!」
駅に向かう道。
金曜日にはつらかった道を、今日はみんなとの会話を楽しみながら歩くことができる。
「どうしたの?」
「最近、慎也くんの人気が急上昇してるんです。」
「あ、涼子! 黙ってろって言ったのに!」
「いいじゃない、茉莉花先輩なら。」
ふふ。
なんだか楽しそう。
「何があったの?」
「夏休みが明けてから、慎也くん、五人の女子から告白されてるんですよ。」
「え?! 五人?! ・・・三か月で?」
すごいな。
「ええと・・・もともと人気があったのでは?」
「え〜? そんなはず、ないですよ。」
涼子ちゃん、そんなにはっきり言ったらかわいそうだよ・・・。
「あの、その子たちに、慎也くんはなんてお返事をしたの?」
「全員断りました。」
「あらら・・・。」
かわいそう。
「仕方ないですよ。僕が好きなのはジャスミン先輩ですから。」
「あ、ああ、そうなの・・・? どうもありがとう。でも・・・。」
今のところ、慎也くんは普通の後輩なんだけど・・・。
「茉莉花先輩、気にしないでください。要するに、慎也くんには “憧れのひと” しかいないってことですよ。まだ恋ができない子供なんです。」
「はあ・・・、そうですか・・・。」
「ふん。涼子はそう言うけど、俺は今、いい男になるために努力してるんだぞ。」
いい男?
努力?
「そうなの? どんな?」
「数馬先輩を見習ってるんです。」
「数馬くんを?」
「はい。数馬先輩って何でもよくできるのに威張らないし、優しくて親切じゃないですか? だから、僕もそれを見習って、誰にでも優しくて親切にしようと思って。」
優しくて親切・・・。
そうだね。
それって、数馬くんそのものだね。
「でもね、先輩、慎也くんのはちょっとやり過ぎじゃないかって思うんです。」
「やり過ぎ?」
「だって、この短期間に五人ですよ? 多過ぎますよ。慎也くんの “優しくて親切” は、女子に誤解させるような親切なんですよ、きっと。」
!!
女子に誤解させる・・・。
やだ。
なんだかドキドキしてきちゃった・・・。
「涼子。俺はべつに誰かを特別扱いしてるわけじゃないぞ。あれは女子たちが勝手に思い込んだだけで。」
勝手に思い込んだだけ・・・。
ああ。
わたしだけじゃないんだね。
「慎也くん。」
「あ、はい。」
「優しくて親切なのはいいことだけど、それが逆に相手を傷つけることもあるから、気を付けてね。」
「・・・はい。」
「茉莉花先輩・・・?」
どんなに小さな期待でも、それを打ち消されたときには苦しくてつらい・・・。
あ。
暗い顔なんてしてちゃダメ。
何か楽しい話題でも・・・。
「ねえ、涼子ちゃん。慎也くんて、少し髪型を変えてみたらどうだろう?」
「あ、イメチェンですか? いいですねえ。どんなのが似合うでしょうね?」
どんな?
そういえば、数馬くんの髪を・・・。
ふぅ。
わたしったら間抜けだね。
自分で思い出のある話題なんか出しちゃって。
「そうねぇ・・・、思い切って両サイドを短くして、鶏のとさかみたいに真ん中を立てたり?」
「ジャスミン先輩、それ、モヒカンですか?!」
「あ、わかった? 生徒会役員だから、さすがに赤とか金とかにはできないけど、インパクトあるよねー。」
あの日・・・、一緒に文房具屋さんに行ったんだった。
わたしとおそろいのボールペンを数馬くんが選んで、それからメガネ屋さんで・・・ああ、ストップ。思い出しちゃダメ。
「みんながイメチェンしたことに気付いてくれますね! いいじゃん、慎也くん。茉莉花先輩のお勧めだし!」
「うーん・・・、学生服に似合うかなあ・・・。」
そうだ。
もう、このメガネ、やめた方がいいのかな?
数馬くんとお近づきになりたくて選んだメガネ。
わたしの願いがこもったメガネ。
「ジャスミン先輩。モヒカンにしたら、デートしてくれますか?」
「え? やだ! しません!」
まったく、何を言い出すのやら・・・。
「じゃあ、当分は今のままにします。」
――― 当分は?
あの日、数馬くんも言った。「当分はこのメガネに」って。
それから・・・わたしのと似てて、仲間っぽいところがいいって。
数馬くん・・・。
やっぱり少し・・・・・残酷だよ。
家にある馬のぬいぐるみ。数馬くんにあげたのと同じ。
数馬くんに似ているからって選んできたぬいぐるみには、紙で作ったメガネがかけてある。
あのメガネも、はずした方がいいのかな・・・。