◆◆ もうだめ? ◆◆
「おい、馬之助。」
ベッドに仰向けになって、茉莉ちゃんからもらった馬のぬいぐるみに話しかける。
楽しいときや、茉莉ちゃんに会いたいときによくやるように。
「お前は何か知らないのか?」
茉莉ちゃんはいったいどうしたんだよ?
茉莉ちゃんに選ばれて連れて来られたお前なら、何か分かるんじゃないのか?
・・・答えてくれるわけないか。
俺、もうダメなのか?
まるっきり望みがないのか?
茉莉ちゃん・・・。
あんなことを言うなんて・・・。
「心配してもらわなくても大丈夫だよ。」
ダメだ。
思い出すたびに、目の前が真っ暗になる。
言葉そのものもショックだったけど、それよりもぞっとしたのは、俺の存在を閉め出すような、あの表情・・・。
嫌われたのか?
怒ってるのか?
それとも・・・俺が邪魔?
どうして急に?
せめて、理由を言ってほしい。
馬之助。
お前が来たときは、すごく幸せだったのに。
お前と一緒に茉莉ちゃんの一部がこの部屋に来たような気がしたのに。
「茉莉ちゃん・・・。」
俺の声・・・届いてほしい。
馬之助。
届けてくれよ。
お前に通信機能は備わっていないのか?
・・・電話してみようか?
だけど・・・。
怖い。
決定的なことを言われるかもしれない。
決定的なこと ――― 考えないようにしていること。
考えたくない。
それを言われるのは、「嫌い」よりもつらい気がする。
だけど・・・ずっと頭の片隅にある。
完璧に無視することはできない。
芳輝・・・。
茉莉ちゃんが心配事の相談に選んだのは芳輝?
不安なときに一緒にいてほしいのは芳輝?
俺じゃなく・・・。
訊きたい・・・けど、聞きたくない。
だけど・・・。
だめだ。
このままじゃ、何も考えられない。
明日とあさっては土日で会えないし、何か、俺が原因で茉莉ちゃんが怒っているのなら、早く謝った方がいいに決まってる。
この時間なら、電話しても大丈夫だよな?
ええと・・・。
鼓動がゆっくりになっているような気がする。その割に強く。
携帯のボタンを押す指がためらう。
怖い。
だけど。
これを押せば・・・。
発信の電子音のあとに、呼び出し中の音。
目をつぶって深呼吸をする。
3回・・・、4回・・・、途切れた。茉莉ちゃん?
『・・・はい。大野です。』
違う。
前はもっと楽しそうだったのに。
緊張していても、茉莉ちゃんの・・・茉莉ちゃんらしさが伝わってくるような声だったのに。
心臓がぎゅっと締めつけられる。
「あの・・・、夜にごめん。」
『いいえ。何かありました?』
あったよ。
だから、こうやって電話をかけて・・・。
「あの、今日の帰り・・・暗い中を学校に戻ったみたいだったから、大丈夫だったかな、と思って。」
言葉はあくまでも軽く。
心の中の疑惑に気付かれないように。
『心配してくれたの? ありがとう。べつに何でもなかったよ。うちの生徒がけっこう歩いてたし。』
まるで・・・・、まるで、俺が心配することが不思議だとでもいうように答えるんだね。
俺は茉莉ちゃんには必要のない人間だと気付かせようとするように。
どうしてそんな言い方をするんだよ?!
どうして急にそんな態度をとるんだよ?!
心の中の問いは・・・声にならない。
「それならよかったけど・・・。」
茉莉ちゃんに聞こえないようにため息をつく。
・・・訊かなくちゃ。
せっかく電話をしたんだから。
解決できるなら少しでも早く ――― 。
「茉莉ちゃん。」
『はい?』
「俺・・・、何か、茉莉ちゃんに失礼なこと・・・とか、あった?」
『失礼なこと? ・・・いいえ。ないよ。』
じゃあ、どうして?
今だって、前とは違うじゃないか。
「そう・・・。あの・・・。」
何を言えばいい?
頭に浮かぶのは、同じ問いばかり。
――― 芳輝と一緒だった?
言えないよ・・・。
そうだと言われることは耐えられなくて・・・、違うと言われても次の言葉が続かない。
じゃあ、何を言えばいい?
何を?
どうすれば、茉莉ちゃんが前と同じように?
『数馬くん。』
「うん・・・。」
何が原因なのか話してくれる?
『あの・・・、わたし、これから宿題をやらないと。』
話は打ち切り?
ああ・・・。
「そうか。そうだよね。ごめん。」
『ごめんなさい。また・・・月曜日に。』
「うん。・・・おやすみ。」
『あの・・・さよなら。』
!!
『さよなら』なのか?
『おやすみなさい』でも、『またね』でもなく?
茉莉ちゃん・・・、苦しいよ。
・・・・・絶望感がふくらんでいく。
だけど。
納得できない。
つい何日か前までは、まったく変わらなかったのに。
いったい何があった?
俺が改めればいいことなら、いくらでも改める。
謝ればいいなら、いくらでも謝るよ。
なのに、理由さえ話してくれないなんて。
何か取り返しがつかないことになっているような気がする。
だけど、いったい何が原因で?
俺はどうしたらいいんだよ?!
茉莉ちゃんの誕生日・・・もうすぐだよ。
今度の金曜日、合唱祭の日。
明日、プレゼントを買いに行こうと思っていた。
茉莉ちゃんの喜ぶ顔を想像しながら、何日も前からあれこれ悩んできた。
お店でプレゼント用に包んでもらうのはちょっと恥ずかしいな、なんて思うのも楽しかった。
だけど・・・無理だ。今の状態では選べない。
プレゼントを渡されて迷惑そうな顔をする茉莉ちゃんしか思い浮かべることができない。
そんな顔をさせるなら、渡さない方がいい。
それに・・・もしかしたら、受け取ってくれないかも知れない。
茉莉ちゃんは俺にくれたんだから、お返しの意味も込めて、・・・俺の気持ちを込めて渡すべきだとは思うけど・・・でも。
「数馬! 風呂空いたぞ!」
「わかったよ。」
さっきの電話だって・・・。
何がなんだかわからなくて、確かめたかった。
あの言葉の意味を追求したかった、ほんとうは。
「どうして?」と訊きたかった。
けれど・・・。
訊けなかった。
芳輝のことも。
弱虫の俺。
意気地なしの俺。
こんな俺よりも・・・芳輝の方が、茉莉ちゃんには頼もしくていいに決まってる。
「数馬! 早く入れ!」
「わかってるよ!」
風呂に入ってきれいになったら、今日のことも全部流れて行ってくれればいい・・・。