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メガネに願いを  作者: 虹色
第八章 本当ですか?
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◇◇ もう、おしまいに。 ◇◇


一緒にいるのがつらい。

数馬くんと・・・だけじゃなくて、みんなとも。

たった15分の道のりさえ耐えられない。

そのあと明るい電車に乗ることは、もっと。


胸がきりきりと痛い。

悲しくて。


悲しくて・・・でも、涙は出ない。

心が空っぽになってしまったみたい。



学校に定期を忘れたって言い訳して、別れて戻って来たけれど。

向こうから歩いて来るのはうちの生徒?

反対方向に歩いているのは変だよね?

どうしよう?


・・・ここで曲がっちゃおう。

駅の方向は分かっているんだから、迷うことはないはず。

一人で歩いたら、気持ちの整理ができそうだし。




曲がった先は立ち並ぶ家。

2軒ほどの家を過ぎて、ふと気付いた。


いつの間にか、こんなに暗い・・・。


こういうところを「閑静な住宅街」って言うのかな?

街灯が点いているし、門灯も並んでいるけれど、誰も歩いていない道。



どうしよう? ちょっと怖い。

元の道に戻った方がいい?

だけど、あっちはうちの生徒が・・・ほら、今も楽しそうに。

こんな横道から出て行ったら、変に思われちゃう・・・。



誰か来た!


男の人?

この辺に住んでいる人?

なんだか急いでいるみたい。


もしかして、あとをつけられてたり・・・?

こんな道だし・・・でも、学生服?


門灯に浮かび上がった姿は・・・。

細身で長身、銀縁メガネにクセのある髪。

スポーツブランドのバッグを肩から斜めにかけて。


芳くん・・・?


「茉莉花!」


もしかして、心配して追いかけてきてくれた・・・?


「よかった、追いついて。」


少し息を切らして、にっこりと笑って。


「思ったより歩くの速いな。学校に戻ったって聞いたけど・・・学校はこっちじゃないよ?」


「うん・・・。」


どう説明したらいいんだろう?


「それとも、このあたりに誰か住んでるの? 知り合いとか?」


「違う・・。」


「そう・・・。」


軽くため息をつきながら、 “仕方ないなあ” という顔で微笑む。

その表情が・・・啓ちゃんに似てる。


「このまま少し歩く? 一人になりたいなら、少し離れてついて行くけど?」



・・・・・。



見慣れた少しからかうような笑顔をぼんやりと見上げてしまう。


分かってるんだ。

わたしがみんなと一緒にいたくなかったってことを。

でも、何も言わずに付き添ってくれる・・・?


「・・・後ろからついてきたりしたら、変なひとと間違われちゃうよ。」


「ん? ああ、そうだね。それは困るな。」


楽しそうな笑顔につられて、わたしも思わず微笑んでしまう。

芳くんといると、硬くなっていた心がほぐれて行くような気がする。


「少し・・・遠回りして駅まで行ってもいい?」


もともと用事なんてないんだもの。


「承知しました、お姫様。」


お姫様?


ふふ。

わたし、わがままなお姫様だね。






芳くんと並んで無言で歩く道。


暗い道を照らす街灯と家の門の明かりは、不思議と心を落ち着かせてくれる。

芳くんのリラックスした雰囲気も、わたしにはありがたい。

立ち並ぶ静かな家からは、夕食の支度をする匂い。


「あ、カレーだ。」


それまで黙っていた芳くんがつぶやいた。


「うん。そうだね。あ、こっちの家は魚を焼いてる。」


「ホントだ。何だろう? アジの干物?」


「干物・・・みたいだね。干物ならサンマが好きなんだけど。」


「サンマの干物も美味しいけど、俺はサンマは塩焼きの方が好きだな。大根おろしで。」


「ふふ。芳くん、日本人だね。」


普通の会話にほっとする。

少し笑ったことで、気分が軽くなった。


・・・言ってしまおう。辛かったこと。

今なら苦しまずに言葉にできそう。

誰かに話せたら、心の中で片付きそうな気がする。


「あのね、芳くん。」


「ん?」


「わたし・・・失恋しちゃった。」


言っちゃっ・・・。


「えええええぇ?!」


えええぇ?!


どうしてそんなに驚いてるの?!

そんなにびっくりしている芳くん、初めて見たよ。


「あの、そんな声出したら、ご近所迷惑だよ。」


「誰に?!」


誰にって・・・知ってるはずなのに。


「え、と、あの・・・、数馬くん・・・に。」


「はあ?!」


なんだか反応が・・・?


「茉莉花、数馬に言ったの?」


「え・・・? いえ、言ってはいないけど・・・。あの、声が大きい・・・けど?」


「じゃあ、どうして?」


聞こえてない?


「あの、数馬くんには・・・好きなひとが・・・。」


「どこに?」


そんなに変なこと?

数馬くんだって高2なんだし、好きなひとくらいいても当然だと思うけど・・・。


「それはちょっと・・・。隠しておきたいのかも知れないし・・・。」


「意味分かんないよ・・・。」


芳くん、あんなに大きなため息ついて・・・。

数馬くんに好きなひとがいるって、そんなにショック?


