◇◇ ふさわしい人? ◇◇
「あ。」
「あら。」
桃ちゃん・・・。
クラスの階が違うからめったに会わなくて安心していたのに、朝の電車で一緒になっちゃうなんて。
同じ駅を使っているけれど、今まで一緒になったことなんてなかったのに。
今日は寝坊しちゃうし、なんとなくツイてない気がしてきたよ・・・。
「おはよう、桃ちゃん。」
「おはよう、茉莉花。」
桃ちゃんの笑顔、やっぱりしらじらしい感じがする。
もしかしたら、わたしもかな?
学校のある駅まで5つ。
とりあえず、当たり障りのない会話でつなぐ。
中学の時の知り合いの話。
修学旅行の天気の話。
それから合唱祭の練習のこと。
「合唱祭では、1組に負けないから。」
「ああ、優勝を狙ってるんでしょう? 熱心に練習してるって聞いてるよ。」
最近ずっと、数馬くんが生徒会に来る時間が遅いし。
「そうなの。日向くんが伴奏を頑張ってくれてるし、沙耶が教えるのが上手いから、いい線行くんじゃないかと思ってるんだ。」
「沙耶さんって・・・?」
「あ、森川沙耶さん。コーラス部の。」
「ああ、福祉委員長の。」
「知ってるの?」
「うん。委員長会議に来てるから。」
「ふうん・・・、そうなんだ。」
・・・なに?
その、意味ありげな返事は・・・。
「日向くんって、沙耶と仲がいいのよね。」
え?
「あ、・・・そうなの?」
数馬くんと・・・森川さん?
「知らなかった? 最近・・・、修学旅行のときかな、あたしが気が付いたのは。」
「へぇ・・・。」
仲がいい?
どのくらい?
「向こうでビュッフェの朝食があったんだけど、2回とも沙耶と同じテーブルで食べてたんだよね。」
「・・・そう。」
でも、偶然かもしれない。
「それにね、水族館でも何度も話しかけてたし。」
水族館?
わたしにお土産を買ってきてくれた・・・。
やだ。
なんだかドキドキしてきちゃった。
「今は合唱のことでよく二人で相談してるけど、すごーく楽しそうなの。日向くんが教室であんなに笑ってるのって、今まで見たことなかったなあ。」
楽しそうに?
笑って・・・?
「思い出してみるとね、日向くんが合唱祭の伴奏をやってもいいって言ったときも、沙耶が困ってるときだったんだよね。」
「え・・・?」
伴奏って・・・。
あのとき、数馬くんは・・・。
「最初は伴奏をやれるって言ったのは沙耶だけだったんだよね。でも、沙耶はコーラス部だから練習のリーダーになってもらわなくちゃならないのに、伴奏もやるとなったらキツイじゃない? あれが沙耶じゃなかったら、日向くんも言い出さなかったんじゃないかなあ。」
そんな・・・。
数馬くんは、そんなこと言ってなかった。
自分から「やってもいい」って思えたことが嬉しいって。
クラスのお友達と近付いた気がするって。
だけど・・・。
「ほんとうはね、茉莉花。あたし、日向くんのこと、ちょっといいなって思ってたんだ。」
「え? あの、桃ちゃん・・・?」
そんなこと、わたしに言う必要なんて・・・。
「だけどね、沙耶と日向くんを見てたら、もう “絶対に無理!” って分かったの。」
森川さんと、日向くんを・・・?
「そう・・・なの?」
「うん。だってさあ、日向くんは勉強ができるし、性格も、見た目もいいし、おまけに生徒会長をやるような人でしょう? あたしには、そんな人の相手なんて務まるわけないもんね。」
「え? そんなこと・・・ないんじゃない?」
桃ちゃんがこんなことを言うなんて。
自信のない桃ちゃんなんて、初めて見た・・・。
「ううん、そうなんだよ。やっぱりね、日向くんみたいな完璧な人の相手は、沙耶みたいな何でもできる人じゃないと無理なんだよね。」
「森川さん・・・?」
「うん。沙耶なら成績もいいし、しっかり者だし、美人だしね。日向くんが沙耶を気に入るのも、当たり前だよね。」
日向くんが・・・森川さんを気に入って・・・。
「あ、着いたね。あーあ、この時間って混んでて嫌になっちゃうよね? ・・・あ、美佐子がいる。茉莉花、あたし、先に行くね。」
「あ、うん、どうぞ。またね。」
・・・行ってくれた。
数馬くんと・・・森川さん?
何度も話しかけていた?
二人で楽しそうに笑っていた?
自信家の桃ちゃんが、あきらめてしまうほど?
聞きたくなかった。
森川さん・・・。
ほっそりして姿勢が良くて、顔が小さい綺麗なひと。
まっすぐな長い髪を耳の後ろでピンで留めて。
委員長会議では、はきはきとよく通る声で話す。
頭が良さそうで、ユーモアがあって、話し方も上手で。
そういえば、数馬くんと話しているところを見た。
先月のあいさつ週間のときだ。
森川さんは福祉委員会の募金で、真ん中と最終日の2回来ていたんだよね。
あのとき2回とも、数馬くんが森川さんに付き添って職員室に行ったんだ。お話しできる時間が取れなくて残念に思ったから、よく覚えてる。
あれは・・・単に数馬くんの仕事のうちだと思っていたけれど・・・。
たしかに、お似合いだった・・・かも。
数馬くんが誰と何を話しても、わたしには、何を言う権利もない。
誰と何を話しても・・・誰のことを好きになっても。
誰のことを好きに・・・?
あ・・・。
こんなにショックを受けるなんて、変だよね?
そもそも、わたしが期待できるようなことじゃなかったんだから。
あんなに “無理” だ、 “無駄” だって思っていたのに。
でも・・・苦しい。
わたし、まっすぐに歩けている?
「ジャスミンちゃん、おはよう。」
「あ、おはようございます。」
会う人は少し違うけれど、いつもの道、いつもの景色。
いつもの・・・わたし?
「茉莉さん、おはよう! 今日は遅いんじゃない?」
「あ、香織ちゃん、おはよう。今朝は寝坊しちゃったの。目覚ましの電池が切れててね、びっくりしちゃった。」
ちゃんと笑顔になっている?
「あー、困るよねえ、それって。」
「そうなの。わたしの目覚まし時計は電池が少なくなっても遅れないで、最後に目覚ましの音を出す力が足りなくて止まっちゃうんだよね。」
「なんか、頑張り屋の時計だね。『うう・・・、せめて今日のベルを鳴らすまでは・・・。』みたいな?」
「あはは! うん、たしかにね! でも、かえって困っちゃうよ。遅れてくれれば、電池がなくなって来たってわかるのに。」
わたし、笑ってる。
そうか。
こんな気分でも笑えるんだ・・・。
はあ・・・。
結局一日中、気分がもやもやしたままだった。
数馬くん、今日も遅くなるんだよね。
遅く・・・、合唱の練習で。
合唱の練習・・・か。
放課後は練習に出ないで部活に行っちゃうひともいる。
でも、数馬くんは毎日ちゃんと・・・。
真面目なひとだし、伴奏者なんだから、仕方ないけれど。
だけど、もしかしたら理由はそれだけじゃなくて・・・?
わたしはここで一人。
生徒会室・・・適度に狭くて、一人でいても落ち着く。
わたし自身が、ここに馴染んできたのかも。
四月からお手伝いに来てるから、もう半年以上だもんね。
いろんなことがあったなあ。
おろおろしていた最初のころに比べたら、今なんか、すごい余裕だよね。
こんなふうに、机にだらーんと・・・。
あーあ。
一人でいると、数馬くんのことばかり考えちゃう。数馬くんと・・・森川さんのこと。
一人で考えて、一人で落ち込んじゃう。
ぐるぐるぐるぐる、同じことばかり考えてる気がする。
何も解決しないよね?
誰かに話したら、少しは楽になるのかな?
いいアドバイスをしてくれる人っているかな?
前は、何でも啓ちゃんに相談したけれど・・・。
ダメだな。
こんなことを相談したら、啓ちゃんが数馬くんに何か言いいそうだもの。
数馬くんは啓ちゃんには弱そうだし、啓ちゃんなら、数馬くんを脅すくらいのことをやりかねない。
そんなの・・・みじめだ。
それに、何を相談するっていうの?
もともと期待していいような人じゃなかったのに。
近くにいて、お話しができたら幸せだって思っていたはず。
だけど・・・、だけど。
ふぅ・・・。
結論を出すのは、もう少し待とう。
桃ちゃんが言ったことが、ほんとうなのかどうか確かめたい。
自分の目で見れば、納得して、あきらめることができるかも知れないし。
あさって・・・、委員長会議がある。
そこで、数馬くんと森川さんがどんな様子なのか、よく見ていよう。