◇◇ 新しいわたし。 ◇◇
こんなに笑えるなんて!
芳くんと栗原くんが企画してくれた、わたしをなぐさめる会。
金曜日に聞いたときに、たしかにこの顔ぶれなら遠慮もいらないし・・・とは思ったけれど、今朝までの間に少しずつ不安になってきていた。
楽しんでいるふりをしないといけないような気がして。
あの金曜日・・・。
一人になってから、やっぱり気持ちが落ち込んでしまった。
もう、数馬くんのことで、あれこれ考えちゃいけないんだ、と思って。
あれこれ考えちゃ・・・。
そう。
無理だとか、無駄だとか自分に言い聞かせながら、心の底では期待していたんだって気付いた。
“もしかしたら、いつかはわたしのことを好きになってくれるかも” って。
どうしても可能性を・・・どれほど小さな可能性でも、捨てきれなかった。
でも、もうそれも消えた。
数馬くんが好きなのは森川さん。
桃ちゃんがあきらめるほど、数馬くんにお似合いの。
しっかり者で、綺麗で、優秀なひと。
数馬くんが素直に楽しくはなしができる相手。
・・・あの夜の数馬くんの電話も悲しかった。
心配してもらっても、わたしは数馬くんの “特別” じゃない。
そう思うと、ただ悲しくて・・・話すこともつらかった。
だから、「宿題をやる」って言い訳して終わりにした。
そのあとに芳くんから今日の予定を知らせる電話が来て、ほんとうに自分が楽しく過ごせるのかと不安だったけれど・・・。
“楽しんでいるふり” なんて必要ない。
ほんとうに楽しいんだもの!
二人の計画は、「とにかく楽しむこと」。
いつも使っている路線から乗り換えて2つめの、海の近くにあるレジャー施設が集まっている観光地に来た。
大きな映画館とショッピングセンター、ゲームセンターにカラオケ屋さん、遊園地・・・。
とにかく何でもそろっている。
ビルの間にある広場では大道芸や屋台が並んでいる。
風がない晴れた日で、心がうきうきする!
慣れないお出かけで、待ち合わせ場所にドキドキしながら行ってみると、二人はもう来ていて、笑顔で手を振ってくれた。
その組み合わせは新鮮だったけれど、いつもの見慣れた笑顔にほっとした。
ベージュのカーゴパンツに深緑色のパーカー姿の栗原くんは手ぶらだった。
「財布はここ、ハンカチはここ、こっちには・・・。」と、手ぶらをめずらしがるわたしに笑いながら説明してくれた。
芳くんは白地に黒いタータンチェックのシャツに黒いジーンズ、こげ茶色のダウンベスト。
シャープな印象で、いつもより大人っぽい。
ポケットに手を入れて立っている姿は、ちょっとモデルさんみたい?
わたしは・・・なるべく可愛く見える服を選んできた。
金曜日に芳くんから、おしゃれをして来るようにと言われていたから。
観光地で人がたくさんいるからある程度は当然だと思ったけれど、
『気晴らしをしに行くんだから、服だってちゃんと選ばないと。』
と言われて、なるほど、と思った。
ただ、もともとお洒落な服なんて持っていなかったから、あくまでも “なるべく” 。
スモークピンクのセーターにグレーの七分袖のショートジャケット、キュロットにブーツ。
芳くんに「よしよし。」と笑顔でうなずかれて、ほっとした。
ゲームセンターから始まったツアーは、あっという間にわたしの気遅れを吹き飛ばしてくれた。
芳くんは何をやっても上手で、栗原くんは大袈裟なリアクションが可笑しい。
二人と一緒だと何をやっても恥ずかしくない気分になって、三人で大騒ぎして遊んだ。
それから・・・食べたり、見たり、話して笑ったり。
こんなに笑えるなんて!
ほんとうに、なんて楽しいんだろう!
わたしの人生にはまだまだ楽しいことがたくさん待っているって、今なら信じることができる。
失恋しても、おしまいじゃない。
わたしの幸せは、この先、どこかにきっとある。
「今日はたくさん笑っちゃった。」
フードコートでおやつを食べながら、満足の吐息とともに出た言葉。
栗原くんと芳くんが可笑しそうな表情でわたしを見る。
「二人とも、ありがとうね。こんなに楽しいとは思わなかった。」
「そう?」
「うん! たくさん笑ったら、心配事なんかなくなっちゃうよ。」
「失恋も忘れたって?」
わ!
「栗原くん! そんなに大きな声で言わないでよ。恥ずかしいじゃない。」
「ははは。だけど茉莉花。どうせあきらめるっていうなら、最後に本人に伝えればいいのに。」
「芳くん・・・。そう言うけど、まだ生徒会の任期が半年も残ってるんだよ。断られたら気まずい・・・あ。」
しまった!
栗原くんは相手が誰だか知らないんだった!
「あ、俺、知ってるよ。数馬だろ?」
「え?」
芳くん?!
「ああ・・・、ええと、ごめん! ちょっと口をすべらせて。ごめん。」
「その顔! あんまり反省してないでしょう?!」
「あ、いや、そんなこと・・ないよ。」
「うそばっかり! 半分笑ってるもん。」
「あははは! 大野って、和田には強いんだな。」
「そうなんだよ。俺なんか、生徒会では茉莉花にいつもこき使われててさあ。」
「芳くん! 栗原くん、違うよ。芳くんはいつも、わたしのことをからかうんだから。」
「栗原も気を付けろよ。今日これだけ慣れると、明日からはクラスでもビシビシ言われるぞ。」
「今までもけっこう慣れてると思ってたけど、大野の真の姿はこれなんだな。」
「栗原くん・・・。」
真の姿って・・・。
「大野。その調子で、数馬のことも簡単に許すんじゃないぞ。」
「は?」
許すとか、許さないとか、そういう問題ではないような気がするけど・・・。
「あのう・・、わたし、べつに数馬くんのことを怒っているわけでは・・・。」
「ああ、そうだな、茉莉花。数馬が何か言ってきても、しばらくは知らんぷりしてるんだぞ。」
「知らんぷりって言われても、生徒会が・・・。」
「仕事は別だよ。それ以外で。」
「うん・・・。でも、“それ以外で” なんて、あるわけないよ。」
「どうかな?」
二人で顔を見合わせちゃって・・・。
その笑い、何か企んでるの?
何をやったって無駄だよ。
数馬くんは森川さんが好きなんだから。
「とにかく、当分のあいだ、大野は数馬に優しくしちゃダメだ。」
「今までも、特別に優しくなんてしてないと思うけど・・・。逆に、数馬くんが優しいからわたしが勝手に舞い上がって、期待ちゃったんだよね・・・。ほんとに馬鹿みたい。あーあ。」
「え? 大野に期待させるようなことを数馬が? へえ、たとえば?」
「え、あ、それは・・・ちょっと。」
言いにくいよ。
「でも、そういうの教えておいてもらわないと、俺もいつか “うっかり” なんてことになるかも知れないし。」
「プ・・・。栗原?」
「そういうもの? ・・・そうかもね。うーん、まあ、いいのかな。これって、特別なことじゃなかったんだもんね。」
数馬くんの特別は森川さんなんだから。
「そうそう。」
「栗原。」
「まあ、小さいことはいろいろあるんだけど・・・、一番最近のは修学旅行かな。」
「修学旅行?」
「あのね・・・その、毎晩、メールを・・・。」
やっぱり恥ずかしいな。
「茉莉花。言いにくければ、言わなくても・・・。」
「ああ・・・大丈夫。ええと、その、言っちゃった方がすっきりするかも知れないもんね。」
うん。
言っちゃおう!
「あのね、毎日、行ったところの景色を写真に撮ってメールで送ってたの。」
「景色だけ?」
「うん、そう。そうしたら、お互いに、もう一つのコースにも行った気分になれるからって、数馬くんが・・・。」
「プ ――――― ッ! あ、ごめん。こほっ。」
芳くん?
なんで笑って・・・?
栗原くんも、なんだか変な表情・・・?
「で? ちゃんと来たのか?」
「え、あの、来たよ。それに、お土産のことも、かな。」
「お土産?」
「うん。うちって数馬くんが帰る途中の駅だからって、途中で降りて寄ってくれたんだ。」
あのときはどれほど嬉しかったことか・・・、ん?
「・・・芳くん、どうしてそんなに笑ってるの?」
「え? いや、くく・・・、なん、なんでもない。く。」
「だけど、今考えると、そんなことで期待するなんて、やっぱり変だよね。」
「どうして?」
「だって、景色の写真を送り合っただけだもの。お土産だって、学校に持って行く手間が省けるしね。 ・・・・・二人とも、そんなに笑わなくても。そりゃあ、わたしは常識を知らないかも知れないけど。」
「い、いや、・・・大野を笑ってるんじゃないよ。」
「そうなの? でも、こういうのって、普通のことなんでしょう?」
「あー、いや、人によっては・・・ふ、普通なのかな。だけど、数馬もまさか、ここで俺たちにとは・・・、くくく・・・。」
??
「大野。やっぱり数馬を簡単に許しちゃダメだ。」
「ええと、だから、わたしが勝手に勘違いを・・・。」
「いや。はっきりしない数馬が悪い。大野は全然悪くないぞ。」
「そう・・・?」
「間違いなく。」
そうか・・・。
そういう見方もあるんだね。
「茉莉花。ほんとうに吹っ切れたのか?」
「うん。」
芳くんの何でも知っているような笑顔も、栗原くんの仲間みたいな笑顔も、心地よくてありがたい。
わたしを受け入れて、支えてくれるお友達がいると教えてくれる。
失恋しても、わたしはわたし。
数馬くんのことは・・・明日からも、生徒会の仲間として付き合っていく。そうできると思う。
たぶん、好きな気持ちは、当分変わらないと思う。
でも、悲しい気持ちで一緒にいるのではなく、一緒に仕事ができることを楽しみながら過ごせそうな気がする。
「よし! じゃあ、もう一回りして、最後に観覧車に乗ろうぜ!」
「観覧車は最後なの?」
「そうだな。今の時期なら日暮れが早いから、時間が早めでも夜景になるし。」
「夜景か・・・。きっと綺麗だね。」
数馬くんと一緒に見るのは無理だったけれど、今日のことは、きっと楽しい思い出になる。
芳くん。
栗原くん。
ほんとうに、どうもありがとう。