◆◆ どうして・・・? ◆◆
どうしたんだろう?
この2、3日、茉莉ちゃんの様子がおかしい。
元気がないように見える。
みんなと笑っていたのに、そのすぐあとに、こっそりとため息をついていたりする。
ぼんやりと考え事をしていることも。
書記の仕事はいつものとおり、きちんとこなしている。
生徒会室の整理整頓も。
だけど、口数が少なくなった気がするし、声がいつもより小さい気がする。
そう。
元気がない、としか言いようがない。
きのうの帰りに訊いてみたけど、「そう? 何もないよ。」と、たったひとこと返ってきただけ。
控えめな微笑みは、いつもより淋しそうな気がした。
何もないわけがない。
あんな顔をして。あんなふうにため息をついて。
だけど、俺には言えないこと・・・。
困っているなら相談してほしいのに。
茉莉ちゃんの助けになりたいのに。
俺では役に立てないのか・・・。
「以上で、第3回委員長会議を終わります。」
「お疲れさま〜。」
「またな。」
「早く部活に行かないと。」
あーあ、終わった。
今日は活動報告がたくさんあった。
前回が夏休み明けだったから、そのあと九重祭と秋のナントカ週間とかで、どの委員会も動いていたから。
「あの、数馬くん。」
「あ、はい!」
おお!
茉莉ちゃんが話しかけてくれたよ!
「ごめんなさい、あの、わたしも潤くんも聞き洩らしちゃった部分があって。覚えてたらって思ったんだけど。」
「どのあたり?」
茉莉ちゃんのためなら、何がなんでも思い出すよ!
「ええと、九重祭の反省のところで、」
「あの・・・、日向くん。お話し中、申し訳ないんだけど・・・。」
「え?」
ああ、森川さんか。
ここは・・・とりあえず、森川さん優先か?
これから部活に出るんだろうし、茉莉ちゃんとは生徒会室に戻ってからも時間があるんだから。
「ごめん、茉莉ちゃん、ちょっと待ってて。何かあった、森川さん?」
「ごめんなさい、大野さん。」
「あ、ううん、いいよ。あの、ほかの人に訊くから。」
え?
そんな。
そんなに急いでた・・・?
「茉莉ちゃ・・・。」
行っちゃった・・・。
「ええと、これなんだけど、ちょっと教えてくれる? ここの書き方がよくわからなくて。」
「ああ、これ? これは・・・」
茉莉ちゃん、虎次郎と話してる。
つまり、誰でもよかったんだ・・・。
「・・・ってなるわけ。」
誰でもよかったけど、俺に訊いてくれたのに。
「ああ、なるほど。この項目の意味を勘違いしてたみたい。そうすると、こっちは・・・?」
「え? どれ?」
「これ。ほら、ここに書いてあるのは・・・」
あ、虎次郎にお礼言ってる。
ってことは、俺にはもう用事がないのか・・・。
「そこは・・・」
ああ・・・。
片付けもどんどん進んでいく。
俺も、茉莉ちゃんと一緒に机や椅子を片付けたい・・・。
「ああ、そうなんだ! 分かった。どうもありがとう。」
「いや、そんなに感謝されるようなことじゃないけど・・・。」
終わった?
じゃあ、俺も片づけを・・・。
「ちょっと考え過ぎだったみたいね。ありがとう。じゃあ、これで。」
よし、終わりだ。
「あ、そうだ! 忘れるところだった。」
え?
まだ何か?
「これ、前に言ってたCD。さっき、川村くんがやっと返してくれたの。よかったら、聞いてみて。」
ああ、ゴスペルのCDか。
合唱祭まであと一週間だし、今さらな気もするけど・・・。
「川村が、うちのクラスの歌と違い過ぎるって言ってたよ。同じ曲だとは気付かなかったって。」
「ふふ、たしかに、そうかもね! でも、聞きながら指揮の練習をしたみたいよ。」
「ほんとに? 意外に頑張ってるなあ。」
「だけど、ここに入ってるのはけっこうアレンジされてるから、川村くんがそれに合わせた指揮をしちゃうと、みんなが混乱するかもね。」
たしかにそうだ。
「俺たちは、もう今のまま、楽譜どおりで行くんだよね?」
「うん。あたしもアレンジはよく分からないしね。あとは、日向くんが伴奏をポップな感じに弾いてくれればバッチリ。」
「ポップな感じ? 半分立って、派手なパフォーマンスで?」
「日向くんが? あはは! いいね、それ! 伴奏で賞がとれるかも。」
「数馬! 先に戻ってるからな! 鍵たのむ。」
え?
片付け終わっちゃった?
「わかった。」
茉莉ちゃ〜ん。・・・もういないや。
「あ、ごめんなさい、いつまでも。あたしも部活に行かなくちゃ。」
「コーラス部だっけ? 全員、自分のクラスの指導役だったりするの?」
「ああ・・・、まあ三分の二くらいはそうかな。選んだ曲によってだけど。じゃあね。」
「うん。お疲れさま。」
このCD、聞く必要あるのか?
うーん・・・、まあ、参考に一度くらいは聞いてみるか。
どうしたんだろう?
なんだか、生徒会室に戻ってからずっと、茉莉ちゃんに避けられてる気がする。
はっきりとじゃないけど・・・、話しかければ笑顔で答えてくれるけど・・・。
「数馬、どうした?」
あ。
「いや、なんでも・・・。」
あ、茉莉ちゃん。
あれ・・・?
・・・やっぱり変だ。
いつもなら、今みたいにちらっと目が合ったときに、何か・・・、ほんの微かにだけど、何か合図・・・みたいなものがあるのに。
「大丈夫?」とか、「ね?」とか、「くすっ」とか、そんな感じの・・・。
勘違いだったのか?
俺が勝手に、そう思い込んでいただけなのか?
夢から覚めただけ・・・?
いや、違う。
やっぱり、茉莉ちゃんが違うような気がする。
あんなに笑っているけど、なんとなく声が甲高く聞こえるのは、緊張しているからじゃないのか?
無理に楽しそうにしているだけに見える。
やっぱり、何か心配事があるんじゃないのか?
それを隠そうとして・・・俺を避けてる?
気になる。
思い切って、あとで訊いてみよう。
「茉莉ちゃん。」
校舎から中庭に出たところで、なんとか声をかけることができた。
昇降口でいったんバラバラになったあと、一番最初に外に出た茉莉ちゃんに追いついて。
やっぱり、いつもと違うよ、茉莉ちゃん。
最近、帰りはけっこう並んで話してくれていたのに、今日は一度も俺の方を見てくれない。
生徒会室からずーっと、涼子ちゃんと話してばっかりで。
「なあに?」
日没が早くなって、中庭の明りだけでは茉莉ちゃんの表情ははっきりとは分からない。
口元はにっこり笑っているけど、その言い方・・・なんだか、わざとらしい。
うしろから出て来るみんなを待たずに正門に向かって歩き出すと、茉莉ちゃんも一瞬ためらったあと、俺と一緒に歩き出した。
呼ばれて返事をしたんだから、そうするしかないよね?
隣を歩く茉莉ちゃん。
いつもは少し恥ずかしそうに話したり、笑ったりするのに、今日は・・・まっすぐ前を向いて。
恥ずかしがらないでいてくれることを喜ぶべき?
違う。
前を向いている様子は、まるで俺を拒絶しているようだ。
用意していた言葉は胸につかえてしまった。
今の状態で口に出したら、ただ、茉莉ちゃんを責める言葉になってしまいそうで。
・・・あ。
「数馬くん? 何か用事が・・・?」
茉莉ちゃん?
「ああ・・・、うん・・・。」
通り過ぎた街灯の光の中。
メガネの奥の瞳が悲しそうに見えたのは・・・錯覚?
落ち着いた微笑み。
しっかりした声。
「あの・・・、茉莉ちゃんに・・・何か、心配事があるんじゃないかと思って・・・。」
「心配事? ・・・ううん、ないよ。」
茉莉ちゃん・・・。
まっすぐ前を向いて・・・、俺から顔をそむけて?
俺は・・・茉莉ちゃんには必要ない?
なんでだろう? ドキドキする。
何か・・・もう、取り返しがつかないような。
大きな声で叫びたい。
「なんでだよ?!」って・・・。
「数馬くん。」
その瞳。
いつか見た瞳とあまりにも違う。あのときは ――― 。
「わたし、そんなに心配してもらわなくても大丈夫だよ。」
え?
「あの・・・、茉莉ちゃん?」
心配しないでって・・・俺に?
「頼りなさそうに見えるかもしれないけど、けっこう強いよ。だから、大丈夫。」
茉莉ちゃん。
茉莉ちゃん。
俺は必要ない?
「あ、そうだ。ちょっと涼子ちゃんに・・・、ごめんね、数馬くん。」
振り向いて行ってしまう。俺の隣から。
ひらりとスカートをはためかせて。
茉莉ちゃん ――― 。
言ったじゃないか、あのとき。
俺に心配してもらえると元気が出るって。
なのに・・・もう必要ない?
駅に着いたとき、茉莉ちゃんはいなかった。
「定期を忘れたって、学校に取りに戻りましたよ。」
涼子ちゃんが言った。
「学校に?」
もう暗いのに一人で?
まだ、運動部の生徒は残っている時間だけど・・・。
改札を通ってから気付いた。
芳輝もいなかった。