「ごめん、茉莉花。少しゆっくり話を聞かせてくれるかな? どこか・・・座って。」


立っていられないほどショックだった?

あらら・・・、またため息ついてる。


「ああ、もうすぐ駅だね。たしか、コンビニの横にベンチがあったと思うけど。」


「うん・・・。」


芳くんの反応を見ていたら、くよくよ考えているのは間違った反応のような気がしてきた・・・。







「で、その話を信じてるわけ?」


駅前のコンビニ前にある植え込みに囲まれたベンチで、わたしの話を聞いた芳くんが言った。


「だって、桃ちゃんってすごい自信家で、わたしに向かって “無理だ” なんて言ったことないもん。」


おとといの朝に聞いた、桃ちゃんの話。

芳くんを信用して、桃ちゃんの名前も出した。

そもそも7組には女子が6人しかいないから、隠しても分かってしまいそうだし。


「そうなのか?」


「うん。中学のころからそうだったよ。桃ちゃんは可愛いくて、頭もいいから、自慢できることがたくさんあるんだもの。仕方ないよ。」


その自慢する相手がわたしだってところが嫌なんだけど。


「だけど、そんな話だけで決めるなんて。」


「話だけじゃないよ。見たもん。」


「見た? いつ?」


「今日。委員長会議で。」


「会議で? 何も気付かなかったけど・・・?」


「それは、芳くんが何も知らなかったからだよ。わたしはちゃんと見ていたの。桃ちゃんの話があったから。」


「あ、そう。」


「もちろん、会議のあいだは特別な様子はなかったよ。だけどね、」


そう。

そのあと。


「会議が終わってから、二人で楽しそうに話してたよ。」


「終わってから? ・・・ああ、あのときに残ってたのは森川さんだったのか。」


「そう。最初は連絡事項の話をしてたんだけど、そのあと森川さんが数馬くんにCDを渡して、二人で笑いながら話してて。すっごく楽しそうだった。」


わたしが見ていることに気付かないほど。


「数馬くんが女の子とあんなふうに話しているところ、去年だって見なかったよ。」


「見なかったって・・・。はぁ・・・。茉莉花の目は、いったいどこに付いてるんだ?」


またため息つかれちゃってる・・・。


「どこって、前だよ。」


「頭の後ろにでも付いてるのかと思った。・・ほらほら、そんなふくれっ面しないで。」


だって。

わたしが言ってること、信じてくれてないでしょう?


「どうしたらいいんだろうねえ・・・。」


どうしたらって、決まってるよ。


「わたしがあきらめればいいんだよ。最初から無理だったんだから、それで解決。」


なんだか、悩んでいるのが馬鹿馬鹿しくなってきた。


「あれ? なんだよ、めずらしい組み合わせだな!」


え?

あ。栗原くんだ。


コンビニから出てきたところ?

学生服をだらしなく着た栗原くんが、ポケットに手を突っ込んで、大股で近づいてくる。

去年から変わらないその姿に安心して、思わず微笑んでしまう。

隣で芳くんが「よお。」と手を上げた。


「どうしたんだよ? 二人だけ?」


栗原くんが周りを見回しながら、芳くんの隣に腰かけた。


「茉莉花が失恋したって落ち込んでるから、なぐさめてただけ。」


「芳くんっ?! なんでっ?!」


栗原くんにそんなこと?!


「失恋? 大野が? 誰に?」


「やめてやめてやめて!」


「痛いよ、茉莉花。そんなに揺さぶったら・・しゃべれない・・・。」


しゃべるな〜〜〜!!


「わかった。わかったよ。言わないから。・・・ふぅ。」


ふぅ・・・、は、こっちのセリフだよ!


「まあ、そういうわけでね。あ、そうだ! 二人とも、明日かあさって、空いてる?」


「わたしは土日は特に用事はないけど・・・。」


「俺はあさってなら空いてるな。」


「じゃあ、あさって、どこかに遊びに行かないか? 三人で。」


三人・・・芳くんと栗原くんとわたしで?


「失恋した大野と彼女がいない俺たち、あぶれ者三人でってわけ? ははは! このメンバーだったら面白いな、きっと。いいぜ。」


「わたし・・・あんまり遊びにって行ったことがないんだけど・・・。」


生徒会の交流会は、けっこう苦痛だったし・・・。

それに、女子一人っていうのも初めてなんだよね・・・。


「そうなのか? じゃあ、俺と和田で大野を楽しませる会だな!」


「あ・・・、ありがとう・・・。」


この二人、そんなに仲良かったっけ?

たしかに気が合いそうだけど・・・。


「よし、決まり! 帰りながら俺と栗原でどこに行くか決めて、茉莉花に知らせるよ。」


「うん・・・。よろしくお願いします。」


まあ、いいか。


少し強引だけど、芳くんと栗原くんと三人だったら、ほんとうに楽しそう。

ずっと笑っていられそうだよね。

気晴らしにはちょうどいいかも。







